こうして出会った
直樹と初めて会ったのは、大学生の頃だった。
すみれは、折角入りたい大学に入ったんだからと、講義を受けられるだけ受けて、勉強を満喫していた。
サークルも入らずに、教授の研究室に伺ってみたりと、すみれ的には充実した毎日を送っていたのだが、まあ一般的にはおかしな女子だった。
時間が合えば何でもかんでも講義に顔を出して、経済学の面白い教授に出会った。この教授の話は面白い!もっと聞きたいと研究室に通っているときに直樹に会ったのだ。
最初は……大変申し訳ないが、教授に会いに行ったら先客がいた。がっかり感を思いっきり顔に出してしまったはずだ。第一印象は「何だこいつ」だったに違いない。
「小越君も今日の講義の内容かね?」
見た目はくたびれたおっさん教授がすみれにも声をかけてきたので、「失礼しました」と去るわけにもいかずに、研究室にお邪魔した。
ちらりと横を見ると、思いっきり邪魔だと表情に表した男―――それが直樹である。
お互い様だが、表情に出さなくてもいいよねと、ムッとした。
そのすみれの表情を見て、向こうもムッとした。
悪循環である。
「今日のは、少々ひねった内容でね……」
だけど、教授の「君たちが来ると思っていた」という話し方に、すみれは興奮して、その彼のことはすっぱりと忘れた。
教授が講義の内容について話すと、疑問に思ったことを彼がぶつけて、すみれの思ってもいないような疑問の持ち方に興味がわいた。同じように、すみれの講義内容の感想に、彼も興味を示した。
それぞれの想いを話し合っているときに、あらかじめセットしていたアラームが鳴った。
「ああ……もうこんな時間」
気が付けば、あっという間に一時間が経過していた。
「そうか。君たちの受け取り方は非常に勉強になる」
次の講義に活かせそうだという教授に、すみれは笑顔を向けた。
「そんな風に言っていただけることが嬉しいです。また、次も楽しみにしています」
一応、隣にいた彼にも会釈をして研究室を出た。
次は商業学だ。講義室が遠いので、少し急がないといけない。
重いバッグを肩に引き上げて走り出そうとしたすみれに声がかかった。
「ええっと……小越、さん?」
急いでいるけれど……とは思ったが、彼の目の付け所は勉強になる。次からも話をするには、悪感情を排すべきだろうと思ってすみれは振り返った。
「はい。宇都宮さん?」
お互い、自己紹介もしていなかった。教授が呼ぶ名前で、お互いを認識していたのだ。
「とても有意義な時間だったよ。ありがとう」
笑顔を正面から見て、彼がものすごくイケメンだったことに気が付いた。
あれだけ近くにいたのだから、もっと鑑賞させていただけばよかったと思いながら、すみれは答えた。
「こちらこそ!」
もっと話したいような気はしたが、講義の時間だ。彼と話すよりも、教授の話だ。
すみれは軽く手を挙げてから走り出した。「また会うことがあればいいけれど」と思いながら。
実際は、すぐに会うこととなった。
商業学の講義に、彼もいたのだ。
すみれは必死こいて走ってきたというのに、何その涼しい顔。軽くイラッとしたのは内緒だ。
彼は、おやという顔をして近づいてきた。
「この講義、毎回いたっけ?」
「ううん。今日はたまたま空いてたから聞きに来ただけ」
だから、教科書も実は持っていない。
すみれがあちこちの講義を渡り歩いていることを説明すると、彼は目を瞠った。
「それって楽しいの?」
「楽しいよ!タダで偉い人の話を聞けるなんて!お得感が満載だよね」
にこにこ笑いながら、すみれはルーズリーフを取り出す。
講義の最中に不思議に思ったことなどを書き出すのだ。
「本当だ……」
すみれのノートを見ながら呆然とつぶやく彼を、すみれは首を傾げて見上げた。本当だってなんだ。嘘をついてどうする。
結局、商業の講義の後もいろいろ話しながらお茶をした。
彼は思いもよらない話をするので、すみれは彼と話していてとても楽しかった。
こうやって、すみれと直樹は仲良くなったのだ。
しかし、この宇都宮直樹、意外と有名人だったらしい。
友人たちから「あのイケメンと仲良くなったのか」と合コンセッティングを頼まれたりもした。
すみれが頼むと、直樹はものすごく嫌そうな顔をして、「嫌だ」と言った。表情だけでなんていうか分かった。
そうだろうとは思った。
彼ほどの頭と容姿があれば、合コンなど行かなくても女性は群がってくるだろう。
「だったら、直樹は参加しなくてもいいから、男性だけでも紹介して?」
イケメンの友人だったら、すみれの友人たちも納得してくれるだろうと、特に根拠もなく思った。
イケメンを連れて行くと、すみれのことを『幹事様』という扱いにしてくれて、何と食事代が無料になる。大変おいしい企画だった。
「………………………………………………いや、オレも行く」
直樹は、非常に苦悩しながらも返事をした。
そこまでしてもらわなくてもいいけどなあと思いながらも、すみれの友人たちは喜んだ。




