〈1章〉~ポンコツと泥船~
〈1章〉~ポンコツと泥船~
己の長い睡眠が終わると、天国であった。
起きると花の芳しい匂いが鼻をくすぐり、さわさわと草花が肌を撫でる。
……って可笑しくないか??
なんで、お花畑に俺はいるんだ?こんな新鮮過ぎる寝起きドッキリ仕掛けれるような奴は、俺の知り合いにいないぞ。そもそも俺は部屋の煎餅布団で……寝てたってけか?
不測の事態に陥った為か、俺の顔に焦りと脂汗がにじむ。
いや、まて、まずは記憶の確認しようか。そう記憶の確認。
俺は一呼吸して、一度頭をクールダウンさせる。
えーっと、昨晩俺は、飲み仲間と新年明けると同時に酒を飲み、多少酔うぐらい飲んだ。うん、ここまでは合ってるし、よく覚えてる。そして、千鳥足で家に帰ってきて……その後どうした?無事部屋にたどり着いて布団に入ったような、入らなかったような?ここがあやふやだな。
頭を幾らひねっても、これ以上は思い出せそうにない。ならば、これらの記憶で現状を説明出来ないか、仮説をたててみる。
一つ、お花畑自体夢である。
これであったらさぞ平和だろうが、残念ながら花の匂いも感触もリアルすぎる。
二つ、何らかの理由で死んで、天国に来た。
理由は、帰宅中に事故に遭ったとか、急性アル中になったとか、まぁ、様々な憶測がたつな。一先ず、それは置いとくとして、天国=お花畑なんて人間が考えた、ただの設定だ。天国が存在するかも分からないのに、この仮説を認めるわけにはいかない。
しかし、そうなるとなぁ……。他に考えられる仮説か……。
「なら、神様の手違いという仮説を私は提唱するのですよぉ。」
空から降りてきたのは、硝子細工のような銀髪で、星のように輝く金の瞳を持った、純白の天使様だった。
「…………。」
よし、決まった。これは夢だ。花の匂いとか、感触とか関係ねぇ。死後だろうが、いきなり純白の天使様が目の前に降臨する筈ないしな。布団は無いけど、寝れば何とかなる気がする。だって夢なんだから。
「という事で、おやすみなさい。純白の天使様。」
「いやぁ ~純白の天使様なんて、照れちゃいますよぉ。って、違うのです!!起きてくださいぃ。ここで寝たら死んじゃいますよぉ!」
「ここは雪山じゃなく、お花畑だけどな。そして、安眠妨害するな。」
このアホみたいな喋り方が聴くに耐えんし、何故か体の距離が近い。初対面だろうが……。
「安眠どころか、永眠してるんですけどねぇ。あ、でも、ちゃんとつっこんでくれるあたり優しいのです。」
なるほど、どうやらこの純白の天使様(笑)の頭は結構なお花畑らしい。
「その優しさに免じて、私をコケにした罪は許してあげるのです。」
ふふん。と、胸をはる天使様(笑)。決して小さくない、豊満な胸が揺れる。
何だろう。このふつふつと湧き上がる気持ちは……。ああ、殺意か。
「冗談はこれくらいにしといてぇ。さて、本題なのです!心して聴くがよいのです!」
上から目線で命令すんなよ。殺すぞおっぱい天使。
「貴方、菊野利道はぁ。」
俺が睨みつけてんのに無視ですかそうですか。
「(ダガダガダガ、ダンッ)天界の手違いで昨晩急死しましたぁ。」
はいはい、そうですか。そうで………。
「はぁ!!?」
「ですから、手違いでぇ。」
「俺が死んだと!?」
「誠に遺憾ながらぁ。」
「どこの無責任な政治家だよ、てめぇ!」
「落ち着いて下さいぃ。怒ってばかりだと、早死にしますよぉ?」
「てめぇらせいで、もう死んでんだろうが!!」
「そういえば、そうでしたぁ。」
どうりで酔ったとはいえ、昨晩の記憶が曖昧な訳だ。
そして、予想出来る次の展開は……。
「という事で、特別にぃ。(ババンッ)貴方を異世界転生させちゃうのです!!」
だろうな。って感じだな。
「んで?」
「あれ、驚かないですねぇ。天界では、結構異例の策なのですよぉ?」
そりゃ、アニメやマンガで良くあるしな。
「そんな事は正直どうでもいい。重要なのは、やらかした奴だ。俺を間接的に、強制的に殺した奴を連れてこい。」
「あーぁ、折角人間の憧れの世界なのになぁ~。魔法陣を使うのですよ?」
「いいから、俺の質問に答えろ天使(笑)。魔法なんて見知った力なぞ、こちとら何も珍しくねぇんだよ。それよりも誰がやったのか教えろ。」
