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第1話 僕の最後

 人生における落とし穴となる出来事は思いも寄らぬタイミングで出会うものだ。

 順調に前を向いて突き進んだはずが、巧妙に隠された落とし穴にはまり転落していく。その落ちた先から這い上がれる人やうまく折り合いをつけて留まる人もいるだろう。

 ……だけど、そんな中でも特に不運な者は打ち所が悪くて死んでしまうのではないのだろうか。


 大国アルティコットの第五王子ダルトン・エフ・ホルト・デフォルケットである僕もまた、それまでの幸せに満ちた暮らしから絶望のどん底に落ちる出来事に直面した。



 15歳のある日、深夜まで趣味の読書に明け暮れてトイレに行きたくなった僕は、二階の自室の扉を開けて廊下の端にあるトイレに行くと、階段を上ってくる何者かの足音に気づいた。  

 家の者にまた徹夜をしたのがばれたら叱られると思って、すぐさまトイレの中へ入り込み息を潜ませる。

 耳を澄ませて聞こえる足音の数は一人だけではなく複数だったが、こちらとは反対側の廊下へ進んで行ったらしくその足音は遠ざかっていった。


 こんな夜更けにいったい誰だろうかと不審に思って、興味本位に外の様子をうかがってみると、三人の人影が見えた。最初は暗くて誰なのか判別がつきにくかったが、廊下に等間隔で設置されているランプに照らされて三人の正体がかわかった。

 こちらに背を向けて歩いていく三人は、僕のハーレムメンバーである許嫁とメイドと奴隷の少女たちだった。僕にとってとても身近な存在である彼女たちの後ろ姿を見間違えるはずがない。


 三人とも僕にはもったいないほど可愛い美少女たちで、周囲からやっかみを受けるほど彼女たちは僕にベタ惚れだ。

 まだ成人年齢に達していないので清い交際ではあるが、毎週デートに出かけるほど仲が良く、今日も町に出て彼女たちと心行くまでその時間を楽しんだばかりだ。

 

 そんな彼女たちがどうしてこんな時間帯に出歩いているのだろうか?

 王城の中でも王族の関係者しか立ち入れない王宮内とはいえ、女性が三人だけで夜遅くにコソコソと行動しているのはどう見ても怪しい。

 確か、三人とも今日は歩き疲れたから早く寝ると言ってそれぞれの部屋で寝ていたはずだが……。

 そのまま彼女たちが歩いていく姿を見ていると、ある人物の部屋の前で立ち止まり周囲を確認しだした。

 誰もいないことを確かめた彼女たちは、互いの顔を見合わせてうなづくと意を決したようにその部屋の扉を小さくノックした。

 その後、中から扉が開けられて入っていく時にちらりと見えた彼女たちの横顔は喜びの顔だった。


 僕は愕然とした。

 最初は、彼女たちが僕の部屋に忍び込みに来たのかと温かい目で見ていたのだが、僕の私室を通り過ぎて別の部屋に向かったことで心臓が飛び出る思いをした。

 なぜなら、その部屋は一か月前にこの世界に召喚された勇者の部屋だったからだ。



 勇者は突如現れた魔王を倒すため、ヒト種の人類連合国家を代表してわが国が召喚した救世主だ。

 召喚された勇者は快く我々の願いを聞き入れ、我々も惜しみなく協力して魔王を倒そうと誓った。

 しかしコウイチ・キリサキという名前のその勇者は、女誑しで貴族の子女をナンパするわ何日も城下町の娼館に入り浸るわで女癖の悪い男だった。

 また旅に出ないどころか修行もまともにせず、王様にさえ傲岸不遜な態度をとる勇者を僕は嫌っていた。


 しかし、勇者がイケメンである事とその力を示したことで問題視されなかった。

 女性たちは彼がほほ笑むだけでなんでも許し、男性たちは国一番の強さを誇る騎士団長に打ち勝った彼に羨望と期待のまなざしを送るのだった。

 

