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四君子の時間


 ほんの少し昔の話になります。


 この海辺にある町の夜は、明かりが一つもない真っ暗闇となります。真夜中の海鳴りは、なにゆえこんなにも恐ろしいのでしょうか。皆が肩をすくめて押し黙る激しい轟音は、敵対する軍隊のように険悪で気味が悪いったらありゃしません。

 窓がビリビリと鳴ります。まるで鬼神によって過去に犯した罪を激しく責められているかのようです。

 罪の大小、有無により人々のその反応は様々です。全く罪を犯していない者であっても、心に不安を抱えていると、荒々しい鬼神の声に激しく身を切られてしまいます。

 光が希望の象徴であるのなら、今は希望の見えない暗闇です。

真っ暗な夜を耐え抜いた時に、敵の軍隊や鬼神の怒鳴り声に聞こえたゴー、ゴーという波風の騒音は、義勇軍の勝ち鬨のように頼もしいものへと変わるのです。

 義勇軍が凱歌を歌い帰る頃の空は、蘭の花と同じで淡い紫色をしています。

 敵の軍隊が先に去り、義勇軍が後に去り、浜辺には愛らしい子どもの声がはじけます。

 チュン、チュンと鳴く雀の声を合図に海辺にある町の人々は目を覚まします。

 開け放たれた窓からは朝げのあたたかい香りが砂浜いっぱいに広がります。

 お味噌汁の、だいこん、ねぎ、おとうふ、まめなどのいい香りが混じり合い、おねぼうさんたちもようやく朝の支度を受容します。隙間無く建てられた家々から仕事に出かける男と、手を振り男を見送る女と、元気よく家々から飛び出す子どもたちに溢れています。



