第8話 爺さんと復讐
これが作者の限界です。
その日、俺は御用商人の店まで行って、ある品物を受け取りに来た。
「これはこれはダルトン様。わざわざ殿下にこのような所までご足労いただくとは申し訳ない限りです」
入店してすぐに客が何者か見極めた御用商人本人が、にこやかな笑顔である品物を持ってくる。
「そう気にするな。例の物を取り寄せたと聞いて、我慢できずに来てしまっただけだ。それに品が品だからな。できるだけ人には知られたくないのだよ」
そう言って御用商人から品物を受け取った。
小袋に入っていたその中身を確認すると、赤く光る宝玉が一つ入っていた。
「これが頼んだ物で相違ないか?」
「はい。信頼できる鑑定士のジョブ持ちに確認させて太鼓判を押された逸品ですぞ」
念のため俺も鑑定士のジョブに切り替えてもう一度見るが、確かに依頼した通りの品物だった。
アイテム:オークの魂石
効果:オークの如き力をもたらす
よし、ちゃんと本物だ。
最初は心配だったけれど、これで爺さんに頼まれていた物が全部そろった。
あとは口止め料に金を包ませてやらないとな。
「ところで、俺がこれを購入したことを知る者は何人いる?」
「鑑定士と私だけですな。昔から人気の品ですから仕入れ先も余計なことは何も聞きません」
「そうか。頑張ってくれたお礼に多めに代金を支払おう」
懐から金貨二十枚を渡す。
本来の二倍の支払いだが、御用商人は何も言わない。
こんな高額な品物は貴族ぐらいしかまともに買わないし、このアイテムは夜の生活に役立つものだ。
外聞が悪い品だから、こういったことは御用商人も慣れたものなのだろう。
「それではな」
そう言い残して城の自室まで戻った。
これで勇者の復讐ができると思うと、早足になってしまう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
爺さんに復讐の提案をした翌日。
「そいつ一応、勇者なんだけど……やっぱり男性機能をダメにしたらマズイかな?」
あれから爺さんに例の秘薬の材料と作成方法を尋ねたが、意外と簡単に作れることがわかった。
しかし冷静になって考えると、勇者の男を使い物に出来なくさせるという復讐方法は不味い気がしてきたのだ。
だから、爺さんを呼び出して相談することにした。
「何じゃ。例のイケメン野郎は勇者だったのか?」
「性格最低な奴だけど勇者なんだよね。どういう選定基準で召喚されたか知らないけどさ」
勇者なんて本当はどうなってもいいが、奴には魔王退治という重要な使命がある。
とにかく俺の異世界ライフのためにも、魔王という不安要素を退ける役割を持つ勇者には、ある程度モチベーションを維持してやる気を出してもらわなければならない。
けれども、これまでの所業でわかる通り、勇者にこの世界を救う意思も覇気もない。女に溺れているあいつのエサになるのは、唯一女性関係のことだけだ。
長期的な俺のハーレム寝取り計画も、あの短気な勇者は俺の様子をうかがいに来たりと余念がない。このことから、勇者は女が関わると無駄に真面目に取り組む奴だとわかる。
そんな勇者から男の象徴を奪い取ったらどうなるのか。
想像もできない。
あんなのでもヒト種にとっての希望なのだ。
あっ、勇者を擁護したいわけではないぞ。
潰すにしても、有効利用して使い潰した方が俺を含めた世界にとっての最善だ……と言いたいのだ。
「……という訳で、何かいい考えはないかな?」
奴を危険な魔王退治に向かわせ、尚且つ、俺と爺さんの復讐を完遂させること。
この二つの目的を達成させたいのだ。
「う~む……イケメンは滅びればいいが、可愛い子ちゃんたちが死んじゃうのは、わしも嫌だしのう。どうしたものだろうか……」
いろいろ最低なことを言って悩みだす爺さん。
さすがの天才錬金術師でもどうしようもなさそうだ。他の復讐方法でも考えた方がいいかもな。
「そうじゃ! オークの魂石を用いれば何とかなるかもしんぞ!」
何やらひらめいたようだ。
しかし、オークの魂石ってなんだ?
