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歌声

 春になると桜がきれいな公園があります。

 でもいまは冬です。

 大人は手をこすり、背中をまるめています。

冷たい風は桜の木や水たまりまで凍りつかせています。公園ではおばあさんがココアをのんでいます。


「はて、どこの子かの?」


 緑色のリボンを首に巻いたネコがじっとおばあさんを見つめています。


「ニャー」


 ネコはそう一声鳴くと、その場に座り込みます。

すると小さな犬がトコトコとやってきて、ネコの隣に並んで座り込みます。


 傷だらけの小さな犬は「ワン!」とは鳴きませんでした。


「ギャオ!」


 キジが鳴くような声で鳴きました。


 おばあさんはびっくりして、ココアがこぼれそうになりました。愛くるしい顔をした小さな犬を見て


「かわいそうに」


 とおばあさんは思いました。


 木枯らしがヒュリルルと吹いてイチョウの黄色い葉っぱが、おばあさんとネコの間に一枚落ちました。


 ネコはイチョウの葉っぱを前足で手繰り寄せると小さな犬の前に置きました。まるで「あなたは1人じゃないのよ」と肩を叩いているようにも見えます。



 夜になると、老いたネコと若い小型犬がお話しています。


 私の名前はYUKI。周りの人からは、ノラとかネコとか、シルとかダルシーニャとか呼ばれているわ。永く生きてきたけどまさか私が『ダルシーニャ』て呼ばれるなんてね。



 僕の名前は、勇気。周りの人からは、シロだとかポチだとか、犬公だとか呼ばれているんだ。一番のお気に入りは、アワイちゃん。彼女は僕を「スルメ」と呼ぶ。

 あの事件が起こった後暫く会えなかったんだけど、最近ある場所で再会したんだ。



 そう、アワイちゃんは私をダルシーニャと呼んでくれたの。いつもミカンを差し出してくれるけどあたしは食べられないわ。



 ミカンは食べられないけど僕はリンゴを食べられるんだ。だけどアワイちゃんは気づいてくれない。けどいいんだ。なぜなら歌を歌ってくれるから。


 アワイちゃんは歌が上手ね。世知辛い身の上をひと時忘れることが出来るの。私は彼女の歌を理解できるわ。あのね、


「言うこと聞かない悪い子は、毛をバリカンで刈り上げるわ〜だけどあなたは良い子だから刈り上げない〜のよ〜」



「ワン! とは素敵な響きね〜私もワン! ダブル〜と、叫ぼうかしら〜」



「ニャンとはニャンと美しくて愛らしい響き〜かしら〜ニャンでもいいから私はまた〜ニャンばるわよ〜」



「悪い子の毛を刈り上げたなら〜今度は水をかけてあげましょう〜お湯の方が良いかしら〜」



「あなたを苦しめる悪い奴へのお仕置きは〜ね〜まだまだ終わらないのよ〜」


「傷ついたあなたを〜わたしが癒してあげるわ〜何も心配いらないわ〜よ〜」


「恐怖の夜を越えて〜美しい朝日を迎えるまでずっと添い寝してあげる〜わ〜」


「たくさん泣いていいのよ〜あなたの涙なら草木も優しさいっぱいの〜オーラで〜爽やかなそよ風を送ってくれる〜わよ〜」


「私の涙の成分はね〜あなたの悲しみと寂しさなのよ〜さあ〜」


「さあ〜」


「吹雪く夜を耐えよう〜」


「さあ〜」


「灼熱の路面から〜日陰へ〜」


「さあ〜夢の続きを語ろう〜」


「あなたをいじめた彼らを〜」


「あなたをいじめた彼らを〜」


「刈り上げよう〜」


「水を〜かけ〜よう〜」


「悪い奴を退治したなら〜」


「悪い奴を退治したな〜ら〜」


「悪い奴を退治〜したなら〜」


「星となった彼らに〜」


「星となった彼らに〜」


「笑顔で挨拶を送ろうよ〜」


「星と同じ数の犠牲者にレクイエムを歌おう〜」


「星と同じ数の生きている私たちが〜声をそろえてさ〜」


「歌おう〜おう〜おう〜〜」


「ニャカニャ……」


「ワン!」


「どう? 良い歌でしょ? 私いつも泣いちゃうのよ」


「涙を拭いてさ、また頑張って生きていこうと思えるのさ。意地悪で邪悪なあいつらの毛を刈り上げるなんて僕には出来ないけどさ。くしゃみしてるあいつらの顔を想像して心で笑ってやるんだ。痛快だよ。……ほんとだよ」


「……愉快に決まっているわ! 私から彼女の歌をとったら何が残るというのよ。蹴られて石を投げられて絶望の慟哭を叫ぶしかないのよ」


「アワイちゃんの歌が無ければ僕はただの捨て犬の野良犬で汚くて臭くて狂犬病にかかって死ぬのを待つだけの存在だよ」


「棄てられたぼろ切れのように吐息をつくのよ〜」


「僕を針金で巻き付けたのは彼〜僕に花火をぶつけたのはあなた〜僕に熱湯を笑いながらかけてきたのは〜あいつ〜」


「生まれなきゃ良かった!〜私が何をしたの〜」


「どうして僕を産んだんだ!〜僕が何をしたというの〜」


「夢見てたの〜あの人の手を舐めてあげたいと願っていたの〜あの人に頭と体を触って欲しかったの〜」


「君の笑顔が好きだ〜優しく抱きしめてくれる小さな手〜」


「遠い記憶〜」


「淡い記憶〜」


「すべてが甘い思い出〜昔見た春の夢〜」


「春の夢〜」


「私の左目が見えなくなって〜希望を見失っていたわ〜どうやら私は海賊みたいに隻眼なのね〜みんなが私を避けるのよ〜いきなり石をぶつけてくるわ〜」


「ああ〜針金のあとが痛い〜」


「逃げないで〜私を優しく見つめて〜ほしい〜」


「僕を抱きしめて〜ほしい〜」


「明日なんか〜嫌いだった〜」


「朝日なんか〜嫌いだった〜」


「いつもの暗い夜に歌を教えてくれたのはあなた〜」


「見るものすべてが輝き出した〜」


「淡い恋の歌〜」


「淡い勇気の歌〜」


「淡い勝利の凱歌〜」


「私の星が見える〜」


「僕の星が見える〜」


「私たちの〜希望の星が〜ほら〜見える〜」


「今日は月が綺麗だな」


「今日は月明かりが美しいわね」


「今日はおやすみ」


「今日はおやすみ」


 イチョウの葉っぱが、泣き濡れた勇気の眠る片目に、そっとキスをするようにくっつきました。あと、いくつ寝ると桜の花が咲くのでしょう。


「今日はおやすみ」


「今日はおやすみ」





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