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都会の灯り

モデルの女がいた。早くして結婚して女の子を授かったが、夫とは別れた。今は娘とのふたり暮らしをしている。今も現役でモデルをやっている。ミセス向けの雑誌等ではトップモデルだ。


サラリーマンの男がいた。外資系の投資会社で重役をやっている。彼も離婚歴がある。子供はいない。


ある日、男の会社のテレビCMを作ることになって、広報担当の彼に任された。マーケティングの結果、彼女を主役としたミニストーリーが好感度アップに有効であることがわかった。


彼女のオフィスで会ったのが最初の出会いだった。彼は率直に「美しい」と思い、彼女は「紳士だな」と思った。


CMの制作は順調に進んだ。30秒のCMだ。スタジオではそれほど時間もかからずクランクアップした。あとは外のロケがある。幸運なことに今日は快晴だ。

彼女とは同じマイクロバスで移動した。周りの目があるので、彼女とは軽く世間話をする程度だった。

ロケも段取りよく進んで、彼女のスケジュールに空きが出来た。

「どうです、イタリア料理でも。」

「ふたりっきりでですか?」

「ええ、私はあなたに一目惚れしたみたいです。」

「何とも単刀直入ですね。」

「私は回りくどいのは嫌いでね。」

「じゃあ、食事だけですよ。」


軽いイタリアンの食事が終わった。食事中はお互いの仕事の話をした程度だった。

最後に彼女に名刺を渡した。

「何かお役に立つことがあるかも知れませんから。」



それからしばらくは、お互い淡々とした日常を過ごした。

彼女への想いも諦めかけた頃、オフィスの電話がなった。秘書は食事で席を離してしたので彼が直接電話をとった。

「もしもし○○の◎◎ですが。」

「私、先日CMでご一緒した△△です。」

「随分久しぶりですね。」

「ええ、ご無沙汰しておいて失礼は承知なのですが、ちょっとご相談にのっていただきたい事がありまして。」

「いいですよ。明後日の夜なら都合がつきますが、いかがですか。」

「わかりました。では、この前のイタリアンのお店で。」

「では、その時に。」


「何の話だろう。」と詮索はしないことにした。その時まで粛々と仕事をした。


で、その日になった。約束の時間に例のイタリアンの店に行った。

すでに彼女は来ていた。ワインでも飲んで待っていればいいのに水で喉を潤すだけで彼を待っていた。それが礼儀だと思ったのだろう。彼女は彼に気付いた。

「お忙しいところ、すみません。」

「私こそ、電話をいただいたその日にお会いできず恐縮です。それで、ご相談とは。」

「まずは食事を楽しんでからにしませんか。」

「そうですね、おっしゃるとおりです。」


食事も終わり、彼はエスプレッソを彼女は紅茶をたのんだ。

「で、お話とは何でしょう。」

「実は私には離婚歴があって、今年高校にあがる女の子がいます。親権は私が持っています。私のわがままで離婚したので慰謝料も養育費も一切もらっていません。そのくらい私が稼いでいますから。」

「状況はわかりました。で、何が起こったのですか。」

「彼が親権が欲しいと言い出したのです。いままで月に1回は会う時間を作っていたのですが、どうも私の知らないところで娘を連れ出しているみたいなんです。」

「この問題は弁護士に相談されるのが一番かと思いますが。」

「もちろん相談しました。しかしどの弁護士も「主人に分がある」と言うのです。」

「どうして。ここまで娘さんを育てあげたのはあなたでしょ。」

「主人はグローバルに名が通った企業で部長をやっています。収入が安定しているし、娘を養って大学に通わせる程度の財力は無理なくあるのです。」

「それはあなたも一緒でしょ。トップモデルなのですから。」

「トップモデルって呼ばれても、実体は名ばかりです。」

「と言いますと。」

「仕事が安定しないのです。もちろん年間契約している雑誌のカバーの仕事は数誌あります。でもこれだって来年どうなるかわからないのです。

先日の御社のお仕事などは、本当に不定期なんです。とても収入が安定しているとは言えないのです。」

「で、なぜ私に相談を。」

「こう言うと、失礼に当たるのは重々承知ですが、あなたのご好意に甘えたかったのです。」

「そこまで頼られると、男冥利に尽きるなぁ。」

「すみません。変な話して。やっぱり自分で解決する問題ですね。」

「もちろん最後は自分で決めることでしょう。でも、その手助けはできるかも知れません。」

「私は広報担当重役だからあなたを我が社の専属モデルにすることは比較的簡単でしょう。しかしこれも1年間の仕事です。1年後なんて自分の首すらわからないですから、外資系は。」

「ともかく1週間時間をくれませんか。なにか手がないか考えてみます。」

「すみません。よろしくお願いします。」


さて、困った。彼が考えても夫に分がある。もちろん娘さんの幸せが第一だが、彼女を土俵の外に落としてはいけない。夫と彼女が同じ立場で娘さんに選んでもらうべきだ。


妙案がないまま月曜日の朝になった。いつものようにシャワーを浴びて野菜&フルーツジュースを飲んで出社する。重役と言えどもお迎えの車などない。満員電車に揺られて会社のある高層ビルに着く。

