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無彩色の猫に幸あれ。  作者: はなやま
1/3

1話 ご神木の木陰にて

この小説は、以前投稿した『白黒の猫』のリメイク小説となっております。

大幅に設定を変えさせていただいていますので、先にこちらからお読み下さい。



大きな木の幹と、流れるような葉。

わずかな木漏れ日を吸い込んだキトンブルーがじっと私の顔を見つめてくる。


「上手くいかないもんだね。」


そう言いながら、腕の中に居る白猫を撫でてやった。




そんな不思議な夢を見た。

カーテンの隙間から差し込んでくる光に起こされて、ぼんやりしたまま辺りを見回せば

シンと静まりかえった室内に小さな息遣いが2つ響く。


私と、それから親友の雪。

家主である雪は光から逃れるようにして布団に包まっていて、まだ夢の中から出られないようだった。

まるで蓑虫の様に外部からの刺激を遮断している。

そんな雪を見ていると、居候の身としては出来るだけそっとしておいてやりたくなる。



が、しかし。

空腹と言うものは、時に恩すら忘れて牙を向くものなのである。


ほとんど布団に隠れている雪の頭に近づき、腹の底から叫んだ。


「ゆーきぃー!!!お腹すいたよぉーー!!」


効果は抜群だった。

雪は裏返った声を出しながら布団から顔を出す。

「んぇっ!?」

急に夢から現実に引き戻されて、呆然としたままの雪にもう一声かけてやった。

「おはようっ!」

短くそう言ってみれば、雪は少しだけ覚醒した頭でこちらを流し見た。

「・・・おはよ、木陰。今日は一段と元気だね・・・。」

「だって昨日、今日は一緒に出かけるって行ったじゃん?それより、早くご飯食べよっ!」

「はいはい、今ご飯用意するから・・・。」

ふわ、とあくびを手で隠しながら、雪は気だるそうにキッチンへと向かった。


カラカラカラ。

部屋の中央でお行儀よく待っていれば、雪はシリアルの盛られた平皿を両手に持ちながらキッチンから戻ってきた。往復する手間を省く為に腕に牛乳パックを挟み、口には銀のスプーンが咥えられている。

