全ての意味
数日が経ち、圭太は何度も現場である東京駅のトイレに行ったり、京ノ介の後妻である加江などに話を聞きに行ったりした。
「事件のほうはどうだ?」
達也は圭太に捜査の進み具合を聞く。
学校が終わって、一旦帰宅した圭太と達也は駅で待ち合わせた。今から孝正の家に行くのだ。
「まだなんとも・・・」
圭太は微妙な表情をする。
「オレの家にかかってきた殺人の悪魔からの電話の理由はわかったけどな」
「よくわかったな」
感心する達也。
「オレの推理力バカにしてるだろ?」
「そんなことねーよ」
「あとは電話の相手。鈴木さんの葬儀の時の生花の中に入れたヒマワリ。鈴木さんと島川が麻薬の取引きをしていた理由。そして、二人を殺害した犯人。この四つがわかればな」
圭太はどうしたら全てがわかるのかわからないままだ。
「四つも残ってるのか。犯人がわかれば残りの疑問がわかるかもしれないのにな」
ため息をついてから言った達也。
「言うまでもなく電話をかけてきた殺人の悪魔が、今回の事件の犯人だな」
「さっすが! なんでもわかってらっしゃる!」
達也は冗談っぽく言う。
「まぁな」
得意げな圭太は当たり前だと言う。
「ここが鈴木さんの家だ」
圭太は一軒の和風の家の前に立つとチャイムを鳴らした。
すぐに志のぶは出てきた。
「どうぞ」
志のぶは優しく迎えてくれた。
今日、二人が行く事は昨夜、志のぶに電話しておいたのだ。事件の事を聞きたくて、志のぶに会って聞きたかったのだ。
二人は玄関からすぐのところにある四畳半の和室に通された。
「すいません。急に押しかけてしまって・・・。事件の事でどうしても行き詰まってしまってて、それで志のぶさんに聞きたい事があったんです」
圭太は深々と頭を下げて、なぜ急に家に来る事になったのかを伝えた。
「お構いなく・・・。主人の事が何か一つでもわかればいいんです」
志のぶは微笑みながらなんでもないように言う。
「早速ですが、鈴木さんに何か変わった事とかってありませんでしたか?」
圭太はカバンからノートとペンを出した後に孝正の事を聞き出す。
「何かって・・・?」
志のぶは圭太の質問の意図がなんなのかを聞く。
「入院中に様子がおかしかったとかそういうことなんですけど・・・」
言葉不足だったと思いながら、圭太はどういう意図で聞いたのかを答えた。
「特には・・・。でも、主人は島川さんと電話していたみたいでした」
志のぶは孝正が京ノ介と電話をしていた事を知っていたようで、そのことを圭太に教える。
「志のぶさんも島川さんの事を知ってるんですか?」
志のぶの口から京ノ介の名前が出るとは思っていなかったため驚く圭太。
「名前だけは聞いた事があるんです」
「そうですか。それで何を話していたかわかりませんか?」
「それはわかりませんが、薬がどうとか言っていた覚えが・・・」
志のぶはうろ覚えのようだ。
(薬!? きっと麻薬の事だな)
圭太は志のぶを聞いてそう直感した。
「川崎さんとは電話していませんでしたか?」
次に真人と電話をしていなかったかを問う。
「川崎さんって取引先の川さんですか?」
志のぶは川崎と聞いて思い当たる人物は一人しかいないと思ったのか、真人の事を聞く。
「そうです」
「川崎さんはなかったです」
「やっぱり川崎さんとは和菓子店以外の共通点はなかったですよね?」
圭太は半ば諦め気味で、仕事以外での共通点はなかったかを聞いてみる。
「全くなかったわけではなかったみたいですよ。川崎さんも主人の職場にも来ていたので・・・。それに、川崎さんとはプライベートでも仲良くしていたそうです。なんでも主人が川崎さんの中学時代の恩師に似ているだとかで・・・」
志のぶは孝正から話を聞いていたのか、孝正と真人がプライベートでも仲良い事を話してくれた。
(仲良かったんだな。親子ほどの年が離れてるのに・・・)
「島川さんとの麻薬の取引きの事は何かご存知ではないですか?」
次に麻薬の事を恐る恐る聞いてみた。