 確かに勇者は、絵本から出てきた王子様のようだと言われる僕よりも美形で、皆が認めるほどの実力を有している。

 しかしその内面は、勇者という存在とはかけ離れた品性と品格の持ち主である。

 そんな勇者を煙たがっていた僕だったが、周りは勇者を持て囃すばかりでどうすることもできなかった。

 それどころか、年の近い王子の僕との親交を深めるという名目で同じ階の部屋に住むようになった。


 もちろん、仲良くなることなどない。

 僕自身が勇者に近づかなかったし、勇者の方も僕を含めた男性に対して常に見下した態度をとって女性たちを侍らかしてばかりだった。

 不思議なのが、僕以外の者はそんな勇者のあからさまな態度をとがめることもせず、さすが勇者だとばかりに彼を持ち上げることだ。

 勇者が召喚されてからこの城の者たちは、おかしくなったとしか思えない。

 そう思いつつも僕は、ハーレムメンバーたちに勇者には近づかないように言い聞かせて、この一ヶ月は勇者に関わることなく何事もなく過ごしてきた。


 どうせ勇者はいつかこの城を出ていくのだからと軽く考えていたから……。

 


 その勇者の部屋になぜ彼女たちが入っていくのだろうか。

 意味が分からない。

 あれほど勇者に近づくなと釘を刺していたのになぜなんだ。

 廊下に出て呆然と彼女たちが入っていった部屋を見つめ、僕は今見たことから導き出される答えを考える。

 しかし、頭の中はなんでなんでと喚くばかりで一向に考えが定まらない。


 ……いや、本当はなんとなくわかっている。

 深夜。女誑しの勇者の部屋。人目を忍んで入室する彼女たち。

 こんなにもわかりやすいキーワードがあって答えがわからない馬鹿はいない。

 しかし、違う可能性もあり得る。

 僕が勘違いして早とちりしていることだってあり得るのだ。

 国から勇者に危急の秘密の知らせがあって、それでこんな時間にコソコソしていたのかもしれない。

 偶然夜の散歩に出た彼女たちがその言付けを頼まれたのかもしれない。

 

 確かめなければ。

 この目で真実を確かめなければならない。

 大丈夫。

 僕は彼女たちを信じている。彼女たちだって僕のことを好きだと言っていたじゃないか。

 十年以上ともにした僕たちの仲はこんなことで壊れるものではない。 

 あとで笑い話として思い出の一つになるに決まっている。


 そうしてプラスに考える僕の頭の隅では、部屋の主を見た時の彼女たちの表情が拭い去れない記憶として引っかかっていた。

 


 僕は忍び足で勇者の部屋に近づく。

 普段から歩いている絨毯が敷かれた廊下は、その一歩一歩がとても長い時間に感じられる。

 息が乱れ、勇者の部屋の前に到着した時には手にいやな汗をかいていた。その場にとどまり息を整えて汗をぬぐう。

 王宮のどの部屋も防音と特殊な施錠の魔法がかけられているため、固く閉ざされた扉の奥の様子はこのままだとわからないが、その部屋の主か王族の者なら自由に開けられるようになっている。


 僕は静かに扉を開けて室内の光がわずかに漏れるかどうかという隙間をつくる。

 幼い頃から慣れ親しんだ扉だ。どれくらい開ければ中の者にばれないかはわかっている。

 僕はゆっくりとその隙間に顔を寄せて室内の様子をうかがい……。


「ひゅっ!」 


 あまりのことに息が止まる。

 扉の隙間から見えた光景は、僕が最初に想像した通りのことが繰り広げられていた。

 部屋を占拠する巨大なベッドには勇者と彼女たちが肌と肌を密着して仲睦まじくしている。

 その姿は、一日やそこらの親しさではないことがうかがえた。

 彼女たちが勇者と抱き合っている姿に心をかき乱されてどうにかなってしまいそうであった。

 しかし、僕の絶望はそれだけではなかった。


 「八ッハッハッ。しっかし、あの坊ちゃんも間抜けだよな。知らないうちに自分のハーレムを横からかっさらわれてるんだからよぅ」


 勇者は面白そうにこの場にいない僕のことをあざ笑う。

 「いい加減、気づけっつーの」と言って、他人を見下した態度は相変わらずだ。

 

