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第6話 生きた伝説の冒険者

 セリアとの出会いから一ヶ月が経った。

 あのまま格好つけて去った俺だが、あれからほぼ毎日セリアに会いに行っている。もちろん、あの時と同じ大怪盗の格好のままでだ。

 隠し部屋みたいに一度行った場所なら、空間魔術師のジョブの転移魔法を使えばあっという間だ。この前みたいに面倒なことをせずに済む。

 ちなみにセリアには、彼女が王族であることも俺が兄であることも話した。現状を理解させず下手に黙っておくと禍根が残ると考えたからだ。

 肝心のセリアとの仲は良好だ。元々、人と接することが好きな彼女にとって俺との会話は待ち遠しいもののようだ。

 だから何度かアタックを掛ければ説得に折れると思ったが、外の世界の怖さはセリアにとって根が深いようで失敗に終わっている。

 無理やり連れだすのは後でわだかまりが生じるから、地道に説得を続けるしかなかった。

 


 そんなある日、セリアの髪飾りが壊れてしまった。

 大切な母親の形見だったが、「寿命だから仕方ないよね」と寂しそうに笑っていた。

 心配する俺をよそに、形見をじっと見つめてから努めて明るく振る舞うセリア。

 しかし、彼女は髪飾りを見てぽつりと何やら呟いていた。


 ――お母様――


 その言葉は、これまでだったら誰に知られることなく空気に消えるだけだっただろう。

 けれども今は違う。

 セリアの声は俺の耳にしっかりと届いていた。

 俺は髪飾りと母親を重ねているセリアを見て、そっくりな髪飾りをプレゼントしてあげようと考えた。

 エゴでしかないが、可愛い妹に幸せになってほしいのだ。

 ……まあ、これををきっかけにセリアの説得を進展させれたら、という下種な考えもあったがな。



 早速俺は、城の細工師を呼んでセリアから借りた水晶の髪飾りを見せる。


「この髪飾りとそっくりな物は作れるか? 出来るだけ急いで仕上げて欲しいのだが」

「髪飾り自体は直ぐにでも作れますが、飾りの水晶がどうにも……」


 細工師は言葉を濁しながら申し訳なさそうにする。

 どうやら魔物の素材を加工した髪飾りだったらしく、素材の入手が困難らしい。


「そんなに珍しい物なのか?」

「クリスタルゴーレムの変異種であるアメジストゴーレムのコアを使っているので、希少性が高く王都でも手に入るかどうか」

 

 俺の疑問に首を振りながら難しそうに答える細工師。

 その後、御用商人にすぐにコアを用意できるか聞いたが、見栄っ張りな貴族たちがこぞって手に入れようと予約待ち状態だと言う。

 予約は三年待ちで、俺にそんな悠長に待つ時間は残されていない。


「他に手に入れる方法は無いのか?」

「冒険者ギルドに依頼を出せば、僅かですか可能性がありますぞ」


 不確かな方法だが、それにかけるしか無いようだ。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 そして更に一か月後、俺は王都の冒険者ギルドにいた。