 あの子は菊姫じゃ。

元気いっぱい真昼の太陽を浴びて走り回っておる黄色が大好きな子よ。



 灯台の裏に住む歳のころはいくつくらいだろうか。一人のお婆さんが観光客にそう言った。


 あの子は蘭姫じゃ。

義勇軍が慕い集う、おしとやかで紫色が大好きな子よ。


お婆さんが言う義勇軍とは、やはり風のことだろう。はしゃいでいる菊姫たちを、静かに笑みを湛えて眺めている紫色の服を着た子どもがいる。


 あの子は梅姫じゃ。

海に沈む太陽みたいに最後まで1人を見守る心が優しい赤色が大好きな子よ。



 指を差した先には、赤いカチューシャを差した子どもが駆け回っている。



 あの子は蓮姫じゃ。

どんな暗闇にあっても悪魔が忍び寄れない光の色を持った白色が大好きな子よ。


元気に笑っている白くかわいい服を着た子どもには両腕がなかった。


 いつも4人は仲良しじゃ。


そう言うと観光客を残して屋敷に姿を消した。


 おしとやかな蘭姫がいじめられると、元気いっぱいの菊姫がいじめっ子をやっつけた。



「あたしと相撲しよ。あたしが勝ったら、もういじめるな」



「はっけよい! のこった!」


 黄色のまわしをしめた菊姫は、えいやと、いじめっ子を海に放り投げた。



「ざまあ、み!」


 菊姫は、おぼれたいじめっ子を笑った。


 赤いカンザシを差した梅姫は、おぼれた子を助けにいった。


「だいじょうぶかえ?」


「んだ。菊姫にはまいった 海に投げるもんな」


 すると梅姫は、やさしく言った。


「バカおっしゃい。あんたは相撲に負けたのよ」


 梅姫はホホホと笑った。

 笑われて怒った犯人は、ねころがったままで、ポカリと梅姫の顔をたたいた。


「やいやい! おまえのことをいじめたる」


 犯人は、そういうと、ポカポカと梅姫の顔をたたいた。


「泣いても菊姫はおらんぞ。やーい、やーい」


 梅姫は泣きながら砂浜を歩いた。

そこに蓮姫がやってきて声をかけた。

茜色をした夕空の下で、一対の影法師がおどる。


「だいじょうぶかえ?」


「犯人が顔を叩いたんだ! 助けてあげたのに」


 蓮姫は、心優しい梅姫をそっとなでてあげたかったが、なでてあげる手がない。


「いっしょに帰ろ」


「うん」


 二人は並んで歩いた。


 次の日、犯人はたくさんのともだちを連れてやってきた。


 菊姫はいった。


「犯人のともだちは、みんな犯人だ!」


「相撲しよう!」


 いじめの犯人は、ともだちをつれて、15人で菊姫に飛びかかった。


「おめえら、それじゃあサッカーじゃねえか」と梅姫がいった。


「サッカーより多いでねえか」と蘭姫も負けずに言った。


「そんなもん相撲じゃねえ」と蓮姫も頑張った。


 すると、悪魔という女の子が


「おめえ相撲とる手がねえじゃないか」と言った。


 犯人たちは、みなでハハハと笑い


「ちげえねえ、ちげえねえ」と口々に笑った。


 この悪魔はアナウンサーになったが、


「おめえは人の気持ちが わからんバカモンだ」と、社長に怒られて泣いた。


 白い帯をしめた蓮姫は、うつむいて、1人で家に帰ってしもた。


 黄色いまわしをしめた菊姫は、悪い犯人を、ミュ、ミミミ、ミーンと全部、海に投げ込んだ。


 赤いカンザシを差した梅姫はまた、海に入って犯人たちを助けた。


 犯人たちはまた、梅姫の顔をポカポカとたたいた。


 梅姫はまた、泣いた。


 そこに


「だいじょうぶかえ?」


と、紫色の服を着た蘭姫が声をかけて、梅姫の背中をさすった。太陽は梅姫を抱きしめるように、虚空を唐紅からくれないに染めぬいた。


「いっしょに帰ろ」


「うん」


 2人は手をつないで家に帰った。


 菊姫は、両手の無い蓮姫を心配して、蓮姫の家の前まで来て大きな声でこう言った。


「おーい! レンちゃん。だいじょうぶかえー!」


 しかし、家からは返事がありません。


「おーい! だいじょうぶかえー!」


 すると、家の戸が、ガラガラッ!と大きな音を立てて開いたから、菊姫はびっくり仰天した。


「ハレマ。おばさん、レンちゃんは元気かえ?」


「キクちゃん、レンは毒をのんでしもた。目ぇさまさへんのよ」

と蓮姫のお母さんはシクシク泣いた。


 元気いっぱいだった菊姫は、何も話せずにずっと

「 ぽつねん 」

と1人で立っておった。


 蓮姫の家の前で

「 ぽつねん 」

