小越すみれ (直樹ver)
彼女―――小越すみれと初めて会ったのは、お世話になっている教授の部屋で講義の内容について話していたときだった。
世話好きな教授で、直樹が部屋に話をしに行っても、ニコニコと迎えてくれるから、直樹はよく通っていた。
そこに現れたのがすみれだった。
ノックの後に除いた長い黒髪に、うんざりした。
―――またか、と。
直樹はモテる容姿をしていた。
高い背に、細いけれど工事現場でバイトして付いた筋肉、整った顔立ち。睨んでいると勘違いされることも多い目は、笑うとたれ目になるらしく、『ギャップ萌え』だという。
そんなもんしるかと思うけれど、女性にモテることが最初から嫌だったわけではない。
多感な中学高校生時代は、それなりにいろいろしてみたくて、付き合ってみたりもした。けれど、「もういい」と思うほど直樹の周りの女たちはひどかった。
直樹と付き合っている女はいじめの対象になるし、彼女がいても関係なくアプローチしてくる子がいる。彼女はいつも疑心暗鬼で直樹を信じている様子はなかった。
直樹だって、そんなに彼女を好きだったかと聞かれれば、もちろんと答えられるほど堂々と嘘はつけない。だから彼女たちが信じられなくても当たり前なのかもしれないなとも思う。彼女をいじめから守ることなんかできないし、目の当たりにすれば、正直、面倒くさかった。
最低だ。
だから告白されてもいつもフラれるし、長続きはしない。
それを周りが知っているから、次はいつ別れて自分の番になるのかと順番待ちしている女たちがいた。
ひどいやつになると直樹の後を付けてストーカーまがいのことをしてくる奴までいて、大学に入ってからは直樹は女性と付き合おうとはもう思えなかった。
そして、この居心地のいい場所に図々しくも現れた女に、直樹は腹が立った。
どうせ、直樹がこの部屋に入り浸っているのを見てついてきたに違いない。
教授に迷惑をかけるので、この部屋にもあまり来れなくなるなあと思ったら、なんと、その子は直樹を見て顔をしかめた。
吹き出しが付けば「うわ邪魔」だろう。
彼女はすらりと背が高く、スタイルがいい。着飾れば振り返られるような美人になるだろうが、今は武骨な大きなショルダーバッグを下げて、ロンTにパンツというシンプルな装いだった。
「小越君も今日の講義の内容かね?」
教授のその言葉で、彼女は今日が初めてというわけではないのだと分かった。
彼女は、直樹を警戒するように見て、さらに顔をしかめた。
直樹だって似たり寄ったりの表情をしていたのだからお互い様なのだろうが、お前は後から来たんだろうがと言ってやりたかった。
「今日は来ると思っていた」
教授が彼女にそう話しかけると、彼女はぱあっと表情を明るくして、今日の講義内容についての質問を矢継ぎ早に発した。
その疑問は、おもしろく、そんなところに疑問を持ってどうすると思うような内容も、説明が続いていけばなぜそこに疑問を持ったのかが見て取れる。直樹とは全く違った思考回路を持つ人間の登場に、気分が高揚するのを感じた。
だが、直樹は次の講義がある。名残惜しく思っていると、彼女の方もスマホのアラームが鳴った。
「ああ……もうこんな時間」
その表情から、彼女ももっと話したいと思ってくれているのだと嬉しくなった。
だが、彼女は教授に丁寧に頭を下げると、直樹には会釈一つしてさっさと研究室を後にした。
すっかり連絡先を交換するつもりでいた。
教授がにやけながら「がんばれ」と手を振った。……別に口説こうとかそういうことで声をかけるわけではないのだが。
研究室を出ると、重そうなバッグを担いで走り出そうとしている彼女がいた。
「ええっと……小越、さん?」
声をかけて、振り返った少し迷惑そうな顔に連絡先を聞くことを躊躇した。今聞いても、「急いでいますので」とかけ去っていかれそうだと思った。
だから無難に「有意義な時間だった」とだけ伝えた。
途端に満面の笑みが返ってきて、正解だったことを直樹は知る。
その後、彼女が講義を聞きまくっているということを知った。