自分の部屋に入ると既に秘書が出社していた。

彼女に聞いてみた。

「モデルの友達が出来たよ。」

「相変わらずお盛んですね。」

「それで相談なんだが、モデルの稼ぎを良くするにはどうしたらいいもんかな。」

「あなたのようなリッチエクゼをパトロンにするとか。」

「それは最終手段だな。もっと他にないかな。」

「有名なモデルならテレビに出るとか、化粧品ブランドとかアパレルブランドを立ち上げるとか、エステサロンを経営するとか。」

「なるほどねぇ。でも有名じゃないとダメだよね。」

「そりゃ、購買層の女性がみんな知っている名前が必要ですね。」

「例えば「パリコレに出た」とかどうだろう。」

「そりゃ、すごいですよ。世界が認めたってことですからね。」


彼は早速彼女に連絡をとった。

「ちょっとしたアイデアがあるので、会えませんか。いつものイタリアンのお店で。」

「はい、わかりました。」


その日の夕方、彼は花屋にいた。真っ赤なバラを1本買った。

イタリア料理店には既に彼女が来ていた。彼は席に着くなりその1本のバラを無言で渡した。彼女はにっこり笑って彼の頬にキスをした。

開口一番、

「パリコレに行きませんか。」

「そんな冗談を。」

「冗談じゃありません。パリコレのネームバリューはすごいんでしょ。」

「それはもう。」

「安定した収入も得られますよね。」

「ええ、モデルとしても実業家としても。」

「じゃあ、決まりです。」

「決まりって。」

「あなたをパリコレに売り込みしょう。」

「からかわないで、こんなおばあちゃんを。」

「うちの会社ってもともとロンドンが本拠地なんだけど、パリの支店は大きくて証券以外にショービジネスも手がけていて、パリコレの協賛会社でもあるです。日本であなたの本業をサポートすることは困難ですが、パリならいろいろと力になれそうなんです。どうですか、パリコレ。」

「それは飛び上がるくらい嬉しいですが、私で勤まるでしょうか。」

「オフレコですが、今年は有名なデザイナーがシニアにチャレンジするらしく、それにふさわしいモデルを物色中のようです。そこにあなたを推薦しようと思っています。って言うか、うちの会社の力であなたをねじ込むのです。」

「わかりました。娘のためにも頑張らさせてください。それから、敬語みたいなの止めませんか、もうそんな仲じゃないって思ってます、って私だけかなぁ。」

「いや、そんなことはありません。私もです。」

「だ・か・ら。」

「そうだね。じゃあ、パリコレに向かって乾杯。」

ふたりはシャンパンを飲み干した。


夫との係争は半年の猶予をもらった。

彼女はパリコレに向かってモデルのイロハから猛レッスンに明け暮れた。

時々は彼が学校帰りの娘の面倒をみることもあった。と言っても、自分のオフィスのある高層ビルの商業階で待ち合わせて行きつけのフランス料理屋や寿司屋で夕食を済ませて、自分の家族だといってセキュリティゲートをくぐって、自分のオフィスのソファーで仮眠させる程度の、いかにも大人の都合丸出しの面倒見なのだが。それでも娘は彼を気に入ったようだった。少なくとも父親より。


いよいよ明日はフランスに旅立つ日になった。あとはパリでの最終審査が待っている。審査員には彼の会社のフランスのスタッフも入っている。彼女は「きっと受かる」と自分を鼓舞した。


彼女としばしの別れになる彼と娘はいつものイタリア料理店で食事をした。彼はめずらしくワインを飲まなかった。

「今日は車だから。ちょっとドライブしないかい。」

「ナイトクルージング、楽しそう。」と娘。

「久しぶりのドライブね。」

「それだけレッスンで忙しかったってことさ。」


地下の駐車場に英国車が鎮座していた。幌がタン色のダークグリーンのアストンマーチンだ。娘が狭い後席に滑り込んだ。ドアを閉めた時に、

「はい、これ。」

と娘が包装された箱を渡した。

いぶかる彼は蓋を開けて喜んだ。内装の色と同じタン色のドライビンググローブだった。

「ありがとう。でもどうして。」

「今日はパパの誕生日でしょ。」

「えっ、なんだって。」

「パパの誕生日」

「娘のお眼鏡にかなったようね、パパ。」

彼はアストンをスルスルと発進させた。

室内には小さめの音でジャズが流れていた。


彼のオフィスのある品川から第1京浜を北上して、札の辻で桜田通りに入る。正面に夜の東京タワーを見ながら、赤羽橋を右に、東京タワーの信号を左に上ると東京タワーの真下に出る。


真冬だが、ここで彼はアストンの幌を開けた。頭上いちめんにオレンジに輝く東京タワーがところ狭しと迫って来る。これがコンバーチブルの正しい使い方だと彼は思っている。

そしてV12を収めた長いエンジンフードにも東京タワーが反射して光り輝いている。

東京タワー、何と艶っぽい建築物なのだろう。彼はこの角度からみる東京タワーが大好きだった。

彼女も娘も楽しそうに見とれていた。

しかし、パリコレ前に体調を崩すわけにはいかない。彼は早々に幌を閉じた。


「何度見てもきれいね、東京タワー。」と彼女。

「設計者のセンスが素晴らしかったのだろうね。新幹線もそうだけど。」

「で、私からのお誕生日プレゼントだけど・・・パリコレでしっかり成果を残すこと、それでいいかしら。」

「もちろん、十分だよ。」

「それから・・・」

「ちゃんと言いなさいよ、ママ。」

「・・・私を花嫁としてもらってくれないかな。」

「もちろん、喜んで。今年は人生で最高のバースデーだよ。」


翌日、彼と娘に見送られながら、彼女はパリに旅立っていった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 戯曲のような作品ですね。こざっぱりとしていて好きでした。
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