 城をこっそり抜け出して二つの依頼を出していたからだ。

 一つは、一ヶ月前に依頼した髪飾りの魔物の素材について。

 もう一つは、二ヶ月前に依頼した錬金術師の手記に書かれた自分そっくりのホムンクルスを造るのに必要な材料集めだ。

 魂の定着を行わない空っぽの肉人形を造るだけなのでそこまで手間ではないが、幾つか入手が困難な物があったのだ。

 今日はそれらの依頼の進捗状況を聞きに来たのだ。


 ギルドは人で賑わっていた。

 受付カウンターでは、冒険者や俺のような依頼を頼む人間が所狭しと並んでいた。

 その一つの受付嬢の前で俺は癇癪を起していた。


「まだ一つも依頼達成されていないだって!? それどころか誰も俺の依頼を受けていないってどういうことだよ!」

「そんな怒らないで下さいよぉ。厄介な魔物の素材ばかり依頼されているんですもん。それに同じような依頼が他にもあるから仕方ないんですぅ。」


 ギルド中に響くような俺の剣幕に、おかめ顔の受付嬢が困った様にかわいこぶる。

 おかめ顔でぶりっ子してもぜんぜん可愛くない。むしろ、イラッときた。

 当り散らしてすまないと思うが俺には時間的余裕がないのだ。そりゃ、焦って剣幕にもなるさ。

 しかし人気ナンバーワンの美少女受付嬢らしく、俺たちのやり取りを見たギルド中の男性冒険者たちが騒ぎだす。


「なんだぁアイツ。俺たちのアイドルのモモちゃんにイチャモンつけてやがるぜ」

「癒し系のモモちゃんをあんなに困らせて何様のつもりだ? ああん?」

「依頼から戻る度にあの顔と声に癒されてる俺たちの受付嬢だってのによぉ」

「今日もバッチリ化粧が似合ってる妖精みたいなモモちゃんに怒鳴り散らすなんざ許せねぇぜ」


 やたら外野がうるさいが無視だ。

 俺からしたら受付嬢の顔はお笑い系にしか見えない。

 丸顔で鼻が低くおでこが広い上に、頬がふっくらと張り出している滑稽な(つら)で癒される奴らの気がしれない。


「どの依頼も報酬に糸目はつけていないぞ。難しい依頼ばかりだが、それに見合う報酬を提示すれば問題ないと言っていたじゃないか」


 最初に来た時に報酬の相談をしたらそう言っていたのを覚えている。

 どうせ一年もせずにいなくなるなら有効活用した方が社会のためにもなると考えて、王子の俺が用意できる限界まで集めたお金だ。

 それでもダメだったのだろうか。


「依頼者様と同じアメジストゴーレムの依頼を出されていた貴族の方々が、競う様に報酬をつり上げてきたんですぅ。高ランク冒険者たちがそういった報酬の高い依頼ばかり受けるようになったので、他の高ランク依頼が見向きもされなくなったんですよぉ」


 ニコッと健気に笑いかける受付嬢は、顔全体をおしろいで塗りたくり、ほほ笑む口元の隙間から見える歯はお歯黒をつけている。

 それが甘ったるいアニメ声でいやんいやんしているのだ。

 新手(あらて)の魔物か妖怪だという方が納得できるな。


「コアの方の依頼は? 報酬は金貨100枚なんだぞ。それじゃダメだったのか?」


 この異世界の通貨は、銅貨・銀貨・金貨・白金貨・神貨と、左から順に高くなっている。

 銅貨一枚で固いパンが一個買える。金貨なんて庶民が滅多に目にすることの無い通貨だ。それが100枚なのだから、貴族の道楽で出せる金額ではない。


「アメジストゴーレムは迷宮の最奥でたまにしか出現しませんし、物理・魔法耐性も半端なく強い魔物だから討伐可能な高ランク冒険者は更に限られているんですよぉ」

 

 数少ない高ランク冒険者にすぐ選んでもらえるよう、一か月前のその時点で一番の高額報酬を提示したのだ。

 それがこの短期間で高騰するなんて普通ありえないぞ。

 

「なんでそんなに値段がつり上がったんだ? 前回は金貨100枚で十分だったじゃないか」

「勇者様がアメジストの装飾品を褒めちぎったからみたいですぅ。貴族の方々は、それだけ勇者様の歓心を買いたいようですねぇ」


 ここに来て勇者かよ!

 禁書庫の件で感謝したが、やはりうざい勇者に変わりなかったようだ。

 くっそう、勇者めぇ。

 

 

 俺が心中で勇者を恨んでいると、急に横から声をかけられた。


「何やらお困りのようだが、私がその依頼を請け負ってあげようか?」

 

 凛とした声だった。 

 横を向いてその人物を見ると、銀色の瞳に銀色の髪、褐色の肌と長い耳はダークエルフの特徴だろうか。

 その声の通り、きりっとした顔つきと強気な目つきで、前世なら誰もが目で追ってしまうほどの美人だが、短く切り上げた髪と相まって、男性よりも女性にモテそうな麗人であった。

 すらりとした体に合った鎧において、胸部だけは女性だという自己主張が激しい。


「……あなたは?」


 突然の美女との遭遇に口数少なくなってしまう俺。

 その視線は、顔や胸に行きかってしまう。


「私はレイリア・バウグラウトと言う。親しみを込めてリアと呼んでくれ! 見ての通りダークエルフだが、これでもソロのSランク冒険者だ」

「はあ?」


 なぜか親しげに俺の肩に手を置くダークエルフの女性。

 美女の露骨なスキンシップに戸惑う俺だが、それ以上に目の前の存在自体に驚きを隠せない。


 ダークエルフもエルフも前世の基準では途轍もない美しさを誇る種族だが、この異世界ではその逆で醜い種族だと揶揄されている。

 そんな種族だからジョブも下位クラスの者が多い。

 その癖、気難しくて気位の高い排他的な種族だから、ヒト種の中でも嫌われている種族だ。まさに前世の創作の中のダークエルフとエルフの特徴だが、その実情は違った。

 他種族より優れているからそうなったのではなく、前世の不細工たちと同じ様にいじけて根性が捻じ曲がった結果、「不細工? そんなことわかってるし! 美しいのがそんなにイイもんかよ! いいもん。私たちは仲間同士仲良くやるもん! 」、という若干ツンデレの入った種族なのだ。

