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彼氏ができた

すみれは、ほうっと大きなため息を吐きながら脱衣所の鏡を見た。

―――ひどい顔。

化粧も取れて、髪もぼさぼさで。これで酒臭いっていうなら、最悪だ。

直樹がシャワーを浴びて帰れと言うはずだ。

すみれは手早く服を脱いで、鞄に詰め込む。新しい下着を準備しておいて、浴室へ入った。

熱いシャワーは確かに気持ちよかった。

(綺麗にして、完璧にいつも通りの私で「またね」って言う。)

シャワーを浴びながら脳内シュミレーションをしていると、脱衣所のドアが開く音がした。

「えっ!?」

思わず声をあげてしまった。

直樹の部屋でシャワーを浴びたことは何度もあるけれど、使用中に入って来られたことは無い。

単身者用のアパートなので、鍵なんてオシャレなものはついていないのだ。

「ああ、悪い。荷物取りに来たんだ」

すみれの声に反応して直樹の声がした。

いつも通りの淡々とした声に、すみれは頷く。

「あ、そっか」

脱衣所でごそごそしている気配があって、洗濯機が動き始めた音がした。どうやら洗濯をかけに来たのだろう。

すぐに「じゃ」と軽く声をかけて直樹は脱衣所から出て行った。

ここで女性がシャワーを浴びてても、気にせず脱衣所に入ってきて荷物を取っていく、か……。

今までは無かったと思うけど、別に用事がなかったからってだけだ。

すみれはぐっと涙をのみ込んで上を向いた。

今泣くわけにはいかない。

彼が女性に興味がないのは知っていたはずだ。全く脈がないことも。


彼に、彼氏ができた。

それを知ったのは、一週間前のことだった。

特に用事もなかった日曜日。

直樹にメールで本を借りに行くと伝えて、私は彼のアパートへ向かった。

そこで―――直樹の彼氏に会った。

私がアパートに着くと、その人は直樹の部屋から出てくるところだった。

「もうちょっとゆっくりさせてくれてもいいだろう~?」

そう言いながらのんびりと出てきた男性は、長身の直樹と同じくらいの背丈で、甘い顔立ちをしたイケメンだった。

寝癖が少しついた髪をかき上げながら、立ちすくんでしまった私と目が合う。

彼は私をいぶかしげに見て、眉間にしわを寄せた。

「何、この部屋になんか用?」

優しい顔立ちをしているけれど、不機嫌な顔は怖い。私が返事をできずにいると、彼はつづけた。

「押しかけとかやめてくれる?迷惑」

そう言い放って睨み付けられた。

直樹が時々、女性に部屋まで押しかけられて迷惑しているのは知っていた。

それを、彼も知っている。

どくどくと血が全て心臓に集まってきたかのように手足の先が冷たくなった。

その時、

「すみれ!早いな!」

彼の後から出てきた直樹が、私の名前を呼んだ。

「あ……う、うん」

早く来なきゃよかった。

無理矢理返事をしたけれど、どうやってこの場から逃げようかと考えていた。

「―――すみれ?ああ、なんだ。直樹の友達か」

さっきまで睨んでいた表情とは一転、にこやかになった表情に驚いてじっと見てしまった。笑うと幼く見える。直樹よりも年下だろうか。

「ごめん。追い返そうとして」

申し訳なさそうに言う顔に、直樹のことを大切に思っているのだろうと感じたから、すみれは笑って首を振った。

すみれのその表情に頬を緩める男性は、本当に優しそうな人で、こんな人の傍に居られる人は幸せだろうなあと思って……それは、直樹なのかもしれないと気が付いた。

「おい、田中、さっさと帰れ」

ぼんやり別のところに思考を飛ばしていると、直樹のいら立った声が聞こえた。

「あん?何嫉妬してんの?」

彼は、直樹の言葉にからかうような言葉を発した。

「してねー」

低い本気の怒りを含んだ声が直樹から放たれた。

その声に、「やばい」と笑顔を引きつらせて

「じゃ、オレ帰る!」

彼は手を振りながら「またな~」と帰っていった。

今は、早朝というほどではないが、朝だ。

来たばかりの友人が帰るような時間ではない。―――と、いうことは、彼はこの部屋に泊まって……。

「すみれ?入れよ」

「ごめん、用事思い出した!帰るっ!」

情事の痕跡が残る(と思われる)部屋になんか入れない。

すみれは呼び止める直樹の声も振り切って走った。


走って、走って、走っているうちにだんだんと涙がにじんできて視界をふさいだ。

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