天井の丸い光【ショートショート】
私は、母と並んで寝ていた。
寝付けない私は、母の寝息を聞きながら、目を閉じたり開けたり、寝返りを打ったり、落ち着かない。
何度目かの閉じた目を開けた時、天井に、丸い光があるのに気がついた。だいたい20cmほどの円。天井にぽつんと浮かんでいた。
しばらく私は、その天井の光を凝視していた。何の光だろう。カーテンの隙間から漏れた外の灯りが、うまい具合に円の形をして、天井に映し出されているのだろうか。
通行量の多い道路に面したこの部屋は、普段から、様々な光を室内に反射させている。天井に、円の形をした不自然な光があっても、さほど不思議なことではないと思えた。
眠れない私は、天井に張り付いた光の円を、ただただ見つめていた。その光は微動だにせず、揺らめくこともせず、ずっとそこにあった。
あまりにも変化がないので、もしかしたら、光じゃないんじゃないかと考えるようになった。…天井のシミなのかもしれない。
光にしてはそんなに明るいわけでもない。円の部分だけ天井よりも、ほんのり白っぽく見えたから、光だと思っただけだ。
あれは光ではなくて、天井の色が、円の形に薄くなっているのだろうか。シミなのだろうか。1度そう思ったら、そういう風に見えてきた。
あんなに綺麗な丸いシミなんて、できるのかな。雨漏りの跡かな。シミだとしたら、あのシミはいつから天井に存在していたんだろう。
天井なんて、普段から気にして見ていないから、本当はずっと前から存在していたのかもしれない。それを今私が、たまたま発見したんだ。そういうことだ。
気がついてしまえば、円のシミはこんなにも存在感がある。今まで、一切、気がつかないで生活をしていたと思うと、不思議だ。
またしばらく、天井のシミを凝視したまま、特に何か考える訳でもなく、ぼんやりして、隣で寝ている母の寝息と私の呼吸が重なって、私はだんだん まぶたが重たくなってきた。それなのに。
やっぱり光に見えるなあ、と思考が戻ってきた。やっぱりシミじゃなくて、あれは光だ。気になり出したら、脳が活性化されたのか、眠気が引いてきた。せっかく眠れそうだったのに。
カーテンをしっかり締めて、天井の円が消えれば、外の光が反射していたってことだし、消えなければ、天井のシミということだ。それだけのことだ。
しかし寝付けないとはいえ、起き上がってわざわざカーテンを隙間なく閉める作業をするという気にもなれなかった。ウトウトしている体を、動かしたくはない。
結局、天井の円をそのままずっと眺めていて、それで、気がついたのだけど、その円は、私の隣で眠る母の真上にある。ちょうど、母の頭上あたりだ。
となると、母が、枕元に携帯でも置いていて、その光が天井に届いているのだろうか?充電機の光だろうか?小さな光も天井まで届けば、あのくらいの大きさになるのではないのかな。
気になった私は、母の枕元に携帯があるのかを、頭を少しだけ上げて探して見たけど、暗くてよくわからなかった。電気をつけてまで探す気にはなれなかった。何より、あまり動くと母を起こしてしまいそうで、躊躇した。
結局よくわからないまま、私は天井の円に視線を戻した。光だかシミだかよくわからないそれは、変わらずにそこに存在し続けている。眺めていても変化はないし、考えても仕方ないし、そろそろ思考も停止してきて、もうこのまま眠りに落ちるのだ。…と思った時に、隣で寝ている母がモゾモゾ動きだした。
母は起き上がった。トイレにでも行くのだろうか。部屋から出て行く母の気配を感じながら、私の瞳は天井の円をぼんやり写していた。
すると、全く予想してなかったことが起きた。
起き上がり部屋から出て行く母の後をついて行くように、天井の円も、天井を滑るように移動しだした。母の歩いた道筋通りに、あの円も天井を移動する。母はすぐ戻るつもりだったのか、寝室のドアを開けっ放しにしていて、廊下の電気が入り込んできて、眩しい。母の後をついて行った円は、ちゃんとドアから出て行って、廊下の明かりと馴染んで見えなくなった。
先ほどまでずっと円があった場所に目を戻すと、そこには何もない。ただの天井だ。
また廊下を見ると、ただの廊下だ。何もない。
なんだったのだろう。しばし放心してしまった。天井をキョロキョロ見渡しても、あの円はもうどこにもない。
興奮したのか、心臓がドキドキしているのを、全身で感じる。どんなに目を凝らしても天井の円はもうない。たしかに移動した。母の後をついて行った。私はそれをしっかり見たのだ。
あれはなんだったのだろう。やはり、母の携帯のランプだったのだろうか。
それにしては、円の形を崩さぬまま綺麗に天井を滑っているようにみえた。私は、あれが携帯の光だとは思えなかった。だからって、何なのかは、よくわからないのだけれども。
母が戻ってきたら、あの円も一緒に戻ってくるのだろうか。
母が戻ってきたら聞いてみよう。「あの光は何?」と。正体が分かるかもしれないし、もしかしたら、母も驚くのかもしれない。それは、少し楽しみだ。
トイレを流す音が聞こえて、もうすぐ母が戻ってくるな、と目を閉じながら待っていた。しかし、母はいつまでたっても戻ってこない。そのままリビングの方に行ってしまったのか?しかし、起きるにはまだ早すぎる時間だ。寝室のドアを開けっ放しで出たのだから、すぐに戻るつもりなのだろう。廊下の明かりが眩しい、早くドアを閉めて欲しい。お母さん。早く戻ってきて。光の円のことも聞きたいし。お母さん…。
気がついた時には朝だった。いつの間にか、眠ってしまったようだ。隣に寝ていた母はいなかった。先に起きたのか、キッチンから包丁の音が聞こえる。
私は寝室のドアを開けて母のところに行った。
「あら、おはよう」
「おはよう、お母さん。
ねえ、夜中に起きて部屋を出て行ったでしょう?何をしていたの?」
「何を言っているの?ずっとあなたの隣で寝てたでしょ。」
「夜中トイレに行ったでしょ?」
「行ったかしら?うーん、覚えてないわ。」
「行ってたよ」
「じゃあ、行ったのかもしれない。」
「天井の光に気づいてた?」
「天井の光?」
「丸い形をした光が、天井にずっとあってね、お母さんについて行ったの」
「へぇーそうなの。」
適当に返事をされた。私も上手く説明できる気がしなかったから、これ以上この話題を続けるのはやめた。
昨晩のことを思い出す。天井の光が母を追いかけて移動したのを、私ははっきり見たのだけど、あんなにはっきりみたのに、もしかしたら夢だったのかもしれないだなんて、思うくらいに今は自信がない。
夜中の出来事とは、とてもあやふやな時間の上に成立している。私は起きていたつもりだったけど、本当は寝ていたのかもしれない。ちゃんと起きていたのかもしれない。もしかしたら、天井をぼんやり眺めて円の光を見つけたあの全てが夢なのかもしれない。どこから夢なのか。母がトイレに起きたことすら、現実かわからない。
朝起きて、太陽の光の下、明るいこの部屋で、昨晩の暗い部屋での出来事を思い出すと、全てのコトが、現実味を帯びない。




