恋愛対象は---
直樹が床を殴りつけていた。少々へこんでいた。
―――って、え?あれ、大丈夫なの?
「何、名前まで覚えてんの?ってか、格好いいって何。すみれ、男に格好いいって思うの?」
床を気にしていたら、また直樹が近づいて来る。今日は何なんだ。いつもより距離が近い。
「は……?いや、思うよ、普通に。笑うと可愛い系になる人だったなと」
「可愛い系だったら、すみれは男でもいいのか!」
怒鳴られるように言われた言葉が、しばらく意味がつかめなかった。
男でも、……って。
「や、ちょっと待て!私は恋愛対象は男だよ!?」
直樹は、私の事を同性愛者だと思っていた?
ああ、だから今までのこの部屋でのことは許容されていたのだと思った。お互いに恋愛対象ではない性別だったから。
すみれの言葉に、直樹は目をむく。
「女ばっかり追っかけてただろ!」
「鑑賞対象は女の子だよ!可愛いから」
追っかけてはいない。眺めるのは好きだけれど。
特に、すみれは背が高く、内面はヘタレな割に外見は『格好いい』と称される外見をしているので、小さくて可愛い女の子を見るのが好きだ。幸せになる。
「合コンだって、参加する割に興味なさそうにしてただろ!?」
「暇がないから彼氏は作る気がなかったけど、食事代をタダにしてもらってたから」
直樹ほかイケメンを連れて行く、という条件が付くけれど。目の前の彼は、非常に付き合いの良いことに何度も合コンに付き合ってくれた。美味しい食事にありつけた大学生時代は彼のおかげともいえるかもしれない。
「嘘、だろう……?」
頭を抱え込んでしまった直樹を見て申し訳なく思う。
「でも、直樹が男性が好きなことは知っているし、私はこのままの関係が……」
例えすみれの恋愛対象が男性にあると分かっても、このままの友達関係でいきたいと伝えようとしたら、直樹の一睨みですみれは言葉をのみこんだ。
そのまま直樹はすみれの目をじっと見つめて……ため息を一度ついた。
「俺は、今、会社では巨乳デブが好きだという噂のはずだ」
突然のカミングアウトにすみれは言葉を詰まらせる。
さらにそんな特殊な好みだっただなんて……!さすがの直樹も理想の相手に出会える機会が少ないのだろう。
だけど、すみれも丸い可愛らしい女の子は好きなので、少し
は理解ができる。
「ふくよかな男性は触り心地が……」
「相撲取りか」
頭にチョップが落ちてきた。
「痛い……」
「当たり前だ。このバカがっ」
しかも暴言。
すみれがめをぱちくりさせていると、直樹がまたもわざとらしくため息を吐く。
「俺は、男を好きになったことは無い」
噛んで含めるように、直樹は言葉を紡いだ。
それなのに、すみれには理解が追い付かなかった。
「好みも聞かれたら毎回思い付いたことを言っているんだ。男だったり、すげえ年下だったりすげえ年上だったり」
「年下は法に触れない程度で……」
「おとなしく聞け」
またチョップされた。同じ場所だったので、痛みが三割増しだ。
「いいか?俺の恋愛対象は、女だ」
言われたことが、今までの常識をまるっと覆すようなことで、すみれは口を開けてフリーズした。
(直樹の恋愛対象は、女……?女って、なんだっけ?あれ?)
頭が働かない。
―――つまり、どういうことだ?
「一部のお前みたいなやつ以外は皆気が付いてるよ。ただ俺が言っているだけだって」
直樹がすみれの顔を覗き込んで、深いため息とともに言った。
「訊かれるたびに好みが違うからな。知ってるだろ?なんで信じてるんだよ。マジで信じて6年間も信じ通されてるなんて思いもしなかったわ!」
前髪をかき上げながら、うんざりしたように直樹は言うけれど、そんなことで嘘をつかれているなんて思いもしなかった。
直樹が人に好みを聞かれた時の受け答えは聞いたことがある。……独特な好みだなあとは思っていた。個性のある人が好きってことなんだろうと理解していた。
人の好みなんて、移り変わるものだから、まあ好きになった人が好みなんだろうなと思っていたのだ。
根本的な性別まで移り変わっているとは思っても見なかったので、『恋愛対象=男性』を疑ったことがなかった。
「好みなんてねーよ。好きになった人が好みだろ。ただ、別にって言うとしつこく聞いてこられるから特殊な受け答えしてたんだ」
イケメンは大変だ。
色々なところに見えない苦労があるとは思っていたが、そんなところにも技があったとは。
「そんなことより」
すみれが思考を別のところへ飛ばそうとしていると、頭を掴まれて無理矢理直樹と視線を合わせることになった。
「お前は俺が好きなんだな?」