「勇者殿。あんな弱い奴のことなんてどうでもいいですから、今はわたくしだけを見てくださいな」


 勇者の腕にすがりつき、恥ずかしげに赤面しつつ上目づかいで見上げる僕の許嫁のローズ。


 下手な男よりも腕っぷしが強い彼女は本当は恥ずかしがり屋だが、皆のために自分も戦いの場に立ち人々を守ろうとする人一倍強い優しさと責任感の持ち主だ。

 幼い日に「わたくしは体を鍛えて強くなるから、あなたはわたくしを補佐できるよういっぱい勉強しなさい!」と顔を赤らめて約束を結び、十年経った今でも僕はあの約束は忘れていない。

 そんなローズの無理に強がった可愛い表情は、今は勇者に向けられている。


 勇者にローズが絡んだことをきっかけに、僕のメイドのシャーロットと奴隷のライラが同じく勇者にくっついてきた。


「ローザ様ばかりではなく、あなた様のメイドのシャーロットめも忘れないで下さいね。勇者様」

「ウチのことも、もっとかまってー」


 僕の乳母の娘として、生まれた時から一緒だったシャーロットは、身分違いを了承したうえで僕に終生仕えることを誓ったメイドだ。

 奴隷のライラは、町の視察に行ったときに違法奴隷として売られるところを助けて以来、僕に懐くようになった 獣人族の少女だ。

 そんな僕のハーレムメンバーと言える彼女たちが今、目の前で僕以外の男に甘えた声を出しながらすがりついている。


 とても信じられない、いや、信じたくない光景が扉の向こう側で起こっていた。

 もしかしたら、彼女たちも本意ではないのかもしれない。

 そう思ったが、彼女たちの声音・態度・表情は昔から僕に向けられていたものと同じく、愛する者に寄り添った時に浮かべるものだった。


 これ以上は見ていられないと、扉から離れて反対側の廊下の壁にもたれかかる。

 

 ダメだ。

 何も考えられない。

 だんだん、めまいと吐き気がしてきた。

 胃がむかむかする。

 いったい僕が今まで信じてきた彼女たちはどこへ行ってしまったのか。

 もう何もかもが信じられない。

 自分が今まで立っていた足場が崩れ落ちたかのようだった。

 もういっそ、扉を開けて彼女たちを糾弾してみようか。

 

 僕がふとそんなことを思いつくと、未だ開いている扉の隙間から少女たちの嬌声が聞こえ出した。

 嘘だ、嘘に決まっている。

 僕の彼女たちがこんな……こんな……。

 先ほどよりも体調が悪くなり、頭痛までして頭の中がぐちゃぐちゃになってくる。

 

 ――ズキズキ――

 

 僕たちは互いに好きあった仲のはずだ。

 今日だって、いつもと変わらない様子だった。

 それがなぜこんなことに?

 わからない。

 しかし、何かがいけなかったのだろう。


 では、何が悪かったのだろうか。

 外道な勇者か?

 裏切った彼女たちか?

 それとも気づかなかった僕がいけなかったのだろうか。

 もう現実逃避するしかなかったが、僕の耳目は、はっきりとその声を認識してしまっている。その姿を記憶してしまっている。

 それが真実であると理解してしまうと、僕は絶叫しそうになった。


「フグゥ!?……ウゥ……………ぉぇっ……ッッ……」


 叫びそうになる口に両手を突っ込むことで、声が外に漏れ出ないようにえずきながら嗚咽を漏らす。

 半ば意識が朦朧としながら立つこともままならず膝をつく。

 

 ――ズキズキ――


 僕は何がしたいのだろうか。

 声が部屋の中まで聞こえて僕の存在がばれたくなっかったのだろうか。

 誰に?

 なんで?

 そんな疑問がわいては消えてを繰り返して、ランプだけでは薄暗い廊下の中に僕はうずくまった。


 苦しい。

 痛い。

 呼吸がままならない。

 頼む。誰か僕を助けてくれ!

 

 すると、僕の意識が暗い底に沈みそうになると一筋の光が見えた。

 そちらを思わず向くと、扉の隙間から、部屋の明かりに照らされた勇者と彼女たちが抱き合ってキスをする姿が遠目からうかがえた。

 同時に、僕の中の何かが壊れた音が聞こえた。


 光の中の彼らと暗闇に沈む自分。

 もう手遅れなんだと漠然と思った。

 そして僕は、胸の痛みとともに意識を手放した。


 ……ああ、気持ち悪い。

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