普段はキッチリとしている雪のズボラな一面を見れるのは、きっと自分くらいだと思う。


「お待ちどうさま、食べようか。」

「わーい!雪ありがとう!」

お礼もそこそこに、平皿に入っている色とりどりの粒を口いっぱいに頬張る。

雪も牛乳に浸されたシリアルをのんびり掬い、口に含んでいく。

「雪っ、今日も美味しいね!」

「あーほら、口から零れてるから。黙って食べな。」

「はーい!ごめんねっ。」

「お前は犬か。いちいち返事しなくて良いから、ゆっくり食べて。」

そう言う雪はまるで猫みたいだけど、言われたとおり黙って食べた。

急いで食べたせいで、皿はあっという間に空っぽになってしまった。


私の視線に気がついたのだろう。

雪は牛乳を掬う手を止めて、こちらを見た。


「・・・駄目。あげないから。」

「ちょっとだけ、ね、ね?」

「だぁーめ!あんた牛乳飲むとお腹下すでしょうが!」

ちょっとだけキツ目の口調にひるむ。

「そうだけど、だって美味しそうなんだもん・・・。」

シュンと目を下げて雪と皿を交互に見続ければ、雪は小さくため息をついて銀色のそれをこちらに向けた。

根負けしたようだ。

「・・・一口だけよ。」

「やったぁ!雪大好き!」

さっきのシリアル以上に大事に味わって飲む。シリアルに付いた砂糖が相まって、普通の牛乳よりも甘くて美味しい。

「はい、終わり。」

これ以上の催促を絶つつもりか、雪は皿を持って一気に牛乳を飲み干した。

平皿の底に描かれた雪の結晶が浮き出て、中身は一滴も残っていなかった。


 朝食を食べてカーテンを一気に開ければ、何倍もの光が塊になって部屋の中に入ってきた。

「わー、眩しい・・・。」

「いい天気だね!もうお出かけに行く?」

待ちきれなくて雪に訴えてみる。

しかし、雪は着替えようとはせずに食器の片付けや部屋の掃除を始めた。


家のことを一通り済ませるまでは、外出はお預けのようだ。


私は諦めてベッドの上に避難する。

本当は居候らしく家のことを担うべきなのだろうが、あまりの家事の出来なさに早々に自分で見切りをつけている。

雪は何もしていない私のことを何とも思っていないが、私としてはタダ飯喰らいで居続けるのは忍びない。

せめてもの手助けとして、ベッドの傍にある窓を少しだけ開けた。


それを見た雪は、めずらしく目を丸くして皿を洗う手を止めた。

「えっ木陰、あんた窓開けれたの!?」

「失礼だよ雪!私だって窓開けるくらいは手伝えるもん!」

せっかく手伝ったというのに、全く酷い気分だ。

むくれたまま、今朝雪がしていたのと同じように布団に包まって蓑虫になる。


「・・・あ、もしかして。朝から落ち着き無かったのって、早く出かけたかったの?」

気付いたように言う。追いかけるようにして、微笑ましそうに控えめに笑う雪の声が聞こえてきた。

少しばかり鈍すぎるんじゃないだろうか。

顔を出すのは憚られたので、蓑虫のままで返事をした。

「・・・そーだよ。」

「珍しく木陰が朝ごはんの催促をしてきたと思ったら・・・。でももう少しだけ待って?」

「えー?」

「そんな不満げな声出さないの。軽く掃除して、身支度を整えたらすぐに出かけるから。」

布団の中に居て分からないが、皿を洗うスピードが少し速くなる気配がした。

邪魔をしないほうが終わる時間が早まるだろう。


私はベッドの上で、黙って出かける準備が済むのを待った。



少しだけお日様が南に進んだ頃、雪はようやく出かける準備に取り掛かってくれた。

日差しが気持ちよくて、少しだけ夢の世界に居たことは内緒だ。

「雪ー、早く早くっ!」