「島川さんが亡くなられた時に初めて警察の方から聞きましたが、何も知らないんです。まさか、主人が麻薬の取引きなんてしているなんて思っていませんでした」
志のぶは孝正が麻薬の取引きをしているとは夢にも思っていなかったようだ。
「薬というのは麻薬の事なのではないかと思うんです」
「オレもそう思います」
圭太も同じ事を思っていたと志のぶに言う。
「早いところなんとかして欲しいです」
泣きそうな志のぶ。
圭太と達也は志のぶの顔を見るのが辛くて仕方なかった。
「大丈夫です。オレや親父も全力を尽くすので、もう少しお待ち下さい」
志のぶを安心させるために、圭太は全力を尽くすという言葉を使う。
圭太の言葉に、志のぶは頷きながら泣きそうな表情から安心したような表情になった。それは圭太が言った言葉の意味を知っているかのようだ。
自分が泣きそうな表情をしていると圭太と達也に心配かけてしまうのではないかという思いもその表情から読み取れる。
「また家に伺うかもしれませんが、その時はお願いします」
圭太は来た時間が遅かったため、これ以上、長居出来ないと思い、次の機会に事件の事を聞こうと思っていた。
「いいですよ」
志のぶは笑顔で言ってくれる。
志のぶの笑顔を見た二人は安心して笑顔になった。
午後七時過ぎ、家路に着いた圭太。
二人が帰ろうとした時、志のぶは孝正の日記帳を見せてくれた。持って帰っていいと言うので、圭太はしばらくの間、借りる事にした。
夕食と風呂を終え、自分の部屋に戻ると、早速、孝正の日記帳を読む事にした。日記帳の内容は、自分の仕事の事、麻薬の取引きの事など日々の事が書かれていた。
圭太は日記帳を読みながら、志のぶが言っていた事を思い出していた。
「主人はうすうす胃ガンだという事を気付いていたようなんです」
志のぶは玄関先で言った。
志のぶの口調からは孝正には胃ガンの事は言っていなかったようだ。
「胃ガンの事、話してなかったんですか?」
達也は唖然としながら聞いた。
「えぇ・・・」
「じゃあ、どうやって自分が胃ガンだという事を知ったんだろ?」
圭太は首を傾げる。
「主人に言わなくちゃって思っていたんです。それでガンなどの病気の方が集まる会に一緒に行こうと思い、そのような用紙を引き出しに入れておいたんです。多分、その用紙でわかったんじゃないかと思うんです」
「でも、それだけでは胃ガンだとわからないんじゃないんですか?」
達也は俯く志のぶに、色んな病気の人が集まる会の用紙でわかるはずがないと思っていた。
「主人は薬の成分でわかったようなんです。主人の学生時代の友人に医者がいるみたいで・・・」
「それでか・・・」
志のぶの答えを聞いた達也は、友人の中に医者がいるなら薬の事を聞けばわかるなと納得していた。
志のぶはそんな用紙を入れておくんじゃなかった、と今もひどく後悔している様子だった。
その話を聞いて圭太は、自分が胃ガンだと知っていて、なぜそれを妻である志のぶに言わなかったんだろうと思っていた。
(鈴木さんは胃ガンだと信じたくなかったんだろうな。信じたくなかったけど、この事実を受け止めないといけないと思ったんだろうな。オレらが見舞いに行った時、志のぶさんは病室にいなかったし、自ら胃ガンだと言ってたからな)
日記帳を途中まで読み進めると、
「疲れたな・・・」
独り言のように呟いた。
事件が起こってから数日の間の疲れが、体中からどっと湧き出てくるような感じだ。学校の授業に友達の付き合い、事件の事。色んな毎日が起こる。
今、圭太は中学三年生だ。受験生なのにこんなことをしている場合ではない事くらいよくわかっている。しかし、一度、関わってしまった事件を放っておくわけにはいかなかった。それは父親の友人が関わっているからでもあったが、妻の志のぶの泣きそうな表情を見たせいでもあった。
圭太はお盆前で部活を引退した。陸上部に所属していて、短距離や長距離の走る事が一番得意だが、走り幅跳びも得意だ。八月上旬に行われた最後の大会では、1000mが二位、400mのリレーも二位、走り幅跳びが四位という好成績を収めた。
