表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無彩色の猫に幸あれ。  作者: はなやま
3/3

3話 路地裏の魔女

3話 路地裏の魔女


『実はこの町のどこかに魔女が居るんだって』

『路地裏の魔女』

『髪の長ーい、木陰みたいに真っ黒な魔女!何かあったんなら、その魔女にお願い事をすればいいと思うの!』



この町に住む、路地裏の魔女。


私は、どうしてもこの魔女に会いたかった。


会って、願いを叶えてほしい。


雪と、ずっと一緒に居させてほしい。



「・・・でも、思ったより見つけられないなー。」

「お前、まだ探してたのかよ。」

いつものカフェで休憩すると、虎子はのんびり外を見ながら眠そうに相手をしてくれた。

何人か私達以外に客が居るため、葵は接客に忙しそうだった。


「そもそも、居るか分かんねぇのに良く探すな。」

「だって、他に良い方法思い浮かばないし・・・。虎子も居たら良いなって思わない?」


私や葵と違って、彼女は1人で暮らしている。

頼る人間が居ないまま生活するなんて、私には考えられない。もし願いを叶えてくれる術が身近にあれば、何かと不便を感じていそうな彼女だったら何を望むのだろう。


今にも虎子の目は閉じてしまいそうだ。薄い眼裂から金色の目が見え隠れしている。

「オレは別に、願い事なんてねぇから・・・。」

彼女の答えは全く見当も付かないものだった。

「無いの?」

「無いなー。強いて言うなら、虎になりてぇ。」

名前の通り、虎視眈々と町を徘徊する虎子を想像したら思わず笑いがこみ上げた。

「それ、ぴったりだよ。」

「だろぉ?」

でも、と彼女は続ける。

「虎になっちまったら、もうこの町歩けねぇよ。すぐ捕まるな。」

「まあ、猛獣だからね。」

「ここでのんびり飯を食うこともできねえだろうし、だったらオレは別に今のままで良いな。耳にたくさん開いた穴も、薄い色した目も髪も、この八重歯もオレのチャームポイントだ。変えるつもりはないね。」