「はいはい、今出かけるから。・・・全く、二度寝も許してくれないなんて、酷い同居人ね。」

重い腰を上げて洗面所のほうへ行くのを見届けて、自分も少しだけ身だしなみを整えておく。

あちこち跳ねた黒髪を上手く撫で付けてやれば、多少はクセ毛はごまかせた気がした。


数分して戻ってきた雪は、いつも仕事に行くときと同じように綺麗に整えられていた。

雪の髪は私とは真逆で艶のあるストレートだから、少し櫛で梳かすだけで十分可愛い。

肩に付くか付かないかの瀬戸際にある黒髪は、結ぶには少し長さが足りないらしくいつも通り垂れ下がっていた。

服装は半そでシャツの上に紺のカーディガン、ショート丈のチェックスカートと初夏らしい。


「じゃあ出かけようよ!」


意気揚々と玄関に向かったが、ドアに触れる前に背後から白い手が伸びて羽交い絞めにされてしまった。

「あんたねぇ、せっかく出かけるんだからもう少し見た目整えるわよ。」

私を掴む手とは反対に持っているのは、私専用のブラシ。

げ、と思わず身じろいでしまった。


「自分でちゃんと整えたってばー!痛た、引っかかってる、優しくしてー!」

「こら、ジッとしてて!毛が絡まってるから、ちゃんと梳かないと!」

私を押さえ込む手に更に力が入る。


必死に手から逃げようとするが、引きこもりがちの自分と活動的な雪とじゃ分が悪い。

これ以上の抵抗は無駄と判断して、大人しく雪に身をゆだねた。

時折ブラシが毛を引っ張るのだが、うめき声を上げながらも耐えてやる。

毛束が十分に解れた頃合いを見計らって、雪はようやくブラシを手から離してくれた。

ブラシにはついさっきまで自分に繋がっていた黒い糸が無残に絡みついている。

思っているより量が多い。この若さでハゲになったら一生恨んでやる。


「よしっ、さっきよりは可愛くなったわよ?」

「雪の乱暴者・・・。」

「まあ、ふてぶてしい面は私じゃ直しようが無いけどね。」

「もともとこんな顔ですーぅ。」

フンッと鼻を鳴らして抗議すれば、雪にも私の心中が伝わったらしい。

ごめんごめん、とブラシで梳いた時よりも優しく手櫛で梳く。

「・・・まあ、雪がご飯食べさせてくれるなら、許してあげてもいいよ。」

「ごめんってば。ほら、出かけましょ?」


時計を覗き込めば、午前11時過ぎ。

「ちょっと早いけど、まずはカフェに行ってお昼ご飯にしようか。」

きっと雪が言っているのは、いつものなじみのカフェのことだろう。

あそこは看板猫も居るし、マスターのご飯も美味しいので言うことなしだ。

「賛成!」

雪と並んで土が見え隠れしている道を歩く。


この町は、昔の名残がたくさん残っている古い小さな町だ。


雪に言わせてみれば『田舎』らしいのだけれど、私からすると落ち着いていてしっくり来る。

雪の家も木で出来た平屋を少しだけリフォームした、割と古い家だ。

なんでも、彼女のおじいさんが残しておいたという家だ。築何年かは想像し難い。

十分に広い家だが、私が来る前までは一人暮らしだったという。

彼女の両親は仕事の関係でどこか遠い国へ行っている、と話していた気がする。


そのおかげもあって私が住めているのだから、雪にはつくづく頭が上がらない。


「ねえ雪、私・・・。」

いつまで雪と一緒に居てもいい?

と、言葉を続けることは出来なかった。


言いかけた言葉を飲み込んでみれば、雪はあまり気に留めずにこちらを向く。

「どうかした?木陰。」

「・・・何でもないよ。お腹すいたね、って言ったの。」

雪は首をかしげて、分からないといった様子だった。


(ずっと一緒に居れれば良いのに。)

