ハロウィン連続殺人事件
20XX年、10月。
世間はハロウィン一色の中、本物の幽霊も真っ青な事件が起こった。
後に、ハロウィン連続殺人事件と呼ばれる事件である。
最初の事件は、都市部にあるT区のラブホテルにて起こった。
あるラブホテルの一室で、
利用時間を過ぎても利用客が出てこないのを不審に思った従業員が、
当該の部屋を訪ねた。
扉をノックし、声をかけた。
「お客様、ご利用時間を過ぎています。
延長を希望されない場合は、早急にご退出をお願いします。」
しかし部屋の中からは返事どころか物音一つしない。
仕方がなく、従業員は部屋のドアノブを回した。
鍵は掛かっていなかったという。
部屋のドアを開けた途端、のっぺりと濃い匂いが漂っていた。
甘い匂いは、ホテル備え付けのアロマキャンドルの匂い。
しかし匂いはそれだけではなかった。
鉄臭い、誰もが一度は嗅いだことがあるであろう匂いが濃く立ち込めていた。
血液である。
それも大量の血溜まりを床に作るほどの。
そしてその血溜まりの中に、若い女がうつ伏せに倒れていた。
「ひっ!誰か!誰かぁー!人が死んでる!」
すぐに警察が呼ばれ、現場は立入禁止とされた。
警察は事件当日がハロウィンだったことから、
市民への動揺を防ぐため、事件の情報を制限した。
規制線に集まる野次馬には、ただのボヤだと説明した。
実際に消防車もやってきていたことから、
まさか警察が嘘をついているとは誰も思わなかった。
このように警察は徹底的な情報の管理を行った。
事件現場となったラブホテルの従業員には、
犯人から狙われるかも知れない、という理由から、
警察の施設に囲い込み、外部と連絡することも許さなかった。
事件現場では、指紋採取や写真撮影などが行われていた。
するとこの事件には、奇妙な点が数多く見られた。
まず、被害者の女性は20代と見られ、半裸、あるいはほぼ裸。
しかも身体には性交した痕跡が遺されていた。
死因は背中から刺された包丁。心臓を一突きであった。
遺体への干渉は最小限で、金品などはそのままであった。
このことから警察は、犯人は女性と性交する目的でラブホテルに連れ込み、
その後、何らかの事情から女性を殺害したと推理した。
しかしそれには不可解な点が見られた。
まず、被害者の女性は全裸か半裸だったのだが、乱暴された形跡がなかった。
性交の跡にも衣服にも、乱れは一切無く、
全ては女性が自らの意思で衣服の着脱を行ったように見られた。
犯人と共にラブホテルに大人しく入店していることからも、
当初は犯人は殺意を示さなかったものと見られる。
あるいは、犯人は突発的に犯行に及んだのか。
それには反対する痕跡が見られた。
それは、犯人は女性を殺害後、相当の時間、
殺害現場のラブホテルの部屋に留まっていたと見られるからだ。
犯人は女性の死体のある部屋で何をしていたのかは不明。
ただし、女性が殺害されたにしては、
現場に遺された血痕がいささか少ないことが指摘された。
ラブホテルの監視カメラには、たくさんの利用客の姿が映っていた。
この日はハロウィンだったこともあり、
利用客がコスプレをして訪れることも多く、
犯人も被害者もハロウィンのコスプレをしていて、
人相や詳しい背格好などは不明だった。
また、各部屋を映した監視カメラは、画質が悪く、
人相どころか体型すらわからない程度のものだった。
このようにしてT区のラブホテル殺人事件は、
当日がハロウィンであることも考慮して、
一般には公表されなかった。
遺族にも、事件のことを口外しないよう、
警察から強い要請があった。
これは、もしも容疑者を確保した時に、
犯人しか知り得ない情報を用意するためである。
そのため、被害者の家族も、渋々了承したのだった。
しかしこの警察の決定は、必ずしも良策とは言えなかった。
