第18話・交渉と予言
寛大な上司のおかげで、無事有休をとることができた。
といっても、普段は中々のブラック臭がする職場だけど……
そんな俺は今日もまた『寿々目動物園』を訪れていた。
最初に、例のサル山をチェックする。
やはりまたサルたちが俺のところへ寄ってくる。
そして、穴からアルビノのサルもでてきて、また最奥に行き、こちらを眺めている。
というか、昨日も今日も姿を見れてるけど、これは俺の動物引寄せ体質のおかげなのか?
ちょうどいいところにまた昨日の性悪飼育員がやってくるので、疑問の一つ目を訊いてみる。
「すみません。あそこにいる白いサルって、名前なんて言うんですか?」
「あれ?今日も来てたのか。あんたも暇だね〜。……名前?名前なんて無いよ。こんなん見世物だろ?名前つけたってしょうがないっていうのが、うちの園長の方針でね。それじゃ。」
そう言うと、俺の反応も聞かずに去っていく性悪飼育員。
俺はもう何も言わなかった。
ただ、サル山の奥から視線を感じそちらの方を向く。
そのつぶらな緋色の瞳に俺は握った拳で胸をトントンと叩くと、そこを立ち去った。
向かうは園長室である。
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「ところで、お話とは….?」
寿々目園長は、どっぷりと太った腹が印象的な狸顔のおっさんであった。
上手いこと受付を言いくるめて園長と会うことに成功した俺は、つらつらと見せかけの理由を並べる。
「最近ネットの記事で寿々目園長のインタビューを拝見しました。端金ですが、少し貴園に資金提供したいんですが……」
「それはそれは!!ありがとうございます。いやぁ、あれ読んでくれたならわかると思いますが、最近経営が少し厳しいものがありましたから!こうやって支援くださる方がいるなら、当園もまだまだ安泰ですな!」
そう言って脂ぎった腹を揺らしながら笑う寿々目園長。
「ただ、それには2つ条件があります。」
「ほう?それはなんですか?」
1つ目として、かねてからの疑問を吐き出す。
「1つ目は質問に答えて頂ければ結構です。……寿々目園長にとって、この動物園の動物たちはどんな存在ですか?」
「存在?そんな大層なものじゃありませんよ。」
そう答える寿々目園長。
そしてこう続ける。
「ここだけの話、動物たちはあまり好きじゃないんですが、儲かると聞いたものでして……。数年前に開業した次第です。人を楽しませる動物園と言っても、ビジネスはビジネスです。だから、動物たちにはもっと頑張ってもらわないといけませんな。」
そう言ってまた笑う寿々目園長。
たった数年でここまで寂れ、劣悪な環境にしてしまう園長の手腕にも問題があるんじゃないのか。
そもそも、あの飼育員にしろ、この園長にしろ、客や支援者の前でこういうことをぬけぬけと言える神経がどうかしている。
そう言いたくなる気持ちをぐっとこらえ、2つ目の条件を提示する俺。
「……わかりました。2つ目の条件は、あのアルビノのサルを譲って頂きたいことです。」
「それはまたどうして?」
不審げにそう訊く寿々目園長。
「大変あの子の扱いにこの園が困っていたみたいですから、そのお助けにと。」
自分でそう言いながら胸糞が悪くなる。
助けたいのは、お前じゃなくて、あのサルだ。
「そういうことですか!いやあ、ほんとあのサルには困らされましたから!どうぞ、あんなやつ持って行ってください!」
そう言って呆気なく快諾する寿々目園長。
「それでは交渉成立ということで。」
俺は机の上に50万円の入った札束を置く。
こんなやつのもとにいさせなくできるのなら、この金は高くない。
残業の連続で膨らんだ財布はすっかり寂しくなったけど….
「こちらこそ資金援助ありがとうございます!……おい、君、この方にあのサルを渡してやってくれ。」
寿々目園長が例の性悪飼育員に命じる。
50万円で経営状況が変わるとは思えないが、よほど困窮しているらしい。
飼育室に俺とその性悪飼育員が入ると、そのアルビノのサルは真っ先に俺のもとに飛びついてきた。
驚く性悪飼育員。
「1つだけ言わせてもらおうか。」
そのサルの頭を撫でながら、俺は性悪飼育員の鼻先に人差し指を突き出す。
「この動物園、多分あと1ヶ月もしたら潰れるよ。」
そう言い残すと、呆気にとられたままの性悪飼育員を放置して、俺はそのアルビノのサルとともにその場から立ち去っていった。
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そして、その1ヶ月後。
俺が予言した通り、『寿々目動物園』は呆気なく潰れた。
寿々目園長が動物愛護法違反で逮捕されるというおまけ付きである。
どうやら彼は、自分の意に合わない行動をした動物たちに日常的に暴力を振るっていたらしい。
その動物園にいた動物たちは、他の動物園にいくという。
その動物たちの幸せを、俺は切に願った。
そして____
「モミ!ご飯だよ!」
あの後、帰ってからあのアルビノのサルに「モミ」という名前をつけてあげた。
白い毛を持つモミにぴったりの、冬に映える木の名前である。
煤けた体を丁寧に拭いてあげ、充分な食べ物をあげると、モミはみるみるうちに元気を取り戻した。
徐々に新たな生活に慣れていったモミ。
いろいろなご飯の中でも特にバナナがお気に入りらしく、いつも買ってきたその日にどれだけ隠してもバナナの場所を探り当てた。
また、数多俺の家にいる動物たちに最初は怯えていたが互いによく関わっていくにつれ、持ち前の性格ですぐに仲良くなった。
ただ、芝犬のカエデとは何故か仲があまり良くないらしく(これが犬猿の仲というやつかとひとりでに納得したりした)顔をあわせるたびしょっちゅう取っ組み合いをしていた。
そうなったときは、毎回俺の
「喧嘩はやめい!」
という叱責で二匹とも我を取り戻していたなあ。
そんな白いサルと尻尾が長い犬の取っ組み合いは、もはや田原家の毎日の恒例行事と化していた。
こうしてモミは見違えるように明るくなった。
…….明るくなりすぎたほどに。
引っ込み思案だった性格もいつのまにかお転婆と言えるほどになっていた。
……お転婆になりすぎたほどに。
でも俺は嬉しかった。
モミがこんなに元気になってくれたことが。
まだまだ完全にモミの心の傷は癒えたとは言えないが、それでも飛び回るその姿にひどく安心をしていた。
とにもかくにもこんな経緯を経て俺とモミは出会ったのであった。
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