第33話・表明と笑顔
「この度は、この国を救って頂き、本当にありがとうございました。」
透き通った声が、王の間に響く。
「顔をあげてください。」
言われるままに俺は顔を上げる。
と、同時に俺とその声の主が目を見開く。
始めに声をあげたのは、その美しい少女だった。
「あら?あなたはあの時の……!」
金色の美しい髪に、薄い水色のドレス。
整ったその顔立ちには、驚きの色が浮かんでいた。
「マリア王女……!」
俺も思わず声をあげる。
そこにいたのは、そう、以前盗賊から助けた、あのお姫様、マリア・サフィールその人だったのだ。
「まさかキョウ様だったとは……!!以前は大変お世話になりました。そして今回も……。」
「いえ、そんな大層なことは……。私も彼女たちがいなければ、1人ではどうすることもできなかったでしょうし……。」
俺はそう言って横を見やる。
同じように低い体勢でいたモミが、俺の視線に気づきチラリとこちらを見ると、ニカッと笑った。
反対側にはすっかり回復したカエデの姿もある。
2人とも、耳も尻尾もさらけ出している。
そして後ろには、ピリオン東街長、カミュ、さらにアルマが居心地悪そうに控えていた。
「お訊きしたいのですが、彼はあの後……?」
「心配なさらないで大丈夫です。タクミ様は、この国の牢獄で、厳重な監視のもとでとらえてありますから。自殺なんて、させませんよ。」
「そうですか……。それは良かった……。」
俺は安堵の声を漏らした。
記憶が数日前に遡る_________。
「ふふふ……。負けだよ。僕の負けだ。」
タクミは、傷だらけの体で倒れながらそう笑った。
「さぁ、どうせ未練もなにもない。殺してもらえるかな。君に『狩猟者』はとられちゃったし、舌を噛むのもちょっと遠慮したいしね。」
俺はモミの方を見る。
魔力を使い切ったモミは、スヤスヤと地べたに寝っ転がって眠りに落ちていた。
『後は、お願い。』
そう動いた口からは、今は涎が垂れている。
ふっと俺は笑って視線をタクミの方へ戻すと、宣言する。
「お前を殺す?そんなこと、絶対にしない。」
それを聞いたタクミの顔が目に見えて歪む。
「何故……、なんでだ!!!こんなことをしたんだ!!どうせ僕は死刑になる!!それなら早く、次の世界に転生させてくれよ!!」
どこにそんな元気があったのか、寝たままの状態で、目だけを爛々と輝かせながらタクミが叫ぶ。
「お前を死刑にもさせない。」
俺はそんなタクミの目を見つめてさらに言う。
「そんなこと、彼らは望んでなんかいない。」
「彼ら……?」
タクミが首を動かして俺の見る方を見る。
そこにはピリオン東街長、そしてその後ろには、傷だらけの獣人たちがたくさん立っていた。
「そうじゃ。ここにいる皆、おぬしに生きて欲しいと思っておる。」
ピリオン東街長が静かに言う。
「生きて欲しい……?っは、そんな訳でないじゃないか。いいよ、君たちでもいいから、僕を殺してくれ。」
「わからないのか?確かにおぬしは許されないことをした。だが、それを復讐したら、また人間たちからの獣人への評価が下がってしまう。獣人たちは、皆必死に生きておる。それを、ここにいる者たちはみんなわかっておるのじゃ。直接おぬしをくだすなんて、もってのほかじゃ。」
ピリオン東街長の静かな声が響く。
「しかし死刑になったところで、おぬしにはそれが利になってしまう。生きるのじゃ。おぬしは、生きて苦しむのじゃ。生きて、生きて、生き抜いて、苦しみ切った時、始めておぬしは罰を受けるに値するんじゃ。」
「『生きるのが罰』……?ふふ………、あはははははは!!!!!!!面白いよ!!!なんて面白い!!!!」
タクミの狂ったような笑い声がこだまする。
「そう、生きて苦しめ。それがタクミ、お前にできる、唯一のことだ。」
「『生きる』……。ふふふふふ……、あは、あっはっは!!!!!!!」
糸が切れたかのようなタクミの笑い声は、いつまでも、いつまでも闘技場に響いていた_________。
時は戻って現在。
「私も驚きました……。まさかタクミ様が、あんなことをしてたなんて……。」
マリア王女が目を伏せる。
「あのぉ、一つ質問なんだけどねぃ……、マリア様が、即位したってことでいいのかしらねぃ?」
カミュがおずおずと訊く。
「はい……。今回の件で、私の父上、つまり国王が失脚しましたから……。タクミ様をこの地位まであげたのは父上でしたから。」
「他の王女様は?たしか、あなたは第3王女ではなかったんでしたっけ?」