犯人が警察を嘲笑うように、次の事件が起こったのである。
次の事件は、S区のやはりラブホテルで起こった。
その日は連休で、ラブホテルの利用者も多かった。
そんな中、またしても利用時間が終わっても利用客が部屋を出ない。
不審に思った従業員が部屋の中を調べると、
やはり血溜まりの中にうつ伏せに倒れている女性の死体を発見した。
死体にはやはり性交の跡があり、半裸の状態だった。
背中には心臓を一差しする包丁が突き刺さっていた。
事件現場にやってきた警察は、死体の様子を見たが、
情報の秘匿のみを指示するだけで、
この時点ではまだ連続殺人であることを考えていなかった。
と、言うのも、ラブホテルで痴情のもつれから殺人に至るケースはままある。
また、凶器が包丁であるというのも、珍しくはなかったからだ。
突発的な犯行がたまたま続いたのであろう。
警察の殺人事件に対する膨大な経験が、
事件の連続性に気が付くのを返って遅れさせた。
遺体の周囲の血痕がいささか少ないことも、
犯人が証拠隠滅を図ろうとして諦めたのであろうということにされた。
ラブホテルの監視カメラには、
やはり犯人の顔や体格はわからない格好で姿が映っていた。
都市部のラブホテルで連続殺人が起こった。
警察は関係者に口止めをしていて、遺族は従っていたが、
ラブホテルの関係者は素直に従ってはいられない。
何しろ、一度悪い噂が立てば、ラブホテルなど簡単に潰れてしまう。
だから都市部のラブホテルの関係者たちの間では、
情報源は不明という形で、密かに殺人事件が起こっていることが広まっていた。
その点においては、警察よりもラブホテル関係者のほうが、
先に連続殺人の可能性について気が付いていた。
警察が連続殺人の可能性について気が付いたのは、次の事件からであった。
都市部のG区にあるラブホテルで、またもや女性の死体が見つかった。
死体には性交の跡があるが暴行の跡はなく、
また、死因は背中から心臓へ包丁で一突き、
死体からはいくらかの血液が持ち去られた形跡があった。
財布などの金品は触れられてもいないのも今まで通り。
同一犯であることを全く隠そうともしていない殺害現場だった。
警察はここになってようやく連続殺人の可能性に気が付いた。
警視庁により対策本部が設置され、大勢の警官が捜査にあたった。
しかし今までの殺害現場は、ラブホテルの一室ということで、
既にもう片付けられてしまっていて、後からの捜査は難航した。
事件当時の捜査資料によれば、殺害現場に犯人の遺留物は皆無。
性交の跡はあったが、コンドームを使用していたと思われ、
犯人の残留物は持ち去られていた。
また、殺害現場に残っていた毛髪や繊維片は、全て被害者のものばかり。
犯人がよっぽど気を付けて遺留物を遺さないようにしたか、
あるいは遺留物そのものがなかったのか、判断がつかない状況だった。
時期は既にハロウィンをとっくに過ぎていて、
町の喧騒は平時のものに戻っていた。
ただ警察と都市部のラブホテル関係者だけが、事件を秘密裏に警戒していた。
時は少し空いて、年末、大晦日。
警察やラブホテル関係者の警戒を他所に、新たな事件は発生した。
今度の事件もまた、都市部のラブホテルであった。
前の事件から時間が開いていたことや、
大晦日から元旦にかけての二年参りなどの警戒に追われ、
警察やラブホテル関係者の対策が緩んだところだった。
事件現場は、組合などにも所属していない古いラブホテルで、
半裸の女性、背中から心臓を一突き、金品に手を付けない、
というところまでは変わらないのだが、その他が少し変わっていた。
今までの事件では被害者の血液が奪われていたが、今回は爪が奪われていた。
付け爪などではなく、生爪が剥がされていた。
詳しい検査の結果、殺害後に生爪を剥がして持ち去ったらしい。
何故急に取っていくものが変わったのか?
