公園
良く晴れた日のことを思い浮かべてほしい。
公園のベンチに寝転ぶと、そこには青い空があり、いくつかの白い雲の塊がその中を気持ちよさそうに泳いでいる。少し目線を下げれば、綺麗な緑色の芝が一面に広がり、その先にはそう大きくはない駐車場がある。白線はついこの間敷き直されたばかりのように、平らなアスファルトの上にくっきりと浮かび上がっている。低燃費が売りの青い国産車が一台と古い軽トラックが一台、走り疲れた体を休めている。青い国産車の方は洗車したばかりみたいに艶があり、太陽の光をきらきらと反射させている。
公園の中央では噴水が大きな飛沫を上げている。その周りを何人かの子どもがキャッキャと声を上げて走り回っている。とても清々しい初夏の午後だ。
そんな折に男はふと思いつく。
もしもいま、この晴天の下で息子とキャッチボールが出来たらどんなに素晴らしいものだろうかと。
家の物置場からグローブとボールを持ってくる。たしか息子の左利き用グローブは捨てずに仕舞ってあったはずだ、と男は思う。そして彼はベンチに体を預けながら、いつだったか息子と二人でキャッチボールをした時のことを思い出す。初めは近い距離で軽く腕慣らしをし、徐々に間隔を広げながら山なりに投げる。小学校に上がったばかりの息子は、その間にボールを何度か後ろに逸らす。芝の中でボールが止まればいいが、そうでなければ駐車場の方まで転がっていくこともあり、その度に息子は走ってボールを追いかけていく。
彼はそんな息子の姿を今でもはっきりと思い起すことが出来る。芝の中にボールを見つける姿や、あるいは転がるボールに追いついて、こちらを振り向く瞬間のにこやかな表情を。しかし彼は、それがもう十年以上も昔の話になることに衝撃を受ける。
それから男は、今では東京にいる息子のことを考える。けれどその思考はすぐに立ち行かなくなってしまう。何故なら彼は東京にいる息子に会いに行ったことがないのだ。ライヴをやるから見に来てほしいというメールにはきちんと目を通していた。けれど返信をしたことは一度もなかった。そんなことが何度か続き、やがてメールもこなくなった。だから彼は東京という場所をうまく思い浮かべることが出来ないし、そこで暮らす息子の表情や姿を想像することも出来ないのだ。彼は憎いまでに鮮やかな空に目を細め、ため息とも唸りともつかない声を吐き出す。
先ほどの子どもたちはまだ飽きもせずに、キャッキャと辺りを転げ回っている。遠くでセミが鳴いている。
気が付くと、駐車場とは反対側の、いささか日に焼けすぎたアパートのベランダには洗濯物が干されている。自分が公園に来た時にはまだなかったはずだ、と男は思う。きっと自分が息子のことや、辺りを駆け回る子どもたちに気を取られているうちに、あのほっそりとした可愛らしい若奥さんが手際よく干していったのだろう。あるいはその息子も手伝ったかもしれない。いずれにしろ今ごろはコーヒーでも飲みながら、家族三人でゆっくりしているに違いない。
なんといっても今日は日曜日なのだ。空はどこまでも青く、世界は平和とともにある。男は目を閉じ、世界のすべての家族が平和であるようにと祈った。
目が覚めると辺りはすでに薄暗く、陽はもうほとんど沈みかけていた。子どもたちのキャッキャというはしゃぎ声は蜩の鳴き声に取って代わり、噴水の水は止まっていた。ベランダの洗濯物はもうすっかり取り込まれ、カーテンの隙間から電灯がこぼれていた。カーテン越しに子どもの影が見えたような気がしたが、単なる気のせいかもしれなかった。彼はゆっくりとベンチから体を起こし、地面に足をつけた。首に手をやり、確かめるように何度か捻った。どうやらずいぶんと長い時間眠っていたようだった。ベンチが硬かったせいで体の節々が痛み、すぐに立ち上がることが出来なかった。しかしその時になって彼は、芝の向こうにボールが落ちていることに気がついた。
足に力を入れてようやくその場に立ち上がると、男は腰に手をあてて一伸びした。立ち上がってみると、どういうわけか体は妙に軽かった。それから彼は、何かを払い落とすようにお尻を二度ばかり叩いた。




