雷雨の夜に
今宵、雷の落ちた木の下に、二人の高校生が倒れている。
男子生徒は、女子生徒を庇うように、彼女に覆い被さっている。
辺りに散らばった持ち物から察して、男子生徒は塾、女子生徒は茶道の稽古の帰りのようだ。
二人は、付き合って3ヶ月未満のラブラブなカップルではない。
男子生徒は、見ず知らずの女の子を、雷の直撃から守った。
男子生徒の崇高な武士道精神からの行動だった。
彼は、今宵、女子生徒を雷から庇ったことで、なにひとつ不自由のない、順風満帆な学生生活に終止符を打つことになる。
男子生徒の名は、瀬田 直樹。
名門の聖園学院高校の3年生で、特進クラスに所属している。
聖園の生徒で、彼を知らない者はいない。
容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群で、家柄まで良い。
祖父の代から続く大病院の一人息子で、病院のスタッフからは『御曹司』と、かしずかれている、デラックスなイケメン生徒会長だ。
当然のように、モテるし、梨花という名前の彼女もいるらしい。
梨花は学園モテ女ランキングトップクラスの、気が強くて、大きな猫目の流行り顔の女の子だ。
瀬田 直樹は初等科より、モテランキング断トツ1位で、ついに殿堂入りを果たした。
聖園や近隣高校の男子生徒からは、「瀬田、最強じゃね?」と畏れられている。
対する雷に打たれた少女の名前は、御高嶺 華子。
同じく聖園で、普通科の三年生だ。
御高嶺家は、旧華族の家柄で、公家の流れを引いており、奈良時代まで遡れると言う由緒ある家柄。世が世なら、お姫さまと呼ばれる正真正銘の姫だ。しかし. . .
本人は、特筆するのが難しい平凡な少女だ。
容姿は色白で、ふっくらした輪郭、細い目、鈎鼻、おちょぼ口。
「平安時代に生まれたら、良かったのにね」と、心ない女子どもに言われる平成のジミ顔だ。
育ちの良さゆえの、おっとりとした朗らかな性格で、人が嫌がる仕事も喜んでこなす。
動作はゆっくりだが、一人でも、最後までやり遂げる、芯の強さをあわせ持っている。
美徳と言えるこの性格こそ、華子の魅力だ。
けれど、世知辛い世の中では、なかなか人目に止まることはない。
そんなわけで、パパとママが、せっかく付けてくれた名前だけど、取り柄のない私が、『高嶺の華』みたいな名前、名前負けだわと、恥じ入る華子なのだった。
そんなわけで、直樹と華子の共通点と言えば、同じ高校の三年生と言う以外、見当たらない。
交差することのなかったであろう二人だが、今夜、落雷の中、出会ってしまった。
「うぅっ. . .いっつう~。心臓に、ズガンときたな. . .直撃は避けられたけど。あっ、大丈夫?立てる?」
「. . .あっ、大丈夫です。あのっ、たっ、助けてくれて、あのっ、ありがとうございます」
直樹は「良かった」と呟くと、あまたの女子に評判の、サラサラヘアをかきあげようとして、ギョッとした。
「げっ?長髪?腰まであるのか?何で?えっ?スカート?」
慌てて、自分の全身を撫で回す直樹。
それをぼんやりと眺めていた華子が、小さく悲鳴を上げた。
「やめて~!わたっ、私の体、触らないでっ. . .くださいぃ」
「ええっ?ゴメン。って、違う、僕は触ってない. . .って言うか、何で、僕が目の前にいるんだ?雷で脳に損傷が?えっ?えっ?」
直樹がかつてなくパニクる中、華子、否、直樹の姿をして、横座りになり、イヤイヤと頭を振りながら、涙目になった華子が言った。
「わたっ、私たち、体が入れ替わっちゃったんだと思います。どうしよう。うぅっ. . .」
泣き出した華子、否、直樹の姿をした華子を、「俺の体で、クネクネ、メソメソすんじゃない~」と思いながら、呆然として見つめる直樹であった。