警察には皆目見当がつかなかった。
犯人の痕跡だけが皆無なのが、連続犯で事を示しているかのようだった。
次の事件は間を置かず、数日毎に数件起こった。
殺害現場は都市部のラブホテルというのはいつも通り。
被害者は比較的若い女性。
性交の跡があるが暴行の跡はなし。
死因は心臓を刃物で後ろから一突き。
金品には一切手をつけていない。
ところが一つ前の事件から、奪われるものが次々変わっていた。
生爪を剥がされた事件の次は、歯をすべて抜かれていた。
そしてその次は長髪だったはずの髪の毛が切られていた。
まるで人体を部品にして集めているようだった。
この辺りになると、警察の捜査も進み、一つの仮説が生まれていた。
犯人は、女性の身体を部分に分けて収集しているのではないか。
しかしこの仮説では、
犯人が被害者の胴体を持ち去っていない理由が説明できなかった。
だが、この警察の推理が真実を射ていたことが、やがて明らかになる。
年が明けて二ヶ月近く。
年明けに事件が連続して以降、犯人の動きはぱったりと途絶えた。
それは平和なことには違いないのだが、
事件が終わったことを証明するものではなく、
またこれまでに殺害された被害者たちが浮かばれるわけでもなく、
遺族たちからは事件がこのまま風化するのではとの懸念が出ていた。
そんなある日、警察に一本の電話がかかってきた。
電話の主は、T大学の教授を務める男であった。
「学生が提出した卒業制作の様子がおかしいので、警察に調べて欲しい。」
というのが電話の内容であった。
電話の主の教授は、電話では説明が難しいと話し、要領を得なかった。
とにかく警官が通報に従い、T大学のキャンパスを訪れた。
校舎の中に案内された警官は、異様なものを目にすることになった。
T大学では他の大学同様、卒業を迎える学生には、
卒業制作として自作の美術作品を提出させることになっていた。
そして今年度も卒業制作の学生自作の美術作品が多数提出された。
その中の一つに、「愛の人」と称された作品があった。
制作したのはT大学の学生の一人、碩忠男という男子学生だった。
碩は甘いマスクと巧みな話術で学生たちに人気があり、
特に女子学生の間ではファンクラブができるほどであった。
その碩が卒業制作として提出したのは、裸婦像だった。
裸婦像それ自体は珍しいものではない。
では何が珍しいのかと言うと、
白い石膏で作られた裸婦像の全身が、赤黒く塗られていたのだ。
前衛芸術であろうか?いや違う。
教授が違和感を持ったのと同様、
最初に碩の裸婦像を見た警官もまた違和感を持った。
すぐに応援が呼ばれ、T大学のキャンパスの周りは警官だらけになった。
そして、その対応は正しいものだったと、すぐにわかることになる。
碩が提出した、愛の人と称された裸婦像。
その真っ赤に塗られた塗料が何なのか。
さらに詳しく見てみると、裸婦像の手には、付け爪が付けられていた。
付け爪の正体は不明。少なくともありふれた市販品ではない。
頭部に植えられている髪の毛も正体不明。
いや、もう誰もがその正体に気が付いていた。
皆が顔を青くする中で、笑顔なのは碩本人だけだった。
警察は今T大学のキャンパスの中にいる誰一人、
その場を動かないように言った。
もちろん、裸婦像に関係する教授と碩もである。
数時間後。
警察の簡易検査の結果が出た。
警察の検査はまだ簡易的なものであるが、
碩の制作した裸婦像について、驚くべき結果が出た。
裸婦像に塗布された赤黒い塗料は、人の血であった。
しかも複数の女の血を継ぎ足して使ったと思われる。
また、裸婦像に付けられた付け爪は、人間の女の生爪だった。
頭に植えられた頭髪も、人間の女の髪の毛。
つまりこの裸婦像は、人間の身体を部品のようにして装飾されたものだった。
これらはどこの誰から採取したものなのか。
すぐに警察は碩を問いただしたが、明瞭な回答は得られなかった。
警察は碩に対して任意同行を求めた。
しかし碩は頑なに拒否したので、
仕方なく警察は逃亡あるいは証拠隠滅のおそれありとして、碩を緊急逮捕した。
容疑は殺人、死体遺棄、および死体損壊である。
警察に逮捕された碩は最初、一切の証言を拒否した。
「芸術のわからぬものに私の言葉は届かない。」
と、繰り返すのみだった。
