別れの日?(直樹ver)
そんな日々が続いていた頃だった。
今日のすみれは、様子がおかしかった。
最初から思い切り吞む気で酒をたくさん買い込んできて、かぱかぱと空き缶を作っていった。
飲みすぎれば自分が記憶をなくすことを知っているだろうに、何かを誤魔化すように飲み続けていた。
社会人になって、それなりに年月も経ったし、何かあったんだろうなと思っていた。
その割には愚痴もこぼさず、無理に明るく振る舞っていた。
直樹のところにわざわざ飲みに来たのだから、無理せずに愚痴って泣きたいなら泣けばいいのに。
そう思いながら、グラスを傾けた。
酒を飲むペースが落ちたところで見計らって、風呂を勧めた。
酔っ払っても、すみれは風呂に入りたがる。
ぐでんぐでんになってから入りたがられると、忍耐力が試されるのだ。とりあえず、まだ一人で入れるだろうあたりで入ってくれると助かる。
すみれは「う~」とうなりながら、バッグを手繰り寄せる。
すみれのお泊りセットは、すでにお決まりの場所が決まっていて、そこに着替え一式は入れているが、今日は新しい着替えを持ってきたらしい。
そう思ってみていたら、見慣れたTシャツや歯磨きセットまでカバンの中に入っているのが見えた。
「いってきます」
ぺこんとおじぎをして浴室に向かうすみれを見送って、チャックが開いたままのバッグを覗き込んだ。
―――直樹の家に置いたままにしていたお泊り道具一式だ。
すみれが『荷物置き場』としていた場所を見れば、空っぽだった。
どんっと胸を殴られたような衝撃が襲った。
もう、すみれは、この部屋には来ない気だ。
今日のすみれの様子に確信した。
愚痴れなかったんじゃない。言い出せなかったんだ。
好きな人ができたのか?すでに付き合い始めた?
ぐるぐる回る思考に頭を抱えていると、ふわりと頭を撫でられた。
目の前に、風呂上がりのすみれが首を傾げて座っていた。
「直樹、どうしたの?」
「すみれ……好きだ」
言おうと思っていたわけじゃない。
だけど、このまますみれに恋人ができて離れていってしまったら、直樹はこの場所からもう動けない。
ぽろりとこぼれるように発したその言葉に、すみれは大きく目を瞠ってから、恥ずかしそうに笑った。
その笑顔に手を伸ばすと、すみれの方から直樹の腕の中にするりと潜り込んできた。
「好き・・・好きなの。ずっと好きだった」
すみれから、信じられない言葉が発せられた。
「すみれ……本当に?」
自分の呆然とした声が、遠くの方で聞こえていた。あまりに現実感がない。
「本当。大好きなの。直樹っ……!」
直樹の腕の中で顔を上げたすみれの瞳には、涙が溜まって、瞬き一つでぽろりと一粒零れ落ちていった。
「すみれっ……!」
すみれが次々にこぼしていく涙を指でふき取りながら、直樹はすみれの両頬に手を添えて上向かせた。
視線をしっかりと合わせ―――ようとしても、すみれはこっちを見ていなかった。
「オレも……って、おい?」
ここまで盛り上がっておいて、嘘だろう?
がくがくと揺さぶってやりたい。
聞くのを忘れていた。今言ったことは、『友人』か?『恋人』か?
流れ的には確実に恋愛感情を持ってのはずだ。だが、にへらと笑って意識を手放した馬鹿面に直樹は不安を感じずにはいられない。
ひとりで盛り上がって、虚しさにさらに落ち込んだ。
ムカついたので、珍しく、酔っぱらいながらも着たままでいた服を、下着以外全部むいてやった。
また慌てふためけばいいんだ。
―――と思っていたのに、翌朝、すみれは素知らぬ顔で、昨日来ていた服に着替えて起きてきた。
すぐにでも帰れる格好だ。
その手には、昨日荷物を詰め込んでいたバッグを持って。
ぎりっと歯をかみしめた。
「あ~~……っと、ごめん。またなんかした?」
直樹のいつにない怒りに気づいたのか、すみれはおどおどと直樹の顔色をうかがっている。
すみれが酔っ払って何かやらかすのは今に始まったことではない。
「……やっぱり、覚えてないんだよな」
覚えていないだろうなとは思っていた。今までの経験からして、あれで覚えているはずがないのだ。
だけど、期待するだろう!?
長い長い片想いが実ったと思った途端、冗談でした~と言われたような気分だ。
「あ…は、はは。ごめん。また埋め合わせはそのうちにするから」
―――する気など、ないくせに。
心の声は決して漏らさずに、不思議そうな声を出した。
「お前、その状態で帰るのか?風呂入っていけよ」
そのまま帰ろうとしているすみれのことが心底不思議だと思っている顔。
急ぐと言うすみれに、着替えがないのかとわざとらしく心配までしてやった。
直樹に荷物がないことがバレたくないのだろう。
すみれは慌てながらも、風呂場へ向かった。―――でかいバッグを下げたまま。