 醜くジョブにも恵まれない種族だから、他種族に搾取される種族に思われるが、種族スキルの植物魔法が非常に優れているので下手なジョブ持ちより強い。

 そのため植物魔法を最大限発揮できる森にずっと引きこもっていて、前世の引きこもりオタクの様な種族だった。


 それがこんな所にいるのだから驚いて当然だろう。


「ええっと……レイリアさんが依頼を受けてくれるのは嬉しいけど……俺の求めてる素材は、全部厄介な魔物ばかりだけど大丈夫ですか?」


 つい、しどろもどろに聞いてしまい言葉づかいも丁寧になってしまう。

 植物魔法がいくら強力でも限界がある。

 魔法が効きにくい魔物だっているのだ。どうもソロの冒険者らしいが、そこのところは大丈夫なのだろうか。


「ンフゥ! 安心するがいい! 私はSランクの名に恥じない最高位クラスのジョブ持ちだからな! 魔法よりも接近戦の方が得意なのだよ。あと、私のことはリアと呼んでくれと言っているだろう?」


 俺の目を見ながらハァハァと興奮気味に答えるレイリア。

 こちらを見る目が爛々としていて、森の種族なのに肉食獣に見つめられているような気分だ


「わ、わかりましたよ。リアさん」

「ふふっ、それでいいのだよ。さん付けもなくていいんぞ?」


 ニマニマしながらこちらをじっとり見つめて、初対面なのにやけにフレンドリーな人だ。

 とはいえ、やはり心配なので『神の視点』でレイリアの情報を見てみる。



 レイリア・バウグラウト

  種族:ダークエルフ族

 ジョブ:戦乙女ヴァルキリー

 スキル:なし



 こりゃすごい。

 確かに最高位クラスのジョブだな。

 戦乙女ヴァルキリーは索敵系スキルもあり、攻防ともに優れたジョブである。しかも種族スキルの植物魔法もあるから、遠距離からも攻撃可能という万能タイプの冒険者だな。

 Sランクってことは、それだけ経験も豊富で実力もギルドから認められているということだ。

 こんなにも自信満々なのも納得できるってもんだな。

 

「依頼を受けてくれるのはありがたいけど、リアさんはどうして俺の依頼を受けてくれるんですか?」


 先ほどの受付嬢が言った通り、レイリアほどの高ランク冒険者はもっと報酬の高い依頼を受ける。

 冒険者は慈善事業ではないのだ。命をかけてする仕事なら、依頼内容が同じなら報酬がいい方を選ぶのは素人でも当然だとわかる。

 それなのになぜ俺の依頼を受けるのか。

 何か裏でもあるのではないだろうか。


「うむ。君が突然の申し出を疑うのはわかるが、私が求める報酬はお金ではないのだよ……」


 やっぱり何か理由があるようだ。


「お金以外の何を求めるっていうんです? 俺が出せるものなんて限られていますよ?」


 レイリアは俺の頭のてっぺんから爪先まで舐めるように視線を這わせると、鼻息荒く口を開いた。


「べっ、べべ別に難しいことではないのだよ! ただ私とデートしてくれるだけでいいんだ! 頼む!」


 土下座する勢いの低姿勢で頭を下げる彼女は、そのままこちらの顔を見ずに頼み込んできた。

 なぜ依頼者の俺ではなく、受ける側の人間のレイリアが頼んでいるのだろうか。

 普通なら立場が逆ではないだろうか。

 しかし、周りの冒険者がこちらを見て話している内容を聞いて理解した。


「おいおい。ありゃ、生きた伝説の冒険者レイリア・バウグラウトじゃないか?」

「ああ、長寿の一族のダークエルフだから長年Sランク冒険者に就いている大ベテランだぜ」

「マジかよ! 高ランク冒険者なんてそれだけで貴族のお抱えになれるだけの実力と箔があるはずだぞ。それがなんでまた長年も?」

「あの顔とスタイルを見ればわかるだろ。顔は種族だから仕方ないとはいえ、スタイルなんて胸が飛び出している奇形な体形だぞ。誰がそんな奴を雇いたいって言うんだ?」

「まあなぁ、噂じゃ男に騙されて金を貢ぐくらい男日照りだって話だぜ」

「おお、俺も聞いたことあるぞ。そんだけして手をつなぐことすら叶わなかったんだよな」

「あんな不細工なら無理もないだろ? 大金を積まれたってお近づきになりたくないレベルだぞ」


 ああ……うん。これだけでレイリアの事情がわかった。

 さっきまでは美人なリアに気後れしていたが、周囲の男たちの反応を見ると落ち着いてしまった。

 レイリアはよく見ると頼み込んだ姿勢のままプルプルと震えている。

 俺が聞こえたってことは彼女にも話し声は届いていたのだろう。

 さて、どう答えたものやら――――

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