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第5話 大怪盗でも盗めぬもの

 禁書庫に侵入した俺はおっかなびっくりしながら周囲を見回す。

 噂の幽霊女の泣き声は、やはりこの部屋から聞こえる。


「うっ、うぅぅぅ……うわああぁ…………」


 何かをこらえるような物悲しい泣き声だった。

 暗くじめじめとした部屋の様子と合わさって不気味だが、当初の目的を忘れてはいけない。


 手早く大怪盗の『暗視』スキルを使い、錬金術師の手記を求めてヤバ気な雰囲気を醸し出している書物の棚を見て回る。

 その途中で禁書庫の蔵書目録を見つけた。

 これで無駄に探す手間が省けたと思ったが、目録の内容を読んで驚く。


「うわっ。よくこれだけの物を集められたな」

 

 そこには、目を見張るような禁書の名前ばかりが羅列されていた。

 この場にある書物は、国どころか世界共通で禁書指定されている危険な本ばかりだ。

 処分するにも危険が付きまとうため、わざわざ国が押収して仕方なく保管管理している。

 目録には、読んだ人間に死の呪いを掛ける軽度の禁書から、本に触れた人間とその周りの人間を生贄にして大量の悪魔を召喚する重度の禁書まである。軽度な方なら個人の問題で済むが、重度の禁書となると周囲の被害も馬鹿にならない。

 幸い錬金術師の手記は軽度な方で、軽い精神汚染と研究内容が問題のため禁書指定になったらしい。

 とはいえ危険なものに変わりはない。

 目録をもとに見つけた手記は、ひと肌としか思えないような生温かさと肌触りの装丁がされていた。

 人皮の装丁の手記にビビるが、それを持ってきたバックの中に慎重に入れる。


「さて、後は帰るだけだが……」


 そう言って禁書庫の奥を振り返ると、そちら側から泣いている女の泣き声が聞こえる。

 むせび泣いているようなその声は憐憫を誘う。

 今のところただ泣いているだけだし実害はない。

 様子を見るぐらいならいいかと思って、怖いもの見たさに奥へと進む。


「おーい。誰かいませんかー?」


 声を掛けるが返事はない。

 広い禁書庫に俺の声だけがむなしく響く。

 それどころか、俺の存在に気付いたのか声が聞こえなくなってしまった。

 奥の壁際まで来たが誰もいないし、やはり幽霊のだろうか。

 前世からお化けや幽霊なんて存在しないと考えていたが、この異世界にはレイスやスケルトンといった死者の怨念が凝り固まった魔物が存在している。

 一概に、いないと否定もできないのである。

 普通なら王城の中であり得ないだろうと考えるが、こんないわくありげな場所ではもしかしたらという可能性もある。

 

「やっぱり誰もいない。まあ、いないんなら別にいいかな?」


 よく考えたらそこまで気にすることでもないし、もし本物だったら何をされるかわからない。

 既に当初の目的も果たしたし、こんな所からは早く出よう。

 しかし、俺が禁書庫の扉まで早足で戻ろうとすると、またもや女の声が聞こえた。


「うう、ぐすっ。ねえ? 誰かいるの?」


 泣いた後の弱り切った女の声が、後ろからする。

 おいおい。なんか話しかけられちゃったよ。

 あのまま素直に戻っていればよかったと今更後悔する俺。


 前世の怪談だと、背後を振り返ったり質問を間違うとアウトな流れだよな?

 このままダッシュで逃げ出すのもいいが、大体こういうのは自室に戻って安心したところで実はってパターンだ。

 ここは下手なことをせず、素直に答えて様子見をした方がいいだろう。


「えっと、俺はしがない大怪盗でして……」


 俺は振り返らずに返答する。

 いざ答えると言葉が尻すぼみになって情けない限りだ。

 ここで啖呵でも切れたらかっこいいが、ここぞという時にしり込みするのは前世から変わらない。

 そもそも、そんな勇気があれば万年平社員に甘んじていない。

 というか、しがない大怪盗ってなんだよ。テンパりすぎだ。

 

「怪盗? じゃあ、何か盗みに来たの?」

「ええ、そうですよ」

「盗むのは悪いことなんだよ?」

 

 何と叱られてしまった。

 話し出してわかったが、どうもこの声の主は幼い印象を受ける。

 それなら、うまく言いくるめるかもしれない。

 そう思うと途端に気が強くなる俺。


「別に悪いことをするつもりじゃありませんよ? 必要にかられて盗みを働いただけですし」

「でも、お母様はダメって言ってたもん」


 お母様? それに、もん?

 やはり喋り方からして年端のいかない女の子のようだ。

 それに、どうもおかしい気がしてきた。

 こうやって落ち着いて言葉を交わすと、声がくぐもって聞こえていることに気づく。

 まるで、声を遮る何かを通して喋っているようだ。

 本当に幽霊なのだろうか?

