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第4話 俺は大怪盗

 深夜、俺はある場所を目指して城の中を徘徊中だ。

 さすがに王子がそこら辺をうろついていたら目立つが、今の俺は最上位クラスの大怪盗のジョブになっている。

 このジョブの特徴は高性能な隠密性と怪盗スキルにある。屋内限定のジョブだが、こっそり行動したいときにこれほど最高なジョブはない。

 これも神のジョブのおかげだ。

 職業スキル『神の記憶』で状況に応じたジョブの情報を自由に閲覧し、『神の現身』という自身のジョブを一定時間変えられるスキルで成り代わっているのだ。

 そんな俺が目指す場所は、国王の許可なく入れば死罪となる王城の奥深くにある禁書庫である。

 ばれたら第五王子の俺でも簡単に処刑確定だ。

 それでも俺は、命がけの盗みをこれから働く。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 あれから逃亡を決心した俺は、兵士たちとの訓練に勤しんで戦う力を蓄えたり、合間に自室でこっそり神のジョブをうまく扱えるように練習したりした。

 神のジョブは、そのスキル構成や使い方などすぐに把握して、あとは実践あるのみだった。

 

 一番堪えたのが兵士たちとの訓練である。

 自身の容姿や家族の様子を豚やオークと形容していた通り、俺の今世の体型はでっぷりとよく肥えたものだった。

 ジョブの恩恵があれば勇者みたいなガリガリや俺みたいなデブでも最強の身体能力を手に入れられるが、基礎となる体が出来上がっていればその効果は更に底上げされる。

 そのためジョブに頼らないで鍛えようとしたのだ。


 それが地獄の日々の始まりだった。

 少し歩き回るぐらいなら大丈夫だが、走ったらすぐにばててしまうので、足腰を鍛え無駄な肉をなくすためにずっと走り込みをさせられたのだ。


「ひぃーひぃー。も、もう無理……これ以上は……」


 精も根も尽き果てた俺は練兵場で泥のように倒れこんでしまう。

 前世の中年太り以上の肥満体は、自身を鍛えるという目的を簡単に諦めさせるほどだった。

 王子として大問題な姿だが、城から離れた練兵場に兵士以外は寄り付かず、催眠術師のジョブで兵士たちに軽い暗示をかけて俺を一般兵士だと誤認させてある。

 そのまま休んでいると、俺を叱咤する男がいた。


「こらっ! 何をへばっとるか! 更に走り込みの回数を増やされたくなければ、這ってでも進め!」

「うわっ、了解しました! 軍曹殿!」


 男の言葉に反応して体が勝手に動くほどビシビシと鍛えられている俺。

 この男の名前は知らん。覚える気もないし他の兵士たちが軍曹と呼んでいるからまねているだけだ。

 騎士ではなく兵士たちに混ざってわざわざ鍛えるのは、こいつの鬼教官という上位クラスのジョブのためだ。このジョブは鍛えた相手の成長を促す力があり、一年という短期間で鍛えるにはうってつけのジョブだった。


「軍曹殿! 今日もありがとうございました!」

「うむ! これからも精進するように!」


 その日の訓練も終わり、他の兵士たちと同様に挨拶をしてこっそりと自室に戻る。

 みっちりと鍛えられたおかげで腹も引き締まり全体的にすっきりした体型になった。

 不細工顔はさすがに変えられないが、体が日に日に逞しくなり筋肉がついてくるとうれしくなってくる。

 ジョブってのはやっぱり凄いと再認識した出来事だった。



 こうして順調に進んでいた逃亡の準備だったが、肝心の逃亡計画が難航してしまっている。

 俺の死を偽装するための、俺そっくりな死体が用意できなかったのだ。


 ただ逃げ出して雲隠れするだけではいけない。

 大国の王子が行方不明というのは外聞が悪い。国の威信を傷つけ貴族や他国の攻撃の材料にされかねないため、その生死は必ず確認されるだろう。

 そしたら、死亡前後の事実確認やら、遺体をしっかりと検視したり、本人確認が行われるだろう。

 だから国の人間全員を騙せるような精巧でそっくりな死体を用意しなければならない。

 最初は、背格好や顔立ちの似た遺体を用意すればいいと考えたが、そう簡単な話ではなかった。

 

 この異世界の医療事情は、基本的に回復職のジョブ持ちが担っている。一応、医者のジョブもあるが、長期間にわたって人の力で治すこのジョブは役に立ちづらいとされている。

 短期間ですぐに治してくれる回復職の需要が高いのは道理だろう。

 しかし、ユニークジョブの医神は別だ。

 死人以外なら生き返らせられるという噂のジョブらしく、大国のこの国が抱え込むほどのジョブらしい。実際、陛下の寵姫の不治の病を治したという。

 