オークは前世でも有名な魔物の一種だから知っているが、魂石ってのがよくわからん。
今世の記憶にもない用語だし、たぶんオークに関わる物だろうけど……。
「その魂石ってのはなんなんだ?」
「なんだ、魂石も知らんのか。王族の教育も半端なんだのう。仕方がないから教えてやるわい」
爺さんが上から目線で小馬鹿にしてくる。
俺の周りを虫のようにぐるぐる回っていて、とてつもなくうざったい。
「まず魔物から採取できる素材は、大別すると三種類ある。
一つが肉体――肉や骨、皮膚や心臓などだ。
一つが魔石――どの魔物にもある魔力を宿した石。
一つが魂石――採取した魔物の特性が秘められた宝玉だ」
魔物の肉体と魔石については知っている。
肉体は、食料や武器防具。または魔法を強化する触媒としてなど、いろいろ使い道がある。
魔石は、魔術師が自前の魔力代わりに常用したり、魔法アイテムに魔力を供給する部品として使われている。
「肉体と魔石は知ってるよ。だけどやっぱり魂石なんて聞いたことないぞ」
「かぁっ~! これだから若いもんはいかんのだっ。最後まで人の話を聞かんか!!」
なんか怒られてしまった。
年寄りほど怒らせると厄介なものはない。ここは大人しくしとこう。
「いいか……魂石とは、まれに魔物の体内に存在する光る宝玉のことだ。魔法アイテムが特定の魔法の力を持つものなら、魂石は魔物の力が秘められたものだ。しかも魔力を定期的に魔石に溜めないといけない魔法アイテムと違って、魂石の効果は永続だからのう」
おぉっ、それってすごいじゃないか。
もしドラゴンの魂石を飲み込んだら、人の形をしたドラゴンの出来上がりってことか。
王子の立場を利用して集めれば、一気に最強になれるぞ。
夢が広がるな。
「その顔はアホなことを考えておるな。言っておくが、魂石をそのまま取り込んだら、拒絶反応を起こして意思なき魔物になってしまうぞい。……魔物の力をそのまま使うのは危険なことなのだ」
意思のない魔物になるなんて、すごい危険な代物じゃないか。
「なんだ、楽に強くなれると思ったのに……」
そんな素晴らしい物だったら、とっくにヒト種は魔王を倒しているもんな。
早々うまい話が転がっているはずないか。
「普通は武具防具に取り付けたり、錬金術で溶かして秘薬の材料にして、魔物の力の一部を得るのだ。――今回使うオークの魂石も、秘薬にすればオーク並みの精力を得ることになるのう。」
ほう。
異世界版バイ○グラか。世界が違ってもこういった物の需要は変わらないんだな。
両世界の男たちの涙ぐましい歴史に思いをはせていると、おかしなことに気づいた。
「ちょっと待てよ。そんな秘薬を勇者に使うなんて爺さんこそアホじゃないか。復讐するんじゃなかったのかよ」
「だ~から、最後まで聞けと言っておるだろうが! 確かにオークの魂石を入れた秘薬の効果は絶大じゃが……もしその効果を反転させられたらどうなると思う?」
性獣とまで言われるオークの反対か。
……それってどうなっちゃうんだ?
「精力減衰の秘薬になる……とか? けど、それって当初の秘薬の効果と変わらないよな」
爺さんが大笑いしながら違うと首を横に振る。
「なっはっはっは! 反転された秘薬を飲むと、聖人君子になってしまうだ! 性欲がなくなって、人のために生きることを旨とするいい子ちゃんになるぞ!」
「本当にそんなことできるのか?」
ひらめきで考えついた秘薬だから、その通りになるか怪しい限りだ。
しかし、目的に添った復讐方法はそれ以外思いつかない。ここは天才錬金術師だった爺さんの妄言に付き合ってみよう。
「わかった。その秘薬の材料集めは任せてくれ。錬金術の器材はすでに用意してあるから、作成は熟練の爺さんに任せるぞ」
錬金術の器材は、ホムンクルスの製作のために早くから用意してあった。
それを使えばいいだろう。
そうしてなんとかオークの魂石も手に入れて、秘薬づくりに必要な材料をそろえた。
爺さんも言葉通り秘薬を半日で作り上げ、あとは勇者に秘薬を飲ませるだけとなった。
「そういえば今更だけど、この秘薬って本当に勇者に効くの? 飲ませても意味がなかったらこれまでの苦労が水の泡なんだけど……っていうか、飲み薬なんだな」
澄んだ赤色の薬液を入れた小瓶を持ってちゃぷちゃぷと揺らしてみる。
前世にこんな色の薬があったら、まず絶対に飲まないな。
見ている分には光が反射してきれいだが、これが男にとって恐ろしい薬だとは誰も思わないだろう。
「そこら辺にいた男にこっそり試したが、ちゃんと効果が出ていたぞ。オークの魂石を入れたのも、勇者相手に効かせる意味があったからのう。そこら辺は抜かりないわい」
最悪の場合、人間を魔物に変えることもあるのだから、魂石の力とはすさまじい。それほどの力を持った秘薬なら信用できるかもしれない。
あと、なんか爺さんが不穏なことを言っていたが、俺は何も聞いていない。知らないったら知らないのだ。
「実験も済んでおるし、早くそのイケメン勇者に秘薬を飲ませたいのう、くっひっひ」
