第7話 お楽しみ
感想やコメントありごとうございます! 遅筆な作者ですが、地道に精進して書き続けます!
俺はしばらく逡巡したが、よく考えたら断る理由は一つもない。
むしろこちらからお願いしたいぐらいだな。
「わかりました。報酬のデート込みでリアさんに依頼します」
俺が笑顔でそう答えると、ガバッと勢いよく頭をあげてこちらを見てくるレイリア。
ハトが豆鉄砲を食らったような顔は、普通だったら間抜けに見えるのだが、彼女のような美女がするとおかしく見えないのが不思議だ。
こちらの様子をうかがっていた周囲の冒険者たちは、レイリアの突然あげられた顔を見て「ひぃっ」という小さな悲鳴を上げている。
どうやら今のレイリアの表情はこの異世界的にアウトなようだ。こんなに美人なのに受け入れられないなんて、この異世界の美醜の価値観はやはり理解できんな。
「ほ、ほほ……本当か!? デートっていっても、一緒に並んで数歩だけ歩くことじゃないぞ!」
レイリアは素っ頓狂な声をあげる。よほど俺の言葉が信じられないらしく、周囲の反応にも気づいた様子がない。
どれだけ男に縁がなかったのか今の彼女の言葉からよくわかる。
というか、やけに具体的なたとえ話が過去のデートがどんなものだったか物語っている。
「俺は約束は守る男ですから安心してくださいよ。なんなら神前契約を交わしましょうか?」
「いや、でも……そこまでする程では……」
眉根を寄せて不安そうな顔になるレイリア。
この異世界で正式に契約を交わすことは、神の前で誓うことを指す。
だから本物の神様がいるこの異世界では契約を交わすことは前世以上に重い意味を持つ。
余程のことが無い限り誰もこの契約を反故にしない。冗談抜きで天罰が下ることがあるのだ。
まあ、それでもレイリアは俺の言葉が信じきれずにいるみたいだがな。
自分で言い出しておいて今になって自信が無くなったのか、話し掛けてきた時の勢いが嘘の様だ。
ここは強引に話を進めるとするか。
「受付嬢さん。既に出した俺の依頼書をリアさんの指名依頼に変更って出来ます?」
おかめ顔の受付嬢に振り返って確かめる。
「んん~。既に出された依頼書を破棄して、新しく作成するなら大丈夫ですぅ」
「それじゃあ、今直ぐお願いしますね」
「はいぃ。少し待ってて下さいねぇ」
受付嬢は間伸びた声で返事をすると、カウンターの下から用紙を取り出し、サラサラっと依頼書を作成し出す。
それを確認した俺は、未だにしどろもどろになっているレイリアの相手をする。
「リアさん。どれも急ぎの依頼だからよろしく頼みますね!」
未だに答える彼女の手を握って念を押す。
「ウヒッ!?」
握った瞬間ビクッとなって思わず後退するレイリアだったが、俺が逃すはずがない。
手を離さずに顔を近づけて再度お願いする。
「もし全ての依頼を早く達成してくれたら、一日中デートをしましょう!」
「か、顔が……って一日中!?……フヒ、フヒヒヒッ」
至近距離で顔を近づいておっかなびっくりする彼女は、内心のうれしさを我慢できないのか満更でもない感じでニヤつきだす。
しかも俺の一日中デート発言で何か妄想しているのか、出会った時の凛々しさが微塵も感じられないほど顔がゆるみきっている。
見たいて飽きない人物である。
「あの~、指名依頼用の依頼書が作成できましたよぅ? あとは冒険者の方のギルドカードを用紙にかざすだけなんですけどぉ……」
おかめ顔の受付嬢はレイリアをちらりと見るが、当の本人は自分の世界にトリップして反応しない。
俺が声を掛けても上の空だから周囲の言葉が耳に入らない状態のようだ。これはダメだと思った俺は、強硬策に出ることにする。
なあに、さっきよりも強い衝撃を与えれば正気に戻るだろう。
イタズラ心を起こした俺は、握っていた彼女の手を片手だけ振りほどき、その手を持ち上げるとレイリアの手の甲に軽くキスをする。
「……ッふわぁ!」
皮膚感覚の異常に覚醒するレイリア。
どういったことをされているのか気づいた彼女はワンテンポ遅れて大声で反応した。今度こそ俺の手を振り切って後退し、キスされた手を反対の手で押さえながら目を白黒する。
その顔は真っ赤に染まり、何か言おうとするが頭がパンクして口にできていない。
「やっと正気に戻ってくれましたね。それじゃあ、この依頼書にギルドカードで印字してください」
そんな状態の彼女を無視して催促する俺。
前世の自分ならこんな気障ったらしいことはできなかったが、この異世界の俺はイケメンなのだ。こういった役得があってもいいだろう。
後悔はしていないし、むしろやりきった感でいっぱいだ。レイリアも嫌がるどころか今は恥ずかしそうに赤面しているだけだ。
そのまま彼女は受付嬢に指示されて依頼書に受領の印字をした。
