直樹、吼える
直樹は華子の姿で、気だるげに前髪をかきあげると、腕を組ながら壁に寄りかかった。
本来の直樹の姿であれば、女子たちが黄色い声をあげて卒倒するセクシーな仕草になるだろうが、華子の姿であれば、地味な女の子の無作法な仕草にしかみえない。
「僕たちの入れ替わりを分かって頂けたところで、今後の方針について話し合いましょうか?」
直樹が再び、前髪をうっとおしそうに、かきあげながら言った。
「このことはくれぐれも他言無用でお願いしますわ。今回のことで、華子様の入内に差し支えるようなことがあったら、この菊が生涯、許しませんえ?」
菊は陰気臭い、怨念が籠った声で脅してきたが、今のままでは、華子が帝の妃に選ばれることは、100%ないと言って良いだろう。
帝は清々しい程のメンクイだ。
普通に解りやすい美女が好きな男なのだ。帝が王子だった頃の女性遍歴を見れば分かる。
「菊さん。せ、生徒会長さんに、し、失礼よ。生徒会長さんは、わ、私を助けてくれたのです。そ、それに、こ、皇宮庁から打診があったとは言え、じゅ、入内など、私どもから申し上げるのは、お、畏れ多いこと. . .わ、私なんて、絶対に無理」
菊は、直樹の姿でモジモジとしている華子の手を優しくとって、華子姿の直樹を睨み付けた。
「華子様のなんと慎ましやかなこと. . .直樹と言ったな!お主、なんとかならんのか!」
直樹は菊と華子を見やると言った。
「もちろん。何とかしますよ。ただ、僕は努力をしないのに、『絶対に無理』と言うことを好みません。それから、他力本願の人間も軽蔑します。体が入れ替わって不便なのはお互い様だ。お互いの努力でこの状況を乗り越えましょう。良いですか?」
華子は小さな声で、「はい」と言うと、こくりと頷いた。
「入内の件、僕に策があります。今のままでは、御高嶺さんは帝に認知すらされていないだろうから。御高嶺さんにも、努力してもらうよ。僕は医学部を受験するんだ。この国の最難関の大学のね。受験の日までに体が元に戻らなければ、御高嶺さんに受験してもらうことになる」
「わ、私っ、普通科の文系コースなんですぅ。最難関の、い、医学部なんて、むっ、無理ですぅ」
直樹は華子を睨み付けた。
「僕は努力もしないで無理と言う人間が大嫌いなんだ。二度も同じことを言わせるな。それから、最難関の医学部合格よりも、帝の妃に選ばれる方がよほど難関だ。これからお互いに切磋琢磨していこう。ちなみに僕は忙しい。四時間しか寝ないし、かなりのハードスケジュールだ。ついてこれるか?」
直樹の姿をした華子はぐったりと項垂れた。しばらくすると、顔を上げた。
「ど、努力致します。ご、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い. . .致します」
直樹は「こちらこそ」と、素っ気なく言いつつも、素直さが華子の良いところだなと思った。
「当面は入れ替わった体でお互いに努力するとして. . .元に戻る方法も考えなくてはね. . .御高嶺さん、あの場所で、鏡池で何をしていたの?」
雷雨の夜に鏡池にいたなんて、不可思議だった。たぶんそれが体の入れ替わりに関係するに違いない。
不気味だから聞きたくはないが、聞かなくてはならないことだった。
案の定、華子と菊は直樹の質問に動揺しているようだった。