第3話 俺のジョブと今後の方針
この異世界において、ジョブは唯一神から与えられる力の象徴だ。
ジョブは一人一つしか与えられない。
ジョブを決めるのは唯一神であり、本人がどれだけ望んでも神様次第で決められる。
それがこの世界の常識だ。
だが俺だけは違う。
何故なら、俺のジョブが『神』だからである。
冗談や馬鹿になったわけではない。
まだ僕だった時、教会で唯一神から与えられたのが神のジョブだったのだ。
勇者や賢者などのジョブは、ジョブクラスから外れたユニークジョブとして特別な力が与えられる。
だが、神のジョブは更にその上をいくジョブだ。
天変地異を起こせたり不老不死にはならなかったが、ジョブを自由にできる力があるのだ。
例えば、自分や他人のジョブを好き勝手に変えることができる。
ジョブが絶対のこの世界で、これ程素晴らしい力はない。
当時の僕は、畏れ多くなって自分のジョブを偽りそのまま放置していたが、俺になった今も神のジョブは健在だ。
唯一神が何を考えて与えたか知らないが、この力を使わないわけがない。
小心者だった僕とは違い、俺には遠慮も呵責もない。
むしろ早く使いたいぐらいだ。
「ふわぁ~」
ベッドに寝転がりながら、このジョブを使ってこれからどうしようか考える俺だったが、流石に眠くなってきた。
まったく別人の人格だが、体はやはり疲れていたらしい。
また明日、目覚めてから考えよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、俺は誰かに揺り起こされた。
昨日は遅かったからまだ眠たかったが、朝っぱらから鼻につーんとくる異臭がして思わず目を覚ました。
目を擦りながら起きると、目の前には魚がいた。
「うわっ!?」
「ギョギョ!?」
あまりのことにびっくりしてしまったが、その魚も驚きの声を上げる。
魚は、メイドのシャーロットだった。
どうやら俺を起こしに来たらしい。
「お、おぉ。おはよう、シャーロット」
「おはようございます、ダルトン様。いったい何を驚かれになっているのですか?」
「いやいや。なんでもないって、ははっ」
「それにしては、いつものご様子とは違っていらっしゃるのですが」
なんとかうやむやにしようとするが、変に疑問に思われたらしい。
笑ってごまかしても、首をかしげて不思議がってる。
同じ魂だからと言って、僕と俺とではやはり違和感があるのかもしれない。俺に近しい人物たちとは極力接しない方がいいかもしれないな。
「まあ、いいでしょう。今日の朝食は陛下たちとの会食です。お早く起きてくださいませ」
「え? あ、いや、そうだったな。早く行かなければ!」
いかんいかん。
墓穴を掘りまくりだ。
まだ僕の方の記憶のすり合わせができてないせいか、さっきからテンパってしまっている。前世がしがないおっさんだったから仕方がないが、ここは堂々としなければ。
その後は、着替えを手伝おうとするシャーロットを外に追い出したりとひと悶着もあったが、できるだけ僕を装ったためやり過ごすことができた。
近づいた時の彼女の生臭い体臭が、意識を飛ばすレベルだったからな。アレがこの世界の者にとって、生命が躍動する生々しい匂いだと褒め称えられているのだからおかしい。
というか、昨夜あれだけのことを勇者としていたのにおくびにも出さないとは、あんなクリーチャーでも女ということか。
俺が会食の場に着き席に座った時は、まだ誰も到着していなかった。
王族のみの会食だ。
これから来る今世の家族たちを思うと気が重くなる。
俺の心配をよそに続々と家族らしき人物たちがやってくる。
それを見た俺は顔が引きつる。
俺自身の顔が豚のようにつぶれた不細工顔だったから予想はしていたが、陛下を含めた家族全員の様子は、「オーク大集合」って感じの化け物ぶりだった。
不細工な者ほど美しく強いとされるこの異世界では、王族や貴族などの特権階級の者は超がつくブスばかりである。
前世の王侯貴族と同じく、見目麗しい相手と子をなし続けたからだ。
伴侶となる者に選りすぐりの美人が選ばれ、代を重ね血を重ねることで血統書付きのブスが完成されたのだろう。
美人が淘汰され、不細工が天下を取った世界なのだと改めて実感した。
そのくせ礼儀作法やら食事のマナーが完璧で、話の内容も国についての小難しい話やら互いに家族を大切にしているとわかる話題ばかりだ。見た目はアレだが、大国の王族らしく皆が立派にその務めを果たしているようだ。
「そういえば、ダルトンもあと一年で成人を迎えるな。彼女たちとの仲はどうかね?」
記憶と体に染みついた食事作法を意識して朝食をとっていたら、今世の父である国王陛下が話題を振ってきた。
俺と元ハーレムメンバーたちのことを言っているのだろう。
正直、勇者に恋人たちを寝取られて精神崩壊しちゃいましたって言いたいが、ここは我慢だ。
俺としてはあんな奴らどうでもいいのだが、周りはそんなことを知らない。
俺と彼女たちは仲の良いパートナー同士だと思っている。
今のところ、変に事を荒立てて、余計な波風を立てるつもりはない。
「このような席ではあまり言えませんが、何の問題もなく清い交際をしております」
「そうかそうか! それはよかった。もし何かあったらお前の嫁候補を新しく選ばなければならんからな!」
新しい嫁候補だって?
そんな話は僕の記憶にもないぞ!