冒険者ギルドのギルドカードは、各冒険者の身分証明と同時に依頼書にサインをするための印字の魔法がかけられている。王都や町なら代筆をする者がいるが、村や集落に存在する冒険者ギルドの場合、文字を書ける者は少ない。文字が書けない多くの冒険者のために重宝されている。
「これであとはリアさんが依頼を達成するだけですね」
「あ……はい」
あれから依頼を受領したレイリアを伴い、呆けた様子の彼女が心配になってギルドにある軽食コーナーで彼女を休ませた。
俺の自己紹介もその時に済ませたが心ここにあらずといった感じで、キスされた手を見たままぽーっとしている。そのため受け答えもしっかりできていない有り様だ。
俺に好意を寄せているのはどう見てもわかるが、さすがにここまで反応するとは思わなかった。
これ以上話してもらちが明かないので、最後に発破をかけようかな。
俺はレイリアの耳元に顔を寄せて魔法の言葉をかける。
「デート……楽しみにしていますね」
その魔法の効果はすぐに現れた。
レイリアは堂々と皮鎧で覆われたその大きな胸を張って立ち上がった。
「任せてくれ! 私はダルトン君の依頼をかならず達成して見せるからな!」
こちらを真摯に見つめる彼女は引き締めた表情を浮かべていた。
すぐにギルドを出て依頼に取り掛かろうとしに行くが、少し離れた所で立ち止まり俺の方をちらりと向き直った。
「あ、あと……私も君とのデートを楽しみにしている……からな」
そう言って駆け足で去って行ったレイリアは、褐色の長耳まで赤らめて遠ざかって行った。
俺はといえば、最後の最後で彼女の初々しい姿にノックアウトしていた。
可愛すぎるぞ、こんちくしょー。恋愛経験ゼロのおっさんには刺激が強すぎるぞ!
残念な感じの美人さんだったから問題なくやり過ごしていたが、無意識のレベルでここまでの破壊力があるとはさすがだ。
俺とは反対に、周囲の冒険者たちが青白い顔で腰を抜かしているのがまた何とも言えないがな。
前世の美形たちは異性のあしらい方を熟知していたが、この異世界の彼らはそういった経験はモテないせいで皆無なのだろう。異性の免疫がないせいで一つ一つの反応が面白いくらいわかりやすい。
ちょっと思わせぶりなことを囁いただけで、もしかしたら自分のことを……と考えてしまうようだ。確かにアレなら簡単に男に騙されてしまう。
俺の場合は結構本気でレイリアとデートするつもりだし、落ち着いて見えても実はこっちの方が冷や汗ものだったんだけれどもね。
あの様子なら依頼も早く達成するだろうし、今からレイリアとデートするのが楽しみだ。
冒険者ギルドの用事を済ませた俺は、行きと同じくこっそりと城の自室まで戻った。
大国のお城に簡単に出入りできるのはおかしいと思うだろうが、その時その場の状況に合わせてジョブを切り替えていけば何とかなった。普通はジョブは一つしか持てないから、俺以外の人間なら対応できずに即つかまって終わりだろう。
まあ、勇者みたいなからめ手や強引な手法を使えば別だがな。それもユニークジョブの内で特別な勇者のジョブだから可能なだけだし……。
まだ昼ごろなのでセリアの所には行けないし訓練も休みの日だから、城の昼食を断って戻る途中で買った出店のサンドイッチみたいなものを食べる。転生してから三か月が経つが、城の人間と極力会わないスタンスは変わらない。
食事のたびに出される品々は、王族を丸々と太らせるだけあってどれも美味しいが、前世のしがない食生活を比べると豪華な食事は気が引ける。それにあと一年もせずに城から逃げるのだから、下手に舌を肥やすよりも一般の食事に慣れた方がいいだろう。
ただ食べるだけでは暇なので、部屋に隠してある袋の中から錬金術師の手記を取り出す。
手記を開いて読むとそこには隅々まで文字がびっしりと書き込まれている。主に人体について書かれていて、後半になるとその錬金方法が載っていてた。
教科書ではないのでわかりやすく書かれていない。注釈や覚え書き、後から書き足された文章が多くて読み切るのに二週間もかかった。
幸い、ホムンクルスの作成に必要な期間は六か月なのでまだ間に合う。
この異世界の時間間隔は前世の地球と変わらないので、俺が成人して結婚するまであと九か月ある。
目算ではレイリアが材料を集めて王都に戻ってくるのに三か月はかかるはずだ。いくら最高位クラスの経験豊富なジョブ持ちでも、移動時間を含めるとそれぐらいかかってしまうだろう。
正直、ギリギリな状況だ。
依頼達成の知らせはギルド側から手紙が送られるので、俺にできる事はレイリアを信じて待つだけである。
そのまま手帳を片手に昼食をとっていると、怪しい男の声が頭に響きだした。
暗く淀んだドブのような陰湿な声だった。
『おのれ~イケメンめ~』
セリアの時と違ってまったく可愛げもない低音の声が憎々しげに聞こえる。
その声を聞いた俺は、またこいつかとあきれた気持ちになった。
「おい! 毎度毎度いい加減しろよな!」