 俺は自分の安全を確かめる意味でも少女に話しかける。

 

「ところで、俺に危害を加える気はないのかな? だったら姿を見せて欲しいんだけど……。もちろん、俺は君に指一本触れないと誓うよ」

「危害? 何を言いたいのかわからないけど、そんなことしないよ。だって、部屋から出られないもん」

「部屋だって? 君は幽霊ではないのか?」

「あはは、おかしなことを言うんだね。わたしは正真正銘の人間だよ。」


 やはり幽霊ではなかったのか。

 しょせん噂は噂でしかないようだ。幽霊の正体見たり枯れ尾花ってわけだな。

 幽霊でないならと、後ろを振り向いてみるが少女の姿はない。

 禁書庫をそこら中、探したがどこにも見当たらない。

 部屋とは、この禁書庫のことではないのだろうか。


「ねえねえ、どうしたの? もしかして怒っていなくなっちゃったの? 笑ったのがいけなかったら謝るから許してよぅ。ううぅ、一人は寂しいから返事して……ぐすっ」


 探すのに夢中で少女をほったらかしにしていたら泣きだしてしまった。

 俺はあせる。

 前世もそうだったが、親戚の女の子や小さな子供の泣き声に弱いのだ。

 これはいけないと思って謝ろうとするが、禁書庫の奥の壁の向こう側から少女の声が聞こえるのに気づく。

 急いで壁に近づき、叩きながら声を掛ける。


「すまんすまん。ちゃんといるから泣かないでくれ。あと、この壁の向こうに君はいるのか?」

「うん、多分そうだと思うよ。だけど結界があるからどうすることもできないってお母様が言ってた」


 やはり、この壁の向こうにいるようだ。隠し部屋だろうか。

 このまま大怪盗の職業スキル『壁抜け』を使えば、壁だろうが結界だろうが問題なく通り抜けることができる。

 しかし、これ以上この少女に関わっても大丈夫だろうか。


 忘れてはいけないのが、禁書庫は国王陛下かその許可を得た人間しか入れないということだ。

 そのさらに奥に隠されたように監禁されているだろう少女。

 怪しさ満点のキーワードばかりだ。厄介ごとの臭いしかしないぞ。

 加えて、俺は逃亡計画を企てている身の上だ。

 そんな厄介ごとを背負い込むのはリスクしかない。

 互いの姿を見ていない今なら、この場で引き返すことも可能性の一つだ。

 

 俺が逡巡していると、また少女の泣き声が聞こえた。

 どうやらまた寂しくなったらしい。

 ああもう!

 くよくよ考えても仕方がない! 後のことは後で考えればいいのだから、今の俺が悩んだって答えが出るかってんだ!

 

「今そっちに行くから待ってろよ!」


 少女が返事をする前に『壁抜け』スキルを発動してするりと壁と結界を通り抜ける。

 隠し部屋は意外と広く、俺の部屋と同じような間取りだった。

 ただ、窓がない代わりに天井に明かりの魔法アイテムが設置しているところが違った。

 予想外にきちんとした部屋に驚いたが、更に驚くことがあった。


「え? もしかして怪盗さん?」

「あ……ああ、そうだが……もしかして君がさっきの声の主なのか?」

「うん! さっき怪盗さんとお話していたのはわたしだよ!」


 そう言って元気に返事をする少女。

 透き通るような白い肌に、エメラルド色の瞳。椅子にちょこんと座って黄金色の長髪を後ろで束ねている姿は人形のようだ。そしてニコリと笑う顔は、天真爛漫ながらも愛くるしさのある少女だった。

 そこには俺が待ち望んでいた美少女がいた。

 これまでの異世界産の美人(ブス)ではなく、前世の地球基準の可憐な美少女だ。

 

 異世界は美人の比率が高いと前世の創作小説ではあったが、この異世界だと不細工ばかり。

 朝も夜も、右を見ても左を見ても、目の保養なんてできやしない。

 お花さんを育てて心のケアをしなくてはいけないほどだった。

 それが。それがついに……

 

「くぅ……。くそっ、うれしくて涙が出てきちまったぜ!」

「大丈夫、怪盗さん!? どこか痛いところでもあるの?」


 思わずうれし涙を流しつつも、心配してくれる美少女にほっこりする。

 とはいえ、ずっとこのままという訳にもいかない。

 とりあえず自己紹介をする。


「俺はダルトンって名前だけど君の名前は?」

「わたし? わたしの名前はセリアだよ! 今年で12歳になったんだ!」


 突然現れて自己紹介しだす怪しい男にうれしそうに答えるセリア。

 久しぶりに他人と喋ったらしく、人と会って話すだけで楽しいらしい。

 外見だけではなく、中身まで綺麗なようだ。

 このままずっと話していたいが、時間も限られているため、なぜこんな所に閉じ込められているのか問う。

 