どうせ元ハーレムメンバーは勇者にホの字だから、理由をつけて彼女たちに会わなければいいと思っていたが、それでは周囲の者たちが邪推をして次の嫁候補を用意されてしまう。
化け物たちを勇者に押し付けたら、更に別のクリーチャーが寄ってくるなんて、最悪の悪循環じゃないか。
陛下の話を聞き流しながら、俺は今後の身の振り方を考える。
すると突然、部屋の扉が大きな音を立てて開け放たれた。
「おいおい、なんだこれ! 勇者の俺様をのけ者にして、会食に呼ばないなんて無礼じゃないか?」
どうやら勇者がいちゃもんをつけに来たらしい。
さすが勇者。あんな細い体に見合わぬ尊大な態度だな。
「おお、勇者殿。この会食は王族のみが出席をする慣わし故、また別に勇者殿との席を設けましょう」
「俺様はこの会食に出たいんだよぅ。言ってる意味わかるか?」
いくら勇者とはいえ、一国の王に対して不遜すぎる。この場に無理やり入ってくること自体、不敬罪で取り押さえられても不思議ではない。普通だったらその場で切られている。
しかし、そんなことにはならない。
この場にいる王族や護衛の騎士や給仕係まで、勇者の言葉にすまなそうな顔をしている。
少し気になった俺は、神のジョブを使うことにした。
『神の視点』という職業スキルで勇者のことを見てみる。
霧崎光一
種族:人間族(異世界人)
ジョブ:勇者
スキル:『魅了』と『カリスマ』が発動中
この職業スキルは、見た相手の情報を知ることができる。上から名前・種族・ジョブ・スキルが、相手の頭上に薄っすらと映しだされる。もちろん俺にしか見えない。
難点は、相手のスキルは発動中のものしか見えず、ジョブを持ったヒト種にしか効かないことだ。魔物やアイテムなどのジョブを持たないものには使えないってことだな。
しっかし、どうして勇者がこんなに好き勝手しても問題にされないかやっとわかったな。
スキルのおかげのようだ。
俺は神のジョブのおかげで大丈夫だったが、ほかの奴らは見事にスキルにはまってしまっている。
まあ、こいつのおかげで俺の記憶が蘇り、化け物女たちも厄介払いできたのだ。
俺に被害が及ぶまでは、見逃しといてやろう。
結局、勇者は会食に参加したが、文句ばかりで給仕のメイドにちょっかいを掛けていた。
ニヤニヤしながら俺を盗み見る勇者がウザかったが、勇者が俺の元ハーレムを寝取ったことを黙っている理由は見当がついているので無視しといた。
どうせ俺が成人する一年後ぐらいに真相をばらして絶望させたいのだろう。
既に意味のないことだが、下種な勇者の考えそうなことだな。
そのまま会食は終わり、俺も皆もその場を解散した。
再び自室に戻った俺。
第五王子の俺は、基本的に暇を持て余している。
上の兄たちぐらいだと政務や軍務などの仕事があるが、末っ子の王族となるとやることがない。
王族としての教養はすでに僕の時に身に着けてしまっているので、勉強や稽古をしなくても記憶と体が覚えてしまっている。
僕の時はハーレムメンバーを呼んだりして時間をつぶしていたが、王族の私室は入室が許されない限り彼女たちでも入ることはできない。
したがって、俺から彼女たちに接近しない限り化け物たちが近づくことはない。彼女たちも周囲の目を気にして取り繕っているが、内心は勇者にべったりなので本当に文句を言ってくることもない。
つまり、一人っきりになれる時間が多く取れるのだ。
その間にこれからの俺の方針を考える。
まず、俺は一年後にこの王城から逃げ出さなければならない。
なぜそうするのか。
それは俺の嫁問題だ。
先ほどの会食でも話題になったが、俺の結婚は絶対だ。
ひどい話だが、王族の中で末っ子の俺は結婚の道具としての価値しかない。
継承権も低くジョブも偽って申告した中位クラスのため、俺の将来は貴族の娘や周辺国の姫たちに婿入りしてこの国との繋がりを強めるしかない。
当初、最悪それでもいいかと俺は考えた。
裏の事情や種馬扱いだろうが、楽してこれからも暮らせるならラッキーだと思ったのだ。
しかし、この異世界の男女の美醜事情を思い出した。
俺が将来結婚をする相手は、高貴な女性でないといけない。
そうなると、元ハーレムメンバー並みかそれ以上の不細工が結婚相手になるだろう。……身分の高い者ほど顔面偏差値が下がっていくからな。
当然俺は、そんな女性と結婚どころかお近づきにもなりたくない。
折角、異世界に転生したのにどんな罰ゲームだって話だ。
結婚は人生の墓場というが、むしろ本物の墓場に行きたいぐらいだ。
そんなことになるなら、王族の地位も名誉もいらない。
元から棚から牡丹餅で得た立場だし、神のジョブのこともある。
窮屈でつらい生活を送るぐらいなら、自由に力を振るえる人生の方が断然いい。
その逃げ出す準備期間として一年間は妥当だ。
元ハーレムメンバーを隠れ蓑に女性関係のことをうやむやにできる期間がそれぐらいだろう。
彼女たちを無視し続けて周囲が騒ぎ出すのにそれぐらいが限界だと予想する。
それに俺が成人になったら強制的に結婚されるだろう。タイムリミット的にも一年間しか残されていない。
また、俺は逃げ出す方法として自身の死を偽装することを考えている。
ただ逃げ出しては、追手や禍根を残すことになるだろう。
それでは危険すぎる。
完全に俺という存在がこの世からいなくなったと思わせなければならない。
そのためにやるべきことは目白押しだ。
偽装の準備に時間がかかるだろうし、逃げた先でも問題なく生きていけるように鍛えたり、神のジョブをもっと使えるようにしなければならない。
……なんだ。
暇なんてないじゃないか。
早速、俺の幸せな未来のために行動に移さねばならんな。
いろいろ大変になるが、俺は前世のおっさんだった頃よりもやる気に満ち溢れていた。