0-0 前口上
仮想西暦2045年、正化二十二年現在の日本において、水蒸鬼を銃火器で殺害する方法は皆無に等しい。
ある日、夜天に時空の歪みが発生し、開いた向こう側から降り注いだメルヴィッツ生体波導線は世界中の人間にある影響を与えた。
その影響を受けて以来、新生児の中に排熱臓器と呼ばれる特殊な臓器を持って生まれた子どもたちがいた。
それ自体が高エネルギー体の塊であるその臓器は、自らを燃焼消費させ、一個の生物が使いきれぬ程の莫大な熱量を瞬間的に生み出した。
そして、その生物が耐えられるはずのない熱量を運動量に変え、人は超人へと変貌する。
どのような重量強度を持つ物であろうと破壊変形させる怪力。
銃弾さえ認識して避ける速度。
よしんば当たったとしても、拳銃では小指ほども傷がつかぬ強固な肉体。
無呼吸であろうと、自らのATP(アデノシン三リン酸)消費で何十時間も活動可能な保有量。
人間を、それまでの科学水準を否定しきってしまうほどの超絶な進化であったが、全ての人々がそうなったわけではなく、人間社会は未だ旧人類を基準とした、法と秩序による維持がなされている。
それは、とても正しい選択であったが、人が全て正しいままであれるわけではない。
超人達は、自らの社会的地位を求め声をあげ、その者の一部は、ただいたずらに暴れるだけになってしまった。
法と秩序がなくても生きていける者達の中には、実に、法と秩序を求めずに、自らの欲を満たすためだけに暴れる者達が現れる。
怪力と速度、そして、その超運動能力を発する時の高熱で赤熱化する灼銅色の肌。
さらに、医療・災害救助のために開発された能力強化用の補助機械を悪用し、人型兵器として調整された運用力。
体内の水分を用いて強制排熱を行うその異形から、そのような犯罪者達は悪意持つ兵器・水蒸鬼と呼ばれ忌避された。
そのような者達を、押さえつけるためには武力が必要であった。
しかし、どうやって止めるか。
携行火器程度では、足止めにもならない。
かと言って市街で重火器を振り回せば、被害が広がる。
巨大な車両や航空機では、捕捉する前に、こちらが撃墜される。
化学兵器や生物兵器は、無呼吸で生き、微生物が生存できない体温を持つ彼らには、そもそも効果がない。
核など、例え犯罪者であっても、一個人に向けていいはずがない。
幾度の戦い。いくつもの犠牲の果てに。
スチームオーガを倒すには、スチームオーガを相対させることが、最も確実な手段となっていた。
対水蒸鬼犯罪の専門部隊
そこに、一人の、灼銅色の少女が存在する。
燃え盛る肌。騒ぎ立つ紅蓮の長髪。焼き焦がすような視線。
魂の奥まで鉄芯が入ったような、まっすぐでひたむきな少女が一人。
灼銅ガールズシャフト。
これは彼女、赤神氷見子が、燃え尽きるまでの、戦いの物語である。