『イケメン野郎なんて死ねばいいんだ~。オマエの言うことなんてだ~れが聞くもんか~』
俺の言葉を無視してイケメンに対する恨み言をつらつらと喋りだす声の主。
これ以上大したことができないのはこの二か月でわかりきっているので最終手段を使う。
職業スキル『神の現身』でジョブを神官に変える。そして神官のスキル『聖なる光』を発動させる。
このスキルは死霊系の魔物に効果抜群のスキルで、俺を中心に暖かい光が満ちていく。それと同時に俺の心も満たされていく気分になるのとは反対に、男の声は苦しそうに呻きだす。
『イケメンなんどぅぇ!? うぐぅ、ちょっ待って……こ、これマジでっ……キツイッ……ぐあぁあぁぁ』
しばらくスキルを発動させた俺は、反省したかなと思ってスキルを中止する。
「ごほっごほっ。うぇ……死ぬかと思ったぁ」
すると、涙目になりながら声の主が姿を現した。
せき込みながら大げさなことを言うそいつは、手のひら大のサイズのひげもじゃな老人だった。その老人は二頭身でデフォルメされたいて半透明の姿をしていた。
「普通に出てくればいいのに、自業自得だろう。それにすでに死んでる身じゃないか」
「アホかっ! いくら死んでようとキツイもんはキツインだぞ!」
俺の目の前の空中にふわふわと浮かんでいるこの小人こそ、ホムンクルスの手記を書いた件の天才錬金術師であった。むろん、数百年前の人物なので生きているはずがない。
二か月前のセリアとの出会いの日に禁書庫から盗み出した手記に憑りついていて、その日のうちに今のようにうざい嫌がらせをし続けているのだ。
本人曰く、死の間際に知り合いの死霊術師に頼んで魂を研究成果ともいえる手記に宿らせてもらったようだ。自分の知識を伝える後継者として御眼鏡に適う人物を待ち望んでいたが、一向に現れず数百年が経過して魂が手記と一体化してしまい、半分幽霊で半分付喪神みたいな存在になってしまったらしい。
さっきのスキルも半分しか幽霊でないおかげで成仏することはなかったが、中途半端な存在のためまともな攻撃手段がないのだ。
「イケメンに負けるなんて屈辱でしかない。世界中のイケメンは滅びればいいのだ!」
「そんなにイケメンが憎いのかよ」
「当然だ! あいつらは美女を独占する害悪でしかないからな!」
イケメンを目の敵にしていてわかると思うが、この爺さんは生前まったくモテなかったらしい。
青春時代を錬金術に費やして大成したのも、そんな自分を顧みたくなくて没頭したためで、ホムンクルスの作成もイケメンの体に自分の魂を移すために考えたと独白していた。
「もうやめてくれないかな。俺はあんたが言うイケメンとは違って、世間一般の美人に興味はないんだけど……。どうにか成仏してくれないか?」
この言葉に爺さんはため息をもって返す。
「わしだってなぁ、こんな長い間居続けるなんて考えもしなかったぞ。……もう知識の伝授とかどうでもいいから、イケメンに復讐できれば成仏したるわい」
俺に勝てないと自覚はしている爺さんは疲れた様子で心中を吐露する。
言っている内容は身も蓋もないが、モテないつらさは前世で身に染みてわかる。執念深くて僻みの塊みたいな爺さんだが、このままだとウザったいし成仏してあげたくなってきた。
「なあ爺さん。イケメンなら誰でも復讐できればいいのか?」
「まあのう、できれば調子に乗った輩ほどすきっり成仏できるかのう。わしの数百年の恨みつらみを自身の力で晴らせれば満足だわい」
だったらうってつけの相手がいるな。
俺を相手にこれからも恨みつらみを語られても困るし、爺さんも執念で自分を保ってきたがそれも限界に近いらしい。お互いに決め手に欠ける状態で争ってもどうしようもない。
ここは俺の代わりに人柱になってもらい、爺さんの恨みをその身に請け負ってもらおう。
「爺さんの要望にどんぴしゃな奴がいるけど、そいつでいいんなら復讐に協力するぞ。美女たちを侍らした男だでなあ……」
「マジか!? そんなイケメン野郎に復讐できたなら成仏したるわい!」
俺の言葉を遮って身を乗り出して答える爺さん。
やる気満々だな。
「そこで爺さんに提案なんだが、そいつの男の機能を使い物にできなくさせるってのはどうだろうか」
「おっほー! いいぞいいぞ。わしの考えた秘薬に利用できそうなのがあるからそれを服用させれば可能だぞ!」
うんうん。
それなら実現できそうだな。爺さんは復讐と成仏ができて、俺は爺さんとそいつの問題が片付いて気分がすっきりになる。
お互いがwinwinの関係の成立だ。
くっくっく。待ってろよ勇者君。
君には今世の僕もつらい思いをさせられたし、今までの分も合わせて幸せ異世界ライフからどん底に突き落としてやるぞ。
こうして、レイリアの依頼達成のあいだに爺さんと俺の勇者に対する復讐が始まった。
はたして勇者はどうなるのか。次回にご期待ください。