長年の想い
いきなりすぎる確信に、すみれは何かを言おうと口を開くだけ開いて、だがその口からうめき声さえ出せなかった。『う』でも『あ』でも『え』だとしても、肯定したように聞きとられるじゃないか?そんな思考だけが高速で頭をかすめていったことで、すみれには顔を動かすことさえできない状態になった。
「不意を突いたつもりなのに、相変わらず、思考だけは早い」
舌打ちしながらひどいことを言われている。だけってどういうことだ。
そんなことより、すみれが直樹が好きだと、彼は何故か確信しているような顔をしている。何故だ。
今までそんな素振りを見せたことは無い。
そもそもすみれも直樹も、相手を同性愛者だと思っていたのだ。そんな状態になるはずがないのに。
「昨日、酔っ払ったお前が、好きだ好きだと言いながら俺に抱き付いてきた」
「………」
帰ろう。
とりあえず、この場から去ることが一番いい。
「逃げられないようにその格好にしたんだ。諦めろ」
不信感を与えないようにおもむろに立ち上がろうとしていたすみれに、声がかかる。
しかも、すみれの足にかかっているバスタオルをつかむという不埒なことまでしていた。
―――好きって言いながら抱き付いたって、どういうことだ、自分!
頭を掻きむしりながらゴロゴロと転がっていきたい。
それなのに、目の前の男は逃げることを許す気はないようだ。
「大切な友達っていう意味かと思っていたが、―――そうか、男が好きか」
誤解を招くような言い方はやめて欲しい。頭の中では非常に冷静に突っ込んでいるというのに、すみれは長いシャツの袖で顔を隠して直樹を直接見ることもできないでいた。
「ってことは、あれは俺をそういう対象に見てってことだろ?」
どうしてそう、いちいちいちいち、ねちねちねちねちと確認してくるんだろう。
こういう意地悪いところは大嫌いだ。
「……まあ、すみれが何考えてるかなんて大体わかるけど、嫌いでも何でも、ここはしっかりと何度でも確認しとかなきゃいけないところだろう?」
本気ですみれの思考回路が読めるらしい。
だけど、しっかりと確認なんかされたくない。
この関係を完全には終わらせたくないから、気付かれずに去っていこうとしていたのだ。
なのに、酔っ払いの状態で、告白までしてしまうとか。それこそが恥ずかしすぎていたたまれない。
「俺をそういう対象として見られないって言うなら、無理矢理にでも男の良さを分からせてやろうと思っていたが」
「はっ?」
久々に出せた声は、直樹の発言に驚きすぎてかすれていた。
男の良さを分からせるって何。え、ちょっと待って。
この話の流れで、不穏な空気を呼んだすみれは、じりじりと直樹から離れる方向で動こうとしたのだけれど、その前に直樹に肩を掴まれてしまう。
「無理矢理じゃなくても大丈夫そうだな」
にっこり笑った、あまり見せない嬉しそうな表情に、すみれもにへらと思わず笑顔を返した。
「数年ぶりだ。今までの我慢の分―――がんばれよ?」
そんな場合じゃなかった!まさかの貞操の危機だった!
「ちょっ、待っ――――!?」
ああ、そういえば、直樹は女好きだったんだなあと、頭の片隅で思った。
蓋を開けてみれば、なんのことはない。両片想い状態で6年間過ごしてきたというだけで。
直樹曰く、
「俺と一緒にいれば、男の良さにも目覚めるだろうと思って」
という。イケメンだからって何でも許されると思うなよ。
すみれがいつもいつもあられもない格好で寝るから「いっそのこと……って思ったことも何度も」なんて、いらんカミングアウトまでされた。……何度もって。
何度すみれの貞操は危機にさらされたのだろう。今まで……というか、さっきまで守られていたのは奇跡だったのかもしれない。
「まあ、今までだって俺はすみれを彼女扱いしてたけど」
プラトニックな恋人同士だったという。
休日には二人で出かけたし、飲み会の報告してたし、電話もメールのいつも……そうか。付き合っているみたいだ。
むしろ、「え、付き合ってないの?」レベルだ。
「お腹痛い……」
「これでも手加減してるから。二十代前半の性欲を我慢した反動だから、頑張れ」
いろいろ……本当にいろいろな意味で早く告っていればよかったと思った……。