しかし、警察の厳しい追求、それから両親と学校の教授らの説得により、
碩はようやくその重い口を開いた。
碩忠男は芸術に魅せられていた。
いつの頃からか、碩は芸術以外のことを考えられなくなっていた。
そんな碩が美術で有名なT大学に進学したのは必然。
しかしそこで碩が目にしたのは、予想とは違う光景だった。
キャンパスにいる学生たちが芸術に触れるのは授業の間だけ。
授業が終われば、集まりにコンパにと遊んでばかり。
何故ならT大学はエリートの集団とされ、
入学して卒業さえすれば、一流企業への就職が約束されていたから。
だから学生たちは、キャンパスライフを精一杯謳歌することを考えてばかり。
美術について語り合う仲間を探しても、そんな学生はいなかった。
だから碩はいつも授業が終わると、一人空き教室で作品制作に没頭していた。
そして様々なテーマの芸術作品を制作した。
幾日も幾日も一人で。
そしてある時、碩は人の愛というものを知りたくなった。
幸い、碩は容姿に恵まれていたので、女には困らなかった。
しかし、同じT大学の女や、紹介された他の学校の女を抱くたび、
その女たちが芸術とは程遠い、快楽の従事者でしか無いことに落胆した。
そして碩は決心する。
そんなものに価値はない。価値があるとすれば、
芸術作品の材料としてくらいだ。
それから、碩の素材集めが始まった。
女にラブホテルに誘う甘い言葉をかけると、簡単についてきた。
せめて苦しませまいと、殺す時は一撃で殺した。
そして、自己の卒業制作である裸婦像の材料とするため、
血や生爪や髪の毛など、人体を部品として集めていった。
そうやって完成した裸婦像を、満を持して提出した碩は、
またもや落胆に見舞われることとなった。
卒業制作を見た教授は、その美しさに感動することもなく、
ただ異様さのみを注目して、警察に連絡するという背信行為をした。
「誰も芸術を理解しない!
T大学の学校の学生たちを見てみろ!
芸術だのと言っているのはうわべだけ。
みんな遊び呆けているではないか!
そんな連中など、芸術の材料にする以外にどんな利用方法がある!?」
碩は取り調べでそう激昂していた。
碩は芸術の才能に恵まれていた、恵まれすぎていたのだ。
だから凡人の存在を許せなかった。
もちろん、そんなことは人間社会では許されない。
警察は碩の家を家宅捜索し、裸婦像を作った時に余ったであろう材料を入手。
検査の結果、今までに殺害された被害者たちとDNAが一致したため、
碩を連続殺人犯として逮捕したのであった。
碩の犯した罪は裁判で罪の大きさを決めるにはあまりに大きすぎた。
だから碩を担当した弁護士はもっぱら、碩の責任能力の有無を争点にした。
碩は精神に問題があり、事件を起こした責任能力がなかったというのである。
しかし警察は碩が問題なく学校に通学していたことや、
心神耗弱にしては事件の件数が多すぎるとして、責任能力があると主張、
裁判官もそれを支持した。
碩に下された判決は死刑。
碩は、裁判は芸術的でないとして、控訴を拒否。そのまま死刑が確定した。
碩は、自らの死刑が執行される時、一つだけ要望を出した。
「私が首を括られるところを、絵にして遺して欲しい。」
本来、死刑囚の要望が通ることはあまりないが、
今回は碩が裁判で争わずに罪を素直に認めたということで、
特例として碩の死刑執行の姿を絵にして残すことに決めた。
そうして死刑は執行され、碩は首吊りにされた。
「私が死んでも、芸術は死なず・・・!」
碩の死に際の遺言を聞いた人間はいなかった。
しかし。
死んでゆく碩の姿を絵に描いていた刑務官は、
自らの内に目覚めていくものに支配されていった。
「そうか、これが芸術というものだったのか。」
芸術は人を惑わせ、人から人へと伝染していく。
碩は死刑となったが、碩の理念は死なず。
その理念は次の芸術を芽生えさせようとしていた。
終わり。
ふと、昔の未解決事件などを調べていて、
空想の未解決事件を作ってみようと思い、この話を書きました。
せっかく読んでもらったのに、犯人不詳ではすっきりしないので、
未解決事件ではなく、きちんと事件は解決させることにしました。
しかし人間の異常性は伝染していくもの。
ハロウィン連続殺人事件は、本当に解決したのでしょうか。
お読み頂きありがとうございました。