「私の姉上2人は、こんな状況になってしまったことで、王位を継承するのが面倒くさいと考えたみたいです。というか、いつのまにか姿が消えていました。多分雲隠れしたのでしょう。おそらく、姉上たちも何か疾しいことをしていたのかもしれません。私の母上は早くに亡くなっていて……。だから、私が後を継ぎました。」
内容は中々酷だが、しかし話すその目には強い光が宿っている。
「しかし、これを機会に、私は自分の理想を実現したいと思います。」
「理想ですか?」
俺は訊く。
「はい。獣人と人間が仲良く暮らす、多人種国家をここ、ミラドリア王国に作り上げようと思います。」
「多人種国家……?」
「私はずっと、この世界の獣人蔑視を疑問に感じていました。同じ人間。だけど、見た目だけがちょっとだけ違う。それなのに、まるで忌み嫌われるべき存在かのように扱われる。それはずっとおかしいと思っていました。」
マリア王女、いや、マリア新国王は続ける。
「先日、キョウ様と会う前、私はレングマーレ山岳国に行きました。レングマーレ山岳国は、小さな国です。しかし、そこには少しですが、鳥人の方がひっそりと暮らしています。」
あの時のことか。
たしかに彼女はレングマーレ山岳国に行っていたと言っていた。
「そこに住む人々は、皆鳥人の方を受け入れていました。たとえ見た目が違っていても、仲良く暮らすことができる。私はそう確信したんです。」
「マリア様……。」
ピリオン東街長が呟く。
「急には変えられないかもしれません……、いや、急に変えることなんてできないでしょう。国民の皆さんの意識はそう簡単には変わらないでしょう。しかし、私は必ずやり遂げます。皆が仲良く暮らせる国を作る!!!絶対に!!」
王の間のざわめきが消える。
しばらくして、ぱち、ぱちとどこからともなく拍手が上がる。
そして、それは次第に大きくなって、やがて王の間いっぱいに広がった。
俺も一緒に拍手をする。
この国は、もう大丈夫。
道は、誤らない。
後は、俺自身の問題だ。
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「こちらの部屋を使ってください。しばらくの間、王城で寝泊まりして結構ですから。」
グラムウェル執事に俺たちが案内された部屋は、俺が元の世界で住んでいた部屋の、3倍はあろうかという大きな、そして豪華な部屋だった。
「ほんとにこんな部屋、いいんですか!?」
「えぇ、マリア様のご意向です。」
俺の言葉に、鷹揚にグラムウェル執事は頷く。
俺とカエデとモミ。
3人で使っても、充分すぎる広さだった。
ちなみにピリオン東街長やカミュは流石に恐れ多いとのことで自分のところへ戻っている(アルマは、寝れないと一言言っただけで去っていったが)。
「わぁー!凄いよウキョウ!!ふっかふか!!!」
早速モミがベッドに飛び込んではしゃぐ。
「「モミ。」」
俺とカエデの声が重なる。
「2人とも、そんな真剣な顔してどうしたの?あ、モミに謝るとか?いいよーそんなの。」
カラカラとモミが笑う。
「皆生きてたし、結果オーライだよ!!」
グッと親指を立てる。
「だから、ご褒美頂戴!!!」
「ご褒美……?」
「ん!!」
モミは頭をこっちの方に向ける。
理解した俺は、モミの頭に手を乗せると、思いっきり撫でた。
サラサラとした白い髪が、クシャクシャになるくらい、思いっきり。
そこに謝罪と感謝を込めて。
「あっはっは!!思いっきりやり過ぎだよ!!くすぐったいって!!!」
ゲラゲラとモミが笑っても、構わず俺は撫でる。
と、思いつめたような顔をして立っていたカエデも、ふっと微笑んでモミの頭に手を伸ばす。
「もー、カエデまで!!!そんなに良いって!!!あは、あっはっは!!」
「ありがとうございました、モミ。」
小さくカエデが呟く。
「何!?なんかカエデ言った?」
はぁはぁと息をつくモミに、ニッコリとカエデは笑うと、その手は脇に伸びる。
「ちょ、脇!!脇はやめてよ!!!あっはっは!!!」
モミの笑い声が大きくなる。
「やったなー!カエデ!!こっちだってーー!!」
「モ、モミ!!くすぐったいですって!!やめてくださいぃ!ふっふー!!」
2人でベッドの上で取っ組み合いながら笑い転げる。
……後で、モミの尻尾も、撫でてやらないとね。
俺はそう思いながら、そんな2人をいつまでも見つめていたのだった。
いつもありがとうございます!