高校でも陸上をやりたいと思っているが、バイトもしてみたいと思っている。部活とバイト、どっちも譲れない気持ちが揺れ動いている。
だが、バイトを選んでしまうと部活をしなかった事に後悔をしまいそうな気持ちもある。高校卒業したら大学に進学したいと考えているため、三年まで部活をして、大学が決まればバイトをするのもいいなと設計を立てている。
高校は公立を希望しているが、必ず公立が合格するとは限らない。私立も受験するが、あまり私立に行きたくないという思いが先立っていた。それは学費が高いからという理由の他に、私立に行けば同じ中学の人が少ないという理由もあった。
日記帳を机に置いて、ベッドに寝転ぶとウトウトしてしまい、ついに眠りに入った圭太だった。
それから三日が経った。この日は週明けの月曜日だ。
この日の四時間目の授業は社会で、担当教師が休みで自習となっている。だが、クラスの全員は自習で配られたプリントをやることもなく、それぞれ友達同士で喋っている。
圭太と達也もその中の一人だ。
「オイオイ、学校にまで事件の写真を持ってきてるのかよ?」
机に写真を出す圭太に呆れ返っている達也。
「早くに解決したいからな」
写真を並べながら答える圭太。
「事件バカ・・・」
達也は小さくポツリと呟く。
「なんか言った?」
写真を並べながら何か聞こえたような気がして、達也に何か言ったのかを聞く圭太。
「いや、別に・・・」
慌てて何も言っていないと否定した達也。
(特に目立った物ってないな。わからない事があるのに・・・)
圭太は途方に暮れる。
今、見ている写真は京ノ介の事件現場の写真で、圭太が達也にお願いをしてスマホで取ってもらい、それを現像したものなのだ。
本来、そんなことをしてはいけないのだが、警察官に気付かれないように達也が上手いこと撮ってくれたのだ。それを聞いた圭太は、ナイス!と思ったのと同時に面倒な事をさせてすまないと言った。
「あ、そういえば・・・」
突然、写真を見ていた達也は思い出したように声を出した。
「どうした?」
圭太は写真を見ながら聞く。
「島川の現場で写真と撮ってた時、ある物が落ちてたのを圭太に言うのを忘れてた」
達也は思い出したように圭太に伝える。
「ある物って・・・?」
圭太は写真から目を話して達也のほうを見る。
「ルビーの写真だよ」
すまなそうに言う達也。
「バカッ! なんで早く言ってくれなかったんだよ?」
圭太は早くに言ってくれていたら事件は今頃解決していたかもしれないのに・・・と思いながら言う。
「スマン・・・」
圭太に怒られた達也はシュンとなってしまう。
「待てよ。もしかしたら、写真に写ってるかもしれねーな」
圭太はそばに置いてある写真に手を伸ばし、隅から隅までしっかりと写真を見る。
「あった! あれ? この指輪・・・」
圭太は孝正が見舞いの後にどこかで見たような気がしていた。
「見た事あるのか?」
自分の証言で意外な表情をする圭太に驚きつつも、どこかで見たのかを聞く。
「うん。確か、あの人がはめてたような気がするんだけど・・・」
思い出せそうで思い出せない圭太は、必死に思い出そうとする。
(いや、絶対にあの人がルビーの指輪をはめてた。こんな特徴のある指輪なんて忘れるわけないもん。だってあんな似つかわしくない場所ではめてたんだから、なおさらだもんな)
圭太はルビーの指輪と聞いて、一番最初に思い浮かんだ人だと自分の記憶は間違っていないと確信していた。
「あの人って誰だよ?」
達也はなんで自分だけわかってるんだよ?という表情で、圭太が言ったあの人が誰なのかを聞く。
「ありがとう、達也!」
圭太は達也の問いに答える事はなく、笑顔で礼を言う。
「そ、そりゃあ、どうも・・・」
達也がわけがわからずキョトンとした声を出した。
(ルビーの指輪はあの人も物だ! 今回の事件の犯人はあの人で間違いない!!)