「あ、あの~。その方を連れてきたとして、どうなさるのでしょうかぁ……?」
「あん?決まってんだろ。それ相応の罰を与えるんだよ。況してや、神様に仕える天使様なら納得の筈だ。無辜の命を犠牲にしたんだからな。」
「あ、ああ~。そうですよねぇ~。そうしますよねぇ~………。」
やっと納得したか。しかし、やけに渋るな……。
「いや、天界(?)全体のミスなら、まぁ見逃してやるよ……。そこまで規模がデカいと、神様を罰する事になりそうだしな。」
「あ、いえ、個人の問題ですぅ~。その、この案件は……。」
うん?顔を顰めたな。って、おいおい、まさかコイツ……。念のため、ちょっとカマかけてみるか。
「とはいえ、天使様に罰なんて、分不相応だな。それに、天使様にだって、事情が有るだろうしな。」
「そ、そうなのです!あれは私に責任は無く、不可抗力だったのです!!」
はい、バカ確定。
「要するに、お前がやったと……?」
「え……?あ、」
一瞬、場が沈黙に包まれる。
「覚悟、出来てるよな(ニコッ)?」
「ふ、ふん。人間が天使に手をあげるなんて、する訳……無いです……よね(ニコッ)?」
「………(ニコニコ)。」
「えへへ………(ニコニコ)。」
~10分後~
「ひ、酷いですぅ……。天使である私に、あんなことやこんなことをするなんてぇ。」
「黙れこのクソ天使。あと、その言い方は止めろ。俺がお前に、エロい事をしたみたいに思われんだろうが。」
周りには、誰もいないが。
「そんで?」
「はいぃ?」
「どうして、俺は死んだんだ?」
「ですから、不可抗力でぇ……いたっ!」
俺は容赦なく頭をひっぱたく。天使を殴るな?残念だったな。俺が今殴ったのは、無辜の命を足蹴にしたクソ天使だ。高尚な天使様等では断じてない。
「てめぇのやらかした手違いだよ。どんな間違いしたら、不可抗力で俺が死ぬんだ?」
「話すと長いのですが……。」
「端的に分かりやすく説明しろ。」
「は、はいぃ。」
割とマジで話(大半が言い訳)が長かったので、要約すると、
「つまり、お前が転けたせいで、俺の寿命を表していた火を消してしまったと?」
「そ、そうなのですよぉ~。私は悪くないのですぅ。天界に段差なんて作る、神様が悪いのですぅ。それに、コツンってぶつかっただけで、火が消えるなんて可笑しくないですかぁ?」
「なら、それを神様に直訴すれば?段差と消えやすい火を作らないで下さいってさ。」
「そんな事すれば、地方に飛ばされてしまうのです!それだけは絶対に嫌なのです!!」
天界も人間社会と大差ないな。目の前の天使が哀れに思えてきたぞ。
とりあえず、事情は把握した。
さて、問題はこれからの事だ。
「それで、転生だっけか?」
「そ、そうなのですよぉ!転生の儀式を済ましてしまわないとぉ!」
「俺が転生するのは、どんな世界なんだ?」
「先程も少々話しましたが、なんと今回は特別にぃ。人間の憧れ!剣と魔法の世界なのです!!」
あ〜はいはい。魔法陣が出てきたあたりで察してたわ。
「んで?なんか特典でも貰って転生すんのか?」
「また、感動も驚きもないのです……。それで、特典?でしたら、そうですねぇ……。能力値は勿論高めに設定しておきますよぉ。あとは、私がついて行ってあげちゃうのです!!」
「へ、へぇ~……。」
い、要らねえぇぇぇぇぇ!!
こんなポンコツ天使一匹を特典として貰うくらいなら、伝説の武器とか特別な能力とかが欲しい。ってか、特典ってそいうもんじゃねぇの?普通。
「そんなに喜ばなくて良いのですよぉ。ちょっと、照れてしまいますぅ……。」
このポンコツ天使は、俺の無表情顔を喜んだ顔と認識しているようだな。なんかここのお花畑って、こいつの頭の中を表しているのではなかろうか……。
「さぁ!大船に乗ったつもりで、いざっ、転生開始なのです!!」
俺はこんな泥船に乗って、転生するのか。
花畑は刹那、幾何学模様の魔法陣に様相を変える。それらは突如として辺りを包み込み、極光がさした……。
ふむ、やはり見知った感じだな。
目を細めながら、俺は思う。
お先真っ暗な新たな人生に極光とは、全く皮肉なものだ……。ああ、家に帰りてぇ……。
俺とポンコツ天使の新たな転生記が今始まる……。