と立っておった。


 真っ暗になって家の電気が切れた後も、何もせずに、

「 ぽつねん 」

と立っておった。


 しばらくすると、


「キクー! キクやーい!」と、菊姫のお母さんの声がした。


 ずっと動けなかった菊姫は、お母さんの声を聞いて涙がポロポロと流れた。


「かあちゃん。かあちゃん。かあちゃん。レンちゃんが」


 菊姫は、お母さんに今日の話を全部話した。


「キクや、ちゃんとあの子たちにはバチが当たるんよ。間違いなく当たるんよ。明日には、あたらんかもしれん」


 菊姫のお母さんは鼻水を拭いた。


「だけんど、30年丁度が経った時に、いじめたバチは絶対に当たります」


「ウソじゃ! ごまかしてもあかん」


「ウソじゃない。その証拠にね。お父さんが死んだのよ」


 菊姫は、涙をためた目でお母さんを見た。


「今日はね、お母さんの誕生日だろ。30年前に、お父さんとお母さんは犯人だったのよ」


「お母さんとお父さんは、いっしょになって竹姫という子をいじめたのよ。竹姫は毒を飲んで……」


「死んだの?」


「いいえ、生きているわ灯台の裏に……」


「あのおばあちゃん?」


「そうよ、あのおばあちゃんは、おばあちゃんみたいだけど、おばあちゃんじゃないのよ。私の同級生なのよ」


「目が見えないのは、まさか?」


「そうよ、毒のせいよ」


と、菊姫のお母さんはうつむいた。


「お母さんのバカ! 私は、お母さんと縁を切ります。犯人のお母さんがキラいです」


 そう言い残し、菊姫は遠くの山奥に1人で出ていきました。


 菊姫のお母さんは、ショックで死んでしまいました。

 その頃、梅姫は犯人の家の前にいました。


「犯人いますか?」


「ほえ? うちの子だったらおらんよ」


「あの子のせいで蓮姫は毒を飲んだのです」



 すると、母はニヤニヤと笑いこう言いました。


「勝手に毒のんだだけやのに。うちの子のせいにするかえ? 証拠もないのにアワワワワ」とアクビした。

 梅姫は腹が立って、包丁で刺した。のん気なあくびは、弱々しいラッセルとなった。


「レンや、カタキはとったけえね」


 梅姫は包丁を着物に隠してフラフラと、川の向こうの町に行きました。


そのころ蘭姫は、村中の人たちに、


「犯人に蓮姫が殺されました。犯人を捕まえてください」


と、泣いてお願いしてまわった。


 しかし、誰も相手にしてくれず、蘭姫は悔しくて悔しくて泣きました。


「早よ、捕まえてもらわなば」


 蘭姫は、1人で都に出向いた。犯人を捕まえてもらうために。


 それから、29年の時が流れた。蓮姫は、意識がまだ戻りません。菊姫は、洞窟にこもり勉強を続けております。梅姫は、蓮姫のおおきなおおきな絵を描き続けております。蘭姫は、都で大臣となっています。一年後、蘭姫は、いじめをしたら死刑にする法律を作りました。菊姫は、小説を書き上げました。たくさんの人が読んでくれました。梅姫は、蓮姫の絵を完成させた後、血を吐いて死にました。蓮姫は、意識を取り戻し、菊姫と蘭姫と竹姫と一緒に楽しく暮らしました。




おしまい。

四君子…しくんし.海鳴り…うみなり.轟音…ごうおん.淡い…あわい.罪…つみ.

荒々しい…あらあらしい.鬼神…きじん.凱歌…がいか.支度…したく.娘…むすめ.

黒黒…くろぐろ.波風…なみかぜ.闇…やみ.紺色…こんいろ.薄まる…うすまる.

軍隊…ぐんたい.険悪…けんあく.義勇軍…ぎゆうぐん.気味の悪い…きみのわるい.

騒音…そうおん.勝ち鬨…かちどき.頼もしい…たのもしい.変化…へんか.最期…さいご.

両軍…りょうぐん.去り…さり.浜辺…はまべ.鳴く…なく.雀…すずめ.合図…あいず.

海辺…うみべ.開け放たれた窓…あけはなたれたまど.匂い…におい.混じり…まじり.

朝げ…あさげ.受容…じゅよう.隙間…すきま.溢れています…あふれています.真昼…まひる.

お婆さん…おばあさん.菊姫…きくひめ.観光客…かんこうきゃく.蘭姫…らんひめ.

静かな…しずかな.笑み…えみ.湛えて…たたえて.眺めて…ながめて.梅姫…うめひめ.

沈む…しずむ.蓮姫…はすひめ.浴びて…あびて.灯台…とうだい.慕い…したい.集う…つどう.

優しい…やさしい.駆け回っている…かけまわっている.暗闇…くらやみ.忍び寄れない…しのびよれない.

屋敷…やしき.悪魔…あくま.両腕…りょううで.相撲…すもう.犯人…はんにん.茜色…あかねいろ.