 そんな奴がいるのだ。そこら辺から持ってきた遺体ならすぐに別人だとわかるだろう。

 死体がないとくまなく探され、下手な死体を用意すれば簡単にばれる。

 どうすればいいのか頭を悩ますが、解決策は思い浮かばないし誰かに相談できる事でもない。

 まさに、八方ふさがりだった。

 そんな状態が一ヶ月も続き、もう諦めるしかないのかと後ろ向きな思考に傾いたとき、思わぬ人物から天啓を得た。



 ある日、自室でああでもないこうでもないと考え込んでいたら勇者の野郎がやってきた。

 ここ最近、よく俺の部屋に来ては自慢話をして帰っていく。

 俺を探るような勇者の様子から、元ハーレムメンバーに近づかなくなった俺を怪しみだしたのだろう。

 まったくご苦労なことだ。

 そんなに暇なら早く魔王退治に行けばいいのに。

 

「おい! 聞いてんのか!? ああん?」

「……ん? ああ、すみません。つい勇者殿の話に聞き入ってしまったのです。やはり勇者殿のような強く美しい者は、それだけ女性にモテるんですね」

「そりゃ当然だろ! なんたって俺様はお前よりもイケメンだからなぁ。ハッハッハッ」


 いちいち突っかかる勇者をおだてると、すぐに調子に乗り出した。

 単純な奴だな。

 内心あきれ果てていると、また別の自慢話が始まった。


「昨日なんて、王様から禁書庫の閲覧許可をもらって魔法の腕をさらに上げたんだ。剣も魔法も最強の勇者になっちまったかもなぁ」


 それからも勇者の自慢話が続いたが、俺はそれどころではなかった。

 禁書庫だって?

 確かあそこには、あらゆる意味で危険かつ処分できない数々の書物が収められていたはずだ。

 幼い頃に、父である国王陛下から絶対入るなと言われた場所の一つでもある。

 ウソかホントか、子どもだった僕を脅す逸話の中に、狂った天才錬金術師がもう一人の自分を造った研究の手記があると言っていた。

 もしかすると、解決の糸口になるかもしれない。


「おおっ、さすが困った人を助ける勇者様だ! おかげで希望が見えてきましたよ!」

「はあ? なんだテメエ。頭がわいてんのかよ?」


 急に感謝しだした俺を気味が悪そうに見てくる勇者。

 俺は勇者の一言で頭の中の霧が晴れた気分なので、そんな態度でも気にしない。

 勇者が胸糞悪そうに唾を吐きながら出て行っても気にしない。

 ……まあ後で、いつも通りメイドを呼んで部屋の隅々まで掃除と換気をさせたがな。


 

 翌日。

 勇者の言葉から禁書庫の存在を思い出した俺は、陛下に取り次いで閲覧の許可をもらおうとした。

 しかし、結果はすげなく断られて追い返されてしまった。

 

「あそこには決して近づいてはならん!」


 普段は温厚な陛下がただでさえ醜い顔をゆがませていた。

 勇者が良くて、息子の俺がダメなんておかしいじゃないか。

 そう思ったが、陛下の鬼気迫る表情に気圧されてすごすごと下がった。

 しかし、部屋に戻るとふつふつと怒りが込み上げてきた。

 こちとらもう後がないのだ。このまま引き下がったら、美女(ブス)と添い遂げる未来しかない。

 

 そっちが頭ごなしに拒否するなら、俺も好き勝手してやろうじゃないか。

 正面からがダメなら、こっそり入り込んでしまえばいいのだ。

 そんな訳で俺は、皆が寝静まった夜中に禁書庫へと忍び込もうとしているのだ。


 

 夜も深まった頃、闇夜にまぎれてシルクハットをかぶり、タキシードを着込んで、パピヨンマスクをした俺が突き進む。

 大怪盗のジョブの前では、城内の見回りの兵士の目を盗んで移動することなど容易いことだ。

 まさに今の俺の気分は世紀の大怪盗。

 俺に盗めぬものはないのだ!

 日中の鍛錬と深夜のテンション、それに再燃する中二魂が爆発してめっちゃアドレナリンが分泌されているようだ。


 記憶が蘇ってから一ヶ月。

 周囲はブスばかりで心のオアシスとなる美女にめぐり合うこともなく、勇者はうざいし俺のお先は真っ暗だし……

 正直いい加減、我慢の限界だった。

 折角の異世界なのに、夢も希望もないのだ。

 うっ憤を晴らす意味でも、こんな恰好をしてしまっても仕方なかろう。

 見た目は馬鹿丸出しだが、各種怪盗アイテムも用意する力の入れようだ。

 

 そのまま問題なく禁書庫の部屋までたどり着く。

 しかし、扉の前には二人の騎士が歩哨に立っていた。

 前情報も得ずに、勢いで来てしまったので焦る俺。

 思わずすぐに隠れたので大丈夫だろうが、ああもしっかり守られているとは思いも寄らなかった。

 しかも片方は、上位クラスの守護騎士のジョブ持ちらしい。



 グリム・ジェフリー

  種族:獣人族

 ジョブ:守護騎士

 スキル:『気配察知』と『防護の陣』が発動中



 うわっ。めんどくさい相手だなぁ。

 『気配察知』は獣人族特有の種族スキルだし、『防護の陣』は陣の中に入った敵を自動で弾き出す職業スキルだ。

 何かを守る場合にこれほど厄介な種族とジョブの組み合わせはない。

 ちなみにスキルは、種族スキル・職業スキル・一般スキルの三種類に分けられる。

 前の二つはその種族・ジョブでないと使えないが、一般スキルは誰でも使えるスキルのことを指す。

 まあ、今はそんなこと関係ないか。

 