圭太はルビーの指輪が写っている写真を見つめて、心の中で確信していた。
そして、午前中の授業が終わって昼休みになると、圭太は急いでトイレに向かった。校内ではスマホが使用出来ないからだ。
圭太がかけた先は聖一だ。
「もしもし?」
「親父? オレだ」
「どうした?」
聖一が学校にいる圭太が自分のスマホにかけてくるとは、よほど何かあったのだろうと思いながら何があったのかを聞く。
「島川の殺人現場にルビーの指輪が落ちていたんだ」
達也が教えてくれた事を聖一に報告した。
「ルビーの指輪の事はわかった。こっちもわかった事があるんだ」
聖一は改まった口調になる。
「鈴木と島川の麻薬の取引きをしていた理由がわかったんだ」
「ホントか?」
「あぁ・・・。例の少年が虚ろな口調で話してくれたよ」
聖一は二人がやっていた麻薬の取り引きの理由などを全て話してくれた。
「・・・そうか」
一通り聞き終えた圭太は納得した。
「どうだ? なんとかなりそうなのか?」
聖一は心配そうに聞く。
「大丈夫! 犯人もわかったからな! 親父の話で確信したからな!」
自信に満ちた笑顔をする圭太。
「それならいいんだが、あまり無茶はするなよ」
息子に忠告する聖一。
「わかってるって・・・」
圭太はそう言うと、スマホを切り、今までの事を整理した。
孝正の見舞いの時、水花から奪い取った手紙と孝正の態度。葬儀の生花の中に交じっていたヒマワリ。
圭太の家にかかってきた殺人の悪魔という名の脅迫電話。孝正と京ノ介の麻薬の取引き。
圭太には全てが繋がった。
(なんであの人が・・・? あの人と鈴木さんの関係がわからない。どこで繋がりがあるっていうんだ?)
圭太は志のぶの家に電話した。
犯人と孝正の関係を聞くためだ。
志のぶはすぐに出た。
「あ、志のぶさん? 塚原です。聞きたい事があって・・・」
「いいですけど・・・何か?」
電話越しで志のぶが首を傾げている様子がよくわかる。
圭太は疑問に思っている事を聞いてみた。
「よく知らないんです。あまり人間関係は話してくれる主人ではなかったので・・・」
「でも、島川と川崎さんの事は・・・」
「たまに話してくれる程度で、その二人以外は知らなくて・・・」
志のぶは京ノ介と真人以外の人間関係は知らないと言う。
「そうですか。ありがとうございます」
圭太は礼を言うと、ヒマワリとヒマワリの意味を思い出した。
(そうか・・・そうだったのか。犯人がヒマワリを選んだ理由はわかった。あの人はあの理由で二人を殺害したんだ!)
圭太はスマホを強く握りしめてそう思っていた。
その日の放課後、圭太は達也と水花に事件の話をした。話した理由は、二人に協力して欲しい事があったからだ。
「マジで犯人はあの人なのか?」
達也は驚きの声をあげる。
水花も同様だ。
「そうだ」
「このことはいつ話すの?」
水花は圭太が犯人をわかってて何も話さないということをしない事を知っていたため、どうするのかを聞く。
「明日の夜に話そうと思ってるんだ」
考え込んで答える圭太。
「明日の夜・・・? 今日にはしないのか?」
「今日でもいいんだけど、オレなりに考えがあるんだ」
圭太は考えている事があると言う。
「考え・・・?」
圭太の考えている事がわからない水花。
「うん。それは、な・・・」
圭太は協力してもらう二人にも自分の考えを話す事にした。
「それで大丈夫なのか?」
達也は念押しする。
「大丈夫だ」
自信満々に答える圭太。
自信満々に言い切る圭太に、達也と水花は互いの顔を見合わせた。
「そんなに自信があるならオレらも手伝わねーとな」
「そうだね」
「ちゃんと二人にも活躍してもらうからな」
圭太は明日の事を考えながら言う。
「あ、いけない! 私、今日、早く帰らなきゃいけなかったんだ! 私、帰るね!」
水花は用事があったのを思い出し、急いで立ち上がりカバンを持って走っていった。
「ボーッとしてるところあるな」
達也は苦笑いしながら言った。
「確かにな。そういうところが水花ちゃんいいところじゃねーの? それに、水花ちゃん、オレに好いてるみたいだし・・・」
圭太は女子に好かれる事に自信があるのか、笑顔で言う。
「何言ってんだ? 絶対そんなことねーし・・・」
それを聞いた達也はふくれる。
「もしかして、妬いてんのか?」
「そ、そんなことねーって!!」
達也は赤くなりながら大声を出して否定する。
「そっか、そっか」
圭太はニヤッと笑いながら、一人で納得していた。