服だけでも返してください
―――ついに、直樹に彼氏ができた。
いつかはできるだろうとは思っていた。
マイノリティだとしても、直樹は格好いいし、モテる。それは、きっと男性にも。
そして、私は決意したのだ。
あの部屋に、彼の荷物が―――私以外の荷物があふれる前に、退散しなければと思った。
直樹のものでも私のものでもない下着が、もしもあのベランダに干されていたとして、平気でいられる自信なんかない。
女友達がいることを、きっと二人は気にしない。
だけど、すみれが直樹に恋愛感情を抱いていたとなれば話は別だ。
直樹の彼氏は、やっぱり不快に思うだろうし、それで二人の仲を悪くする気など全くない。
ずっと、友達でいたいと思った。
だから、最後の飲み会を、計画したのだ。
嫌なことがあって、思い切り飲みたいと言うと、直樹はため息を吐きながら付き合ってくれた。直樹の目を盗んで自分の荷物を全部バッグに詰め込んで、後は記憶をなくすことを覚悟で飲んだのだ。
「ふうっ」
わざと声を出して大きな息を吐いて、すみれはシャワーを止めた。
そして勢いよく浴室のドアを開けた―――ら。
「―――ない」
荷物がまるっとなかった。
「直樹っ!?荷物がない!」
小さめのバスタオルを無理矢理体に巻き付けながら脱衣所から叫ぶと、のんびりした返事があった。
「ああ。さっき取りに来たって言っただろう」
ああ。そうか。聞いた~。ってバカか!
「私の荷物を!?なんでっ?」
普通タオルとか洗剤とかだろう?人のもの勝手に持って行くやつがあるか!
「なんでって?俺も聞きたいことがあるんだ」
ドアのすぐ向こう側から声がした。
たらりと冷や汗が流れる。
―――すぐそこにいる。しかも、とても怒っている直樹が。
「そのままでいいから、さっさと出て来いよ。平気だろ?」
平気なわけがあるか!
心の中で大声で叫んだ。
だけど、荷物を直樹が持って行ってしまった以上、ここで押し問答しようと結果は同じだ。
荷物をドアの外に置いて直樹がいなくなってくれる訳じゃない。
だったら―――!
「服だけでも返してください……」
脱衣所のドアを少しだけ空けて、顔だけのぞかせてお願いした。
開き直ってバスタオル一枚で直樹の前に出れるような心臓を持っていたら、こんな状態でうじうじしていない。
女性にしては長身のすみれの体を覆うには、ここのバスタオルは小さすぎる。
直樹が洗濯物が増えるからという理由でわざわざ小さいものを揃えているのだ。
顔を赤くしながら隙間から顔を出すすみれを見下ろしながら、直樹はふんと鼻息を鳴らした。
「同性同士のようなものだろ?恥ずかしがる必要はない」
同性に見えないから困っているんじゃないか。
だけど、口から出てきたのは別の言葉だった。
「たとえ女同士でも、お風呂以外でこういう姿を見せるのは恥ずかしいわよ」
もっともらしく言うすみれを目を眇めて見つめながら、すでに手に持っていたすみれのショーツと直樹のシャツを差し出された。
準備していた下着をしっかりと持って行かれたことに頬を染めながら訊いた。
「……私の服は」
なんでこの期に及んで『彼シャツ』をしなきゃならない。
眉間にしわを寄せるすみれに、直樹は今日初めての笑顔……意地悪い笑顔だったが、を浮かべて
「洗濯機の中」
はっとして振り返ると、洗濯機は元気に稼働中だった。
あの服が無くなったら、今日はもうTシャツくらいしか着るものがない!
「なんでこんなことするの!?」
思わず責める言葉が出た。この服が洗い終わって乾燥まで終わるまで、すみれはこの場に居なくてはならないのだ。
普段だったら勝手にごろごろしているけれど、今日はもうそんなことしたくない。
「なんで、って?そんなの、こっちが聞きたい」
すみれが掴んでいたドアを思い切り引いて、飛び出してきたすみれに、直樹は持っていた服を押し付けた。
「なんでいきなり、俺は捨てられそうになってんの」
「捨てられる、って……」
すみれは胸元に服を抱きしめて、俯いた。
捨てたりしない。
(どちからといえば、捨てられるのは、私だ)
すみれはきゅっと唇をかみしめて、「とりあえず、服を着る」と言って脱衣所のドアを閉めた。