心臓が、握り締められたみたいに痛かった。



雪の家からそう離れていないところに、この辺りでは比較的目立つ新しい造りの建物。

あまり手の加えられていない木の板には、オレンジ色で「カフェ・サン」と書かれている。

マスターが言うには夕日をイメージした色合いらしい。

同じく手の加えられていない木のドアを雪が押せば、いつもの控えめなベルの音が聞こえてきた。

「雪ちゃん、木陰ちゃん。いらっしゃい。」

ベルの音と一緒に出迎えてくれたのは、温和そうな細身の女性。

マスターこと、日向さん。


私によく似た髪を大人っぽくハーフアップにして、先程まで誰かが座っていたらしいカウンター席を整えている。

その傍には、ここの従業員である葵と自分と同じく常連の虎子がのんびり食事をしている最中だった。

思わず駆け寄れば、2人とも私に気付いて顔を明るくさせた。

「木陰ちゃん、久しぶりだねー!」

「おっ、まじで木陰だ。」

「葵も虎子も、久しぶり!」

夢中になってはしゃいでしまうと、入り口でマスターと雪が穏やかに私達を見つめている。

その姿に大人の余裕が感じられて、自分の幼さに少し恥ずかしくなってしまう。

葵も同じ心境らしくマスターに向かって抗議していた。


「雪もマスターも、お淑やかにしててズルイ!」

「そうだそうだ!はしゃいでる葵達の方が変みたいじゃない!」

虎子に関してはあまり気にしていないらしく、外を飛んでいる蝶に気を取られている。


「あらら、怒らせちゃった?もっと皆でおしゃべりすればいいんだよ?」

「ほら木陰、あんたの分のお昼ご飯注文しておいたからのんびりお話してな。」

やはりお淑やかな様子の2人に、噛み付くのも馬鹿らしくなって大人しく雪の傍でランチが運ばれてくるのを待った。


「はーい、お待たせ。雪ちゃんにはカフェ・サン特製のお日様オムライス。木陰ちゃんにはこの町自慢のお魚の包み焼きよ。」

自分の顔くらいはありそうな魚は、骨が取り除かれて食べやすくなっているところが何よりのお気に入りポイントだ。

前に雪が同じように作ってくれたときには、魚の小骨が口のあちこちに引っかかって完食するのにいつもの3倍は時間がかかってしまった。


焼きたての淡白な身を口に含めば、じゅわりと品の良い油があふれ出す。

「マスター、すっごく美味しい!」

「あら、お気に召してくれたのかしら?」

「うん!」

「葵もそれがお気に入りなの。さすがは仲良しね。」

こんなに美味しいご飯を食べられるなんて、少しだけ葵が羨ましい。


隣を見てみれば、雪も夢中で黄色い包みを解しながら口に運んでいる。

ケチャップで描かれた真っ赤なお日様はすでに半分近く欠けていた。

「雪っ、美味しいね!」

「美味しい?木陰。」

「うん!また一緒にお出かけしようね。」

1匹全て食べきれば、お腹はいっぱいで幸せな気持ちになった。

雪も同じらしく、大きな雪の目は半分近くまぶたで隠れている。

今朝無理やり起こしたせいで、今にも寝てしまいそうだ。


マスターもそれに気がついたらしい。サービスでコーヒーの入ったカップを雪の前に置いた。

「雪ちゃん眠そうね。」

「はい・・・。朝、木陰に起こされたから。」

「ふふ、木陰ちゃん楽しみだったのねぇ。」

「最近仕事が忙しくて、あまり木陰と遊んでいませんでしたから。」

「それなら、眠気覚ましもかねて広場のご神木まで歩いてきなさいな。木陰ちゃんも一緒にお散歩できて嬉しいでしょうしね。」

何やら楽しそうな話が聞こえてきて、つい手を伸ばして雪のカーディガンの袖を引っ張ってしまった。


お散歩、行きたいな。


雪にもマスターにも、私の意志が通じたらしくおかしそうに笑っている。

「木陰ちゃんは、お話しなくても分かりやすいわね。」

「本当です。」

「いーじゃん、笑わなくても!」

「よし、じゃあご神木まで歩こうか。マスターご馳走様でした。」

「いいのよ、また来て頂戴ね。葵も虎子ちゃんも楽しみにしてるわよ。」


葵と虎子にも短く別れを告げ、雪と一緒に広場を目指す。

思ったよりもカフェで長居をしていたようだ。太陽はほとんど真上に来ていた。

狭い町の良い所といえば、目的地にすぐ着くことだろう。あっという間にご神木がそびえる広場が目に入った。



腕を回しても足りないほどの、大きく力強い幹。

しめ縄を巻かれた柳の木が、芝生に色濃く影を落としていた。


その根元に腰掛けると、涼しげな風が私と雪の間を吹き抜けていった。

「気持ち良いね。」

「そうだね。何だか、私まで眠くなっちゃいそうだよ。」

雪に身を預ければ、少しだけ彼女は身をよじらせた。

油断すれば本当に眠ってしまいそうだ。


「ねえ雪、・・・私達が出会ったのもこの木の下だよね。」

「んー・・・。」

カフェでコーヒーを飲んだにも拘らず、雪の目はほとんど開いていない。

「あの時、寒くてお腹がすいて、本当に死んじゃうと思ったの。」

「んん・・・。」

「だからね、助けてくれてありがとう。それと・・・。」

さっきは飲み込んだ言葉を、思い切って雪に投げかけてみる。


「私、いつまで雪の傍にいて良い・・・?」


返事が無いので、恐る恐る雪のほうを見てみる。

「・・・。」

かろうじて開いていた瞳は、白いまぶたの中に完全に納まってしまっていた。

「・・・もう、雪の馬鹿!」

やり場の無い気持ちをまた胸の中に戻して、私も雪に寄りかかったまま目を閉じた。



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