実に楽しそうだ。
この爺さん、全く自分のやったことに悪びれることがないよな。
生前モテなかったのは、顔だけじゃなくて性格も最悪だったからじゃなかろうか。
「ああ、勇者に秘薬を飲ませる役は俺がやるよ。あいつにはいろいろ因縁があるからな」
それに爺さんに任せると、どうするかわかったもんじゃない。
勇者には秘薬を直に渡しても素直に飲むか怪しいし、寝ている時を狙って秘薬を飲ませよう。
決行はは今夜。ヤバい橋は早めに渡るのが一番だ。
深夜。
セリアに会う時間をつぶしてまで、勇者の部屋に侵入した。
こんな奴のために俺の癒しの時間を犠牲にしたんだから必ず成功させないとな。
「……ぐぉぉ……っ……」
勇者のいびきがうるさい。
隠密のため暗殺者のジョブに切り替えて来たが、これだけ熟睡してたら無用だったな。
大怪盗はセリアに会うときに使うから、こんな奴には暗殺者のジョブで十分だと考えた。
勇者のベッドには珍妙な顔の女性たちが多くいた。
深海魚の写真でも見た気分だ。
あっ、元ハーレムメンバーもいた。
こいつらにも復讐しようか迷ったが、最終的に勇者をどうにかすればこいつらにもしわ寄せがくる。
無駄なことに労力を割かなくていいのだ。
三人のクリーチャーを無視して、勇者の大きく開け放たれた口に秘薬を垂らす。
小瓶の中の秘薬をすべて流し込んで、もう用はないとお暇する。
そして、翌朝。
「ああぁ!! ぼくはなんてことをっ!?」
部屋の外から大声が聞こえた。
何の騒ぎだと起きて、自室の扉を少し開けると、その隙間から外の様子をうかがう。
「今までぼくはなんて不誠実な男だったのだろうか……君たちもそんなふしだらな格好はやめるんだっ!」
そこには寝起きの半裸の勇者が廊下の端で騒いでいた。
周りには昨日見た女性たちがいたが、困惑しきった表情をしている。
「勇者殿はどうしたのだ!?」
「ギョギョ? それがわからないのです」
「うちが起きた時には、今みたいになってたよ」
元ハーレムメンバーもいるな。
その他の女性陣も勇者の異変に戸惑っているようだ。
「どうだわしの秘薬の威力は? 勇者相手でも効果覿面だろう」
いつのまにか後ろにいた爺さんが、宙に浮いて偉そうに威張っている。
「すごいっちゃすごいけど、変わりすぎじゃないか? 性格違うんだけど。しかも自分のことぼくって言ってるし」
「それぐらいできなくて何が秘薬と言えるのか。あのイケメン野郎は、世のため人のために働くことでしか喜びを感じない人間に生まれ変わったのだ。ざまぁあないのうっ、な~はっはっは」
陰険な表情で笑い出す爺さん。
確かにあの様子では、これまでのような横暴な振る舞いはしないだろう。
それから勇者の経過観察をしたが、最初の一週間はこれまでに迷惑をかけた人に頭を下げることに費やし、二週間目では真面目に魔法や剣の修行をしていた。その間に勇者のところに女性が押しかける場面が多々あったが、勇者として~とか言って、ストイックな生活を送っていた。
俺の所にも謝りに来たが、変化の仕方が気持ち悪かった。
だって俺様とか言ってた奴が、明るい笑顔でぼくはこの世界のために頑張りますって言うんだぞ。
丸っきり中身別人じゃん。
しかも一ヶ月後には、一人で城の大掃除をして、勝手に魔王退治の旅に行ってしまった。
勇者のハーレムも自然解散し、俺の元ハーレムメンバーも戻ってきたが、今までと変わらず放置している。
勇者にも俺にも見向きされなくなった三人は、城の中で肩身の狭い思いをしている。実は三人の評判は前から悪くて、後ろ盾のいなくなったことで針のむしろのようだ。この前見た時は顔面蒼白になっていた。
こうして俺と爺さんは一応の復讐が完遂したとして、お互いに心の区切りをつけると、爺さんが成仏すると言い出した。
「爺さん。もうこれで成仏できるんだな」
「ああ、もう思い残すことはない。あるとしたら、オマエさんに嫌がらせをすることかのう」
そんな下らんことを最後に言い残して、別れの言葉もなく呆気なく消えてしまった。
食えない爺さんの上にあくの強い年寄りだったが、憎めない爺さんだったな。
少し物思いにふけながら、俺はそんなことを思った。
それから数日後、国王陛下が教会に出家するという大ニュースが国を揺らがした。
俺は引きこもっていたから知らなかったが、約一か月前から様子が変になっていたらしく、軍事費や国庫のお金を採算度外視で孤児院や奴隷解放の費用に充てだしたらしい。
しかも後宮にも寄り付かず、それどころか後宮を解体すると言い出す始末だった。
一体全体どうなっているのか。
城中がこの話でもちきりとなり、蜂の巣をつついたような様な騒ぎになった。
そんな中、俺はある考えが頭を過って仕方がなかった。
あの爺さんが秘薬の実験をした相手って誰だったのだろうか――
爺さんの最期の置き土産が、遠からず俺を苦しめるのだった。
本人の知らぬ間に人格否定→人格改変。
現代のいじめみたいに、勇者を形成する人格を、根底から全面否定した復讐のつもりです。
詳しくは活動報告に書きました。