そう言って、また気だるそうに瞳を伏せる。

彼女の自由で芯のある性格は、まごう事なき魅力だと思う。


「虎子はいつでもかっこいいね。」

虎子の薄茶色の髪を弄りながら声をかければ、返事の代わりとでも言う様に無意識に頭をすり寄せてきた。

あまり手入れの行き届いていない髪質から、彼女の苦労が伝わってくる。

「虎子は今何してるの?まだ海の近くに住んでるの?」

「今、川沿いのじいちゃん家にお邪魔してる。」

「えっ、1人暮らしやめたの!?」

「いや?海の所にまだ居るけど、たまに様子見にじいちゃん家行ってるだけだ。」


そうだったのか。

あまり人と関わりたがらない彼女が、誰かと同居している姿が想像できなかった。

そんな彼女が一緒に居ようと思うのだから、良い人物なのだろう。

「良いおじいさんなんだね!」

「全然?馴れ馴れしいし、いつもオレの名前ふざけて呼ぶからな。『おう、チビ子!』ってさあ・・・。」

つっけんどんに答える。

しかし、彼女の頬がめずらしく赤くなっているのを私は見逃さなかった。



ゴホン、と照れ隠しに咳払いをして私に聞いてくる。

「オレの事はともかく。お前、まだ魔女探し続けるのか?」

「もちろん。あんまり時間も無いしね。」

「まあ、そんな気はしてた。」

「余裕のあるうちに見つけたいし。虎子も何か情報あったら教えてね?」


穏やかな空気に包まれていた。

そのせいだろうか、私は背後からの気配に、全く気がつかなかった。









***



来た。

あいつだ。


何百年も、私をこんなにも苦しめてきた悪魔。



路地裏にある朽ち果てた鳥居を潜る小さな影に、細身の人影はフードを深く被り怪しく微笑んだ。

「早く、来い・・・。」


ふもとから、軽い足音が枯れた木の葉を踏みしめる音が響いた。




***


「それなら、とっておきの情報を仕入れたよぉー!!」



「・・・葵っ!?」

忙しなく脈打つ心臓を押さえながら振り返れば、満面の笑顔で栗毛の少女が立っていた。

虎子を横目で見てみれば、虎子も同じように急に現れた姦しい少女に驚いたらしく、わずかに切れ目を見開いて葵を見ている。


「ドッキリ大成功~ってね!」

「そうだね、大成功だよ・・・。」

イタズラが成功したことをまだ嬉しそうにふふふ、と笑っている。

話に夢中になっていたせいで、店内に居た客が既に帰っていることに気がつかなかった。

鼻歌を歌いながら、マスターが飲み終わったカップやお皿をトレイに載せている。


葵のイタズラ顔はまだ残っており、ニヤニヤと私の耳元に顔を近づけてきた。

どうやら、彼女にはまだ秘密の話があるようだ。

「木陰ちゃんに朗報だよっ。」

「どうしたの?」

「ふふふっ!・・・実は、さっきのお客さんが、魔女を見たって!」



「・・・!」

魔女。

その言葉に、胸がひときわ強く脈打った気がした。


「・・・本当?」

「もちろん。」


いつになく真面目な顔で葵が言う。

「雪さんと木陰ちゃんの家のそば、―――広場の近くの路地裏だってさ。」



盲点だった。

きっと家の傍に魔女に家がある訳ないだろうと、そんな身近な場所など行っていない。


「・・・私、そんなところに居るわけないと思って、カフェや駅の方しか探してなかった・・・。」

「でもさぁ。木陰の家の近くなら、住んでるうちに姿を見そうなもんじゃねえか?今まで、話すら聞いてなかったんだぞ?」

「それは・・・。」

確かに、近くの路地を散歩したことも今まであったが、それらしい姿は見たこと無い。

「本当にない?木陰ちゃん。」

「うん・・・。近くの路地裏も歩いたことあるけど・・・。」



「古い神社、知らない?」

リン、と小さく音がなる。



雪と暮らし始めたばかりの頃、一度だけたどり着いたことがある。

「・・・知って、る。」



『気味が悪いね、木陰。・・・帰ろっか。』

そう言って、一緒に歩いた雪が崩れた狛犬と鳥居を見ていた。


「ボロボロの、神社があるよ・・・!」


行かなければ。

手遅れになる前に。


「葵、虎子。私、行って来る!!」

あっけに取られている二人を気にする余裕も無く、私はカフェを飛び出した。



海の方から森の方へ。

線路を越えて、川沿いのお店から路地裏を通って私達の家の方角へ。

広場のご神木が見えるまで、少しだけ坂道になっている細い道を歩けば。


以前と変わっていない様子の道を記憶の通りにたどれば、例の神社は相変わらず不気味に鳥居を構えていた。



「・・・よし。」

深呼吸をして逸る鼓動を少しだけ落ち着かせてやれば、すんなりと足は鳥居に吸い込まれていった。


苔が蔓延った石段を、滑らないよう慎重に踏みしめていく。時々乾いた木の葉を踏んでは音を鳴らし、思ったよりも響き渡るそれに肩を震わせる。

少し湿気の含んだ空気が風に乗って鼻をくすぐった。木々の隙間からはオレンジ色の光が地面を照らしている。

・・・登って、早く雪のところに戻ろう。


数えるのが億劫な程度の石段を登りきれば、入り口より比較的綺麗な鳥居が私を出迎えた。



薄暗い影を伸ばしながら、本殿の入り口に誰かが居る。


「・・・待ってたよ、木陰。」





レインコートのような黒いパーカーを着ている、雪よりも少し若い女性。

腹まである長い黒髪が、無造作に夕暮れの風に靡いていた。



「魔女・・・?どうして私の名前を、知ってるんですか・・・。」


そう呟けば、黒い女性はおかしそうに喉を鳴らしている。


「・・・?あ、あの・・・。」

「ふふ、お前が何故私を探しているのかも知っているよ。お前の願いも、もちろんね。」

私の言葉も、想いも、全て伝わっているらしい。

貼り付けたような笑顔が、伸びた髪の間から覗いている。

「じゃあ、やっぱりあなたが魔女なんですね・・・!」


「・・・魔女、ねえ。」


黒い影が音も無く近づいてくる。

長い影と、私の短い影が重なった。


「・・・私のお願い事、叶えてくれませんか?」


上ずった声が、自分の喉から出てきた。


「私、雪とずっと一緒に居たいんです。・・・何をしてでも。」



「・・・だろうね。お前は知っているんだろう?」

「・・・私は。」



「そう、お前は。


あともう僅かでその命が終わるんだ。」



滑稽だねえ、と魔女は更に唇を三日月形に歪めた。



「・・・私、もっと生きたいんです。もっと雪の傍に居たい。」

魔女の顔からどんどんと笑顔が抜けて、別の表情に変わっていく。


悲しんでいるような、憤りを感じているような、そんな表情に変わっていった。

何故かは分からないが、その言葉は魔女にとって受け入れがたい言葉だったのかもしれない。


「何も、生きて傍にいることは無い。お前が死ぬ前に、雪の喉元を掻き切ってあの子も眠らせてやればいい。一生どころじゃない、永遠にその魂はお前と共に在るんだ。」




ほら、それならお前の願いは叶うだろう?


この世の怨念を煮詰めたような魔女の瞳が、怯えた自分の姿を映している。


「どうだい、素敵だろう?愛しい雪は自分の手で尊い一生を終えるんだ。それとも何だ、自分で出来ないなら、私が変わりにやってやろうか?」


魔女の言葉にハッとする。

駄目だ、雪を。


雪を傷付ける訳にはいかない。


「い、嫌です!」

声を振り絞って、魔女に叫ぶ。

魔女は尚も冷たい瞳で私を見ていた。


「ふぅん。」

「ゆ、雪に・・・何かしたら、許さない!」

今すぐ逃げ去りたい足を、必死に縫いとめる。

「死は、尊いんだよ?永遠に眠れることの素晴らしさをお前は分かっていないね。」

「ふざけないでよ!!」


緊迫した空気が、急に薄れた。

「・・・あーあ、つまんないの。いいよ、気が変わったらいつでも話を聞いてあげるから、今日はもう雪のところ帰れば?」

急に話題を変えてくる魔女に頭が追いつかなかったが、様子を見る限り本当に攻撃する気は無いようだ。

「絶対、雪に何もしない?」

「しない。けど、あの子にもお前にも敵意が少なからずあることは覚えておいて。」

「・・・私と雪、あなたに会った事ある?」



今度は遠くを懐かしむような、少しだけ寂しそうな色を目に浮かべる。

先程から様々な表情を見せてくるこの魔女は、私に対して多くの感情を抱いているのかもしれない。


「・・・遠い昔に、お前は私を魔女にした悪魔そのものだよ。」

「・・・悪魔?」

「そう。・・・いつか、全部教えてあげる。」


ほつれたロングスカートを翻して、魔女は本殿に消えていった。


「だから、またここにおいで。」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