車内にて
生徒会長の瀬田直樹が言った通り、すぐに瀬田病院と車体に書いてある送迎車が、二人を迎えに来た。
「直樹様!山田がお迎えに上がりました!雷に打たれたなんても~。瀬田病院を継がれる大切な御身なんですからね。くれぐれもご自重下さいねっ!」
送迎車の助手席から、捲し立てながら降りてきた、山田と名乗るこの中年男性は、瀬田病院の事務長だ。
アグレッシブで、あぶらぎっしゅな小柄なオジサンに、体をベタベタ触られて、硬直して、口の聞けない、直樹の姿をした華子であった。
取りなすように、御高嶺 華子の姿をした直樹が言った。
「山田さん。私、御高嶺と申します。瀬田君はまだ、本調子じゃないみたいで」
山田は華子を値踏みするように一瞥すると、慇懃無礼に答えた。
「そのようでございますね。直ちに病院へ参りましょう。さあこちらへ」
運転手が送迎車の後部座席の扉を開けた。
直樹の姿をした華子が「畏れ入ります」と頭を下げて、乗り込むと、常にない直樹の言動に運転手は怪訝な顔をした。
間もなく、車は夜の街へと滑り出した。
「山田さんって、感じ悪いでしょ?なかなかの策士でね。病院の事務方の実権を握ってる。僕は苦手だけど、祖父には頭が上がらないみたいだ」
「えっ、生徒会長さん. . .僭越ですが、声が少し高いような. . .山田さんが気を悪くされませんか?」
「大丈夫。聞こえないよ。後部座席は防音なんだ。それより、僕は『畏れ入ります』なんて言葉、使わないからね。さっき、運転手が変な顔してたよ」
華子は、「あっ」と小さく声を上げて、「ごめんなさい」と頬を染めて俯いた。
華子のそんな姿を見て、直樹は新鮮だなと思っていた。
直樹を取り巻く女の子たちは、皆、美しく、強気で、若さゆえの、根拠薄弱な万能感に満ち溢れている。
絶滅した大和撫子って、たぶんこんな感じなのかなと、ぼんやりと思っていた。
だけど、男はアホだからなと、直樹は同時に思った。
フツーの男は、薄っぺらい美女を厚遇し、そうでない女を冷遇する。
きっと、華子のルックスでは生きづらいに違いない。
女らしい可愛いげのある性格をしているのにな。
人間の印象の90%は見た目で決まるそうだ。
当然、親しくなるうちに、内面にも興味を持つだろうが、第一印象で選ばれなければ、中身まで見てもらえないのだ。
直樹は、車窓に写る華子の顔をぼんやりと眺めながら、華子は、素直で性格も良さそうだけど、まあ、モテないだろうなと思う。
二人の魂の入れ替わりが、しばらくの辛抱だとしても、このうっとうしい腰まである髪だけは、何とかさせようと思った。
動きにくくって仕様がない。
直樹は気を取り直して言った。
「とりあえず、病院に着いてからの流れだけれど、検査を受けたら、院長である祖父に、全てを打ち明けようかと思ってるんだ。両親は学会に出張中でね。でも、親が不在で良かったかもしれない。親は医者って言うより、頭の堅い学者タイプだから。こんな荒唐無稽な話、取り合ってくれないと思うよ。その点、祖父は人脈も豊富だし、海千山千で、ここまで来た人だから、何とか打開策を考えてくれると思うよ」
「よろしくお願い致します。私も、両親に打ち明けるのは、様子を見ようと思います。私の身の回りの世話をしてくれている、菊を呼んでも良いですか?」
「あぁ、ゴメン。家の方が心配されているよね. ..携帯ないの?今どき、珍しいね。僕の使って」
スマホの操作に、もたつく華子の代わりに、通話ボタンを操作してやりながら、直樹は思った。
果たして、祖父はどう出るか?自分と華子は、かなり違う世界に住んでいるようだ。
菊さんって、家政婦さんかな?
お互いの生活に支障が出ないうちに、早々にけりをつけたい直樹だった。