「えっとね……お父様が、お母様と忌み子のわたしを人目に付けることは出来ないって言って、二年前にこの部屋に連れてこられたの。それからずっとこの部屋にいるんだ」

「セリアのお母さんは?」

「一年前に倒れてそれっきり起きなくなっちゃったの。そしたら、どこかに連れてかれたんだ。ずっと我慢してたけど、大好きなお母様がいなくて時々泣いちゃうの」


 おうふ。

 予想通りの重たい話だった。明るかったセリアが急に暗くなってしまった。

 俺が余計なことを言ったばかりに、大好きな母親が亡くなってしまったのを思い出したのだろう。


 それからも色々話を聞いたが、ここに連れて来られるまでは女性ばかりがいるお城で暮らしていたらしい。そこでは人目を避けるように離れの別塔で過ごしていたようだ。

 また、この部屋と外との繋がりは隅に設置された転移魔方陣しかなく、食事や一ヶ月に一度の外出もそこからしかできないらしい。

 部屋も広くキレイに掃除され、望んだものは何でも魔方陣を介して届くみたいだが、どう考えても監禁でしかない。

 いったい、この少女にどんな事情があるのか。

 気になった俺はジョブを神に戻して、『神の視点』でセリアを見る。 



 セリア・ティル・ホルト・アルティコット

  種族:人間族

 ジョブ:見習い裁縫師

 スキル:なし



 これまた、なんて言ったらいいのか。

 アルティコットってこの国の名前だよな。しかも、俺の名字でもあるし。

 王族しか名乗れないアルティコットの性を持つなら、セリアも王族ということだろう。

 それに名前が四つに分けてつけられるのは王族しかいない。

 名前は、右から順にアルティコット国のホルトという父親とティルという母親から生まれたセリアという意味である。

 禁書庫に入れる人物は限られるうえに、ホルトは現国王陛下の名前と一致する。

 父親は国王陛下で決まりだろう。

 つまりセリアは、俺の異母兄弟の妹ってことになる。


 そうなると、監禁されている理由もわかるな。

 この異世界でセリアみたいな顔の子は、不細工と後ろ指を指される。

 そのほとんどがジョブが下位クラスの人間で、余計に侮蔑されている。

 そんな中、何代も血を重ねて美人(ブス)しか生まれないはずの王族にセリアが産まれたのだ。

 どんな目に合うかは想像に難くない。


 母親とセリアがいた女性ばかりの城とは後宮のことだろう。

 王のために女たちがしのぎを削って顔面偏差値を下げる中、二人は身を寄せ合って隠れるように暮らすしかない。

 母親はセリアを愛情をもって育て、セリアもそんな母親が大好きだったため、それなりに幸せだったようだが……


 これで二年前の10歳に神から与えられるジョブが良ければ、そのまま静かに暮らし続けたかもしれないが、実際に得たジョブは下位クラスの見習い裁縫師だった。

 そのため、これ以上の王族の醜聞を外部に漏らさないため、厳重な禁書庫の奥の隠し部屋に閉じ込めたのだろう。

 10歳になるギリギリまで自由にさせたり、この隠し部屋の待遇を考えると、陛下にとっても苦渋の決断だったようだ。


「セリアはここから出たいか?」


 俺はついそんなことを口走ってしまった。

 この城から逃げ出す時に、セリアも連れて行ってやりたいと思ってしまった。

 明るくふるまっているが、泣き虫なセリアに外の世界を見せてやりたいのだ。

 だから思わずセリアに聞いてしまった。

 そんな俺にセリアは首を傾げながら聞き返す。


「それはお外の空気を吸うために外出するってこと?」

「いいや違う。外に出たらここに戻ることは二度とない。多分、セリアはこのままだと死ぬまでここにいなくちゃならない。だから、俺と一緒に外の世界を見て回らないか?」


 俺の再度の問いにセリアは悩みだす。


「外の世界……お母様が話してくれてた所だよね。行ってみたいなあ」

「だったら!」

「ううん、ごめん怪盗さん。やっぱりわたしはここを離れられないよ。ここはお母様との思い出の場所でもあるもん。……それに、お外は怖いよ」


 セリアは顔をうつむきながら言う。

 暗くなるどころか、その顔すら見せなくなってしまった。

 最後の外が怖いという言葉にどれほどの思いが込められているのか。

 おそらく彼女にとって外の世界とは、母親が教えてくれた希望の世界と自分が味わった絶望の世界を表わしているのだろう。

 俺には想像もできないことだが、今の俺にはその思いを退けられるだけの自信も確信もなかった。

 

「そっか……だけど俺は、セリアを説得するために何度も来るからな。覚悟しておけよ!」

「あはは。うん、わかった。わたしも怪盗さんが来るのを待ってるね!」


 俺の虚勢を張った言葉は、三下の子悪党の去り際の台詞みたいだったが、セリアは顔を上げて笑って答えた。

 その笑顔は、こちらまで明るくするほどだった。

 今は笑わせるだけだが、俺が城を逃亡する時にはそのまま連れ去っていってやる。

 なんたって俺は、セリアの前では大怪盗なのだから。

 そう決めて立ち去る俺の姿は、シルクハットをかぶり、タキシードを着込んで、パピヨンマスクをしたままだった。

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