 ここはいったん引いた方がよいだろうか。

 催眠術師のジョブを使うことも考えたが、暗示をかけるには近づかねばならないし、警戒した相手だと効きづらい。

 俺がどうするかと悩んでいると、騎士のジョブ持ちの方がその場を離れていく。

 ……これはチャンスなのでは?

 そう考えると、離れていく騎士の後をつけて背後から当身を入れて気絶させる。


「ふがっ!?」


 崩れ落ちる騎士の体を支えて、使われていない部屋に隠す。

 念のために怪盗アイテムの眠り粉を嗅がせて、動けないように縄で縛っとく。

 その後、職業スキルの『完全変装』で何食わぬ顔で騎士に成り代わって戻る。

 『防護の陣』の有効範囲に入ったが、弾き飛ばされない。

 敵だと認識されていないからだろう。 


「お? やっと戻って来たか。トイレにどんだけ時間かけてんだよ」

「すまんすまん。腹が痛くてなあ」


 守護騎士の言葉に笑って返す。

 大丈夫。ばれた様子はない。

 そのまま軽口を叩きながら守護騎士の隣まで移動する。

 早く催眠術師のジョブに切り替えて暗示をかけたいが、そうすると『完全変装』も解けてしまう。

 もっと隙を窺わなければ。


「なあ、そういやお前ってあの噂を知っているか?」 

「何の話だよ」


 守護騎士が暇なのか話しかけてくる。

 話の内容はどうでもいいが、俺に注意を向けている状態なので、何とかこいつの気を逸らさねば。

 

「なんだ、知らないのかよ。ここってアレが出てくるらしいぜ」

「アレって?」

「ああ、夜な夜な禁書庫の中から女の泣き声が聞こえてくるんだとよ。中には誰もいないはずなのに、それが毎日毎日聞こえるらしいぜ」

「ただの怪談だろ」


 くだらない話でこれ以上は時間をつぶしていられない。

 今度はこちらから話を振って油断させようとすると、どこからともなく女性の泣き声がさめざめと聞こえ出した。

 守護騎士の方も同じらしく、顔を青くさせている。

 どうやら怖いものが苦手らしい。美少女ならいいが、むくつけき大男がやるとむしろマイナスだな。


「お、おい! お前もこの声が聞こえるか!?」

「女性の泣き声だろ。禁書庫の向こうから聞こえるぞ?」


 俺が声の発生源である禁書庫の方を向くと、守護騎士は更にビクつきだした。

 中に何がいるのか気になるが、俺は禁書庫に入らなければいけないのだ。

 いるかどうかも分からん幽霊に怯えるより、確実に待っている美女(ブス)との未来の方が怖い。

 それに、この状況は利用できるかもしれない。


「あれっ? 今、廊下の向こうで誰か通らなかったか?」

「急に怖いこと言うなよ!? ここは王城の奥だぞ。こ、こんな夜中に人がいるわけないだろ。脅かすんじゃねえよ」


 そう言いながらキョロキョロと視線をさまよわして挙動不審になる守護騎士。

 これならいけるかもしれないな。

 俺は『完全変装』で別の姿に成り代わり、守護騎士の肩を叩く。


「スキルにも反応がねえ。やっぱり本物か? いやいや、そんなはずがない。って、何だよおま……え……」


 守護騎士が振り向いた先には、特殊メイクもかくやと言わんばかりに『完全変装』した、恨みがましそうに睨む青白い肌の女に化けた俺がいた。


「う~ら~め~し~や~」

「うひっ! ……おぐぅ」


 俺の姿に心底びっくりした守護騎士が叫びそうだったので、先ほどの騎士と同じく気絶させる。

 催眠術師のジョブで暗示をかけるまでもなかったな。

 守護騎士の方も騎士と同じ部屋に縛った状態で置いて、禁書庫の部屋まで向かう。

 

 禁書庫の扉には、王宮と同じく特殊な施錠の魔法がかかっていた。

 守護騎士と軽口を叩いた時に情報を聞き出したが、こちらの魔法は国王陛下かその許可を得た者しか入れないらしい。

 しかし、今の俺は大怪盗だ。

 本物以上に本物らしくなることなど造作もない。

 『完全変装』で陛下に変身して、何の問題もなく魔法の認識能力すら騙してみせる。

 さすが最高位クラスのジョブだな。


 こうして俺は禁書庫の部屋へと侵入を果たした。

 あとは錬金術師の手記を手に入れるだけだ。

 ただ、未だに聞こえる女の泣き声に一抹の不安を隠せないでいた。

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