一対…いっつい.影法師…かげぼうし.砂上…さじょう.頑張った…がんばった.帯…おび.

紫色…むらさきいろ.虚空…こくう.唐紅…からくれない.毒…どく.真っ暗…まっくら.

電気…でんき.全部…ぜんぶ.鼻水…はなみず.拭いた…ふいた.丁度…ちょうど.絶対…ぜったい.

証拠…しょうこ.涙…なみだ.同級生…どうきゅうせい.縁…えん.残し…のこし.返事…へんじ.

びっくり仰天…びっくりぎょうてん.間違い…まちがい.裏…うら.遠く…とおく.腹…はら.

包丁…ほうちょう.刺した…さした.異常…いじょう.呼吸音…こきゅうおん.着物…きもの.

隠し…かくし.向こう…むこう.村中…むらじゅう.泣いて…ないて.お願い…おねがい.

悔しくて…くやしくて.早よ…はよ.捕まえて…つかまえて.都…みやこ.意識…いしき.

洞窟…どうくつ.戻りません…もどりません.勉強…べんきょう.続けて…つづけて.

描き続け…かきつづけ.大臣…だいじん.死刑…しけい.法律…ほうりつ.完成…かんせい.

吐いて…はいて.取り戻し…とりもどし.一緒…いっしょ.暮らし…くらし.



波風…波と風

闇…夜の暗いこと

険悪…道路、天気、人心などがけわしくわるいこと

義勇軍…有志自らが結成した正義と勇気の軍団

気味の悪い…気持ちが悪い、心持ちが悪い

騒音…さわがしく、やかましい音。不必要な音、障害になる音

勝ち鬨…戦争に勝った時、一斉にあげるトキの声。凱歌。

頼もしい…まかせておいて安心である。

浜辺…浜のほとり

海辺…海のほとり

朝げ…朝の食事

受容…受け入れて取り組むこと。

隙間…物と物との少しのあい間。

湛える…満たす。あふれるほど持つ。

眺める…一カ所を長い間見る

灯台…塔状の航路標識のひとつ。夜間は光で出入港船舶に港口の位置や危険個所、陸地の遠近、所在を示す。

カンザシ…女性が頭髪に差す装飾品。

慕う…会いたく思う。なつかしく思う。理想的な人物などに対してそのようになりたいと願い望む。

集う…寄り集まる。

駆ける…はやく走る。

暗闇…人目につかない所。暗い所。暗い時。

忍び寄る…相手が気づかないうちにそっと近づく。

屋敷…家屋を構えた1区域の地。田畑、家屋も含めも言う。

悪魔…残酷、非道な人のたとえ。

茜色…茜の根で染めた色。赤色のやや沈んだ色。暗赤色。

一対…二個で一組となること。

影法師…光が当たって障子や地上にうつった影。

砂上…砂の上。

虚空…天地の間のなにもない所。

唐紅…濃くて美しい紅。深紅色。韓紅からくれない

ミュ、ミミミ、ミーン…「ミ」は、3人投げたという意味。「ミ」が五回で15人。

証拠…証明の根拠。

びっくり仰天…非常に驚いている。

ラッセル…呼吸器の異常音。

呼吸器…肺および気道。

敵討カタキうち…主君、近親、朋友などのアダを討ち果たすこと。復讐フクシュウ

早よ…早く。

都…帝王の宮殿がある場所。首都。都会。

意識…環境の主観的反映として時間的・空間的に限定されている、と考える。

洞窟…岩石中に生じた空洞。

死刑…生命を断つ刑罰。

法律…広義では「法」。狭義では「国会で制定された規範」。憲法、条約などと区別される法の一形式。

縁…人と人との相互の関係。

ゆかり。原因を助けて結果を生じさせる作用。

因果の間に縁が入って因縁果。例えば、いじめたら(原因)、その人間はダメになる(結果)。いじめた人間が反省して生きる(縁)ことで結果が変わる。

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