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【第5章完結!】「愛はない」と言われた契約妻ですが、子供たちを愛でるのに忙しいので旦那様は空気として扱います  作者: 月雅
第5章

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第9話 準備万端



 廊下を歩く使用人たちの足音が、いつもより軽快に弾んでいる気がした。


 暦は秋になり、木々の葉が色づき始めている。

 予定日まではあと少し。

 私のお腹はすっかり大きくなり、足元が見えないほどになっていた。


「奥様、ベビーベッドの組み立てが終わりました」


 満面の笑みを浮かべた若いメイドが報告に来た。

 私は彼女に支えられながら、子供部屋の隣に新しく用意された「赤ちゃんの部屋」へと向かった。


 扉を開けると、そこには真っ白なベビーベッドが置かれていた。

 最高級の木材を使い、職人が手彫りで装飾を施した逸品だ。

 ふかふかの布団が敷かれ、準備万端整っている。


「素敵ね。これなら赤ちゃんもぐっすり眠れそう」


 私がベッドの柵に触れると、後ろから賑やかな足音が近づいてきた。


「ママ! 僕たちの準備もできたよ!」


 ルカとリナが、それぞれ大きな箱を抱えて入ってきた。

 中には、以前からコツコツと作っていたプレゼントが詰まっている。


「これは、僕が作ったおもちゃ箱!」

「リナはね、えほんをたくさんあつめたの!」


 ルカが作った木箱は、カイド様に手伝ってもらったのか、思ったよりも頑丈で綺麗な仕上がりだった。

 リナが集めた絵本は、彼女がお小遣いを貯めて買ったものや、自分が読み終わったお気に入りの本だ。


「ありがとう。二人のおかげで、赤ちゃんは退屈しないわね」


 私が褒めると、二人は誇らしげに胸を張った。

 もう、赤ちゃんを迎えることへの不安はないようだ。

 すっかりお兄ちゃん、お姉ちゃんの顔になっている。


 その時、部屋の隅にある小さな棚に目が留まった。

 そこには、見覚えのないベビー用品が並べられている。

 真っ白な産着、小さな靴下、そして可愛らしい帽子。

 どれも手編みで、とても丁寧に作られている。


「あら? これは……」


 私が手に取ると、背後に控えていたセバスチャンが、珍しく咳払いをした。


「……コホン。それは、その……使用人一同からの、ささやかな贈り物でございます」


「使用人一同?」


 私は編み目を見た。

 一目一目、丹精込めて編まれた跡。

 そして、この独特の幾何学模様。

 これは、セバスチャンが冬になると自分の手袋を編む時に使う模様だ。


「セバスチャン。……これ、あなたが編んだのでしょう?」


 私が指摘すると、執事は顔を真っ赤にして狼狽えた。


「め、滅相もございません! わ、私はただ、仕上げを少し手伝っただけで……」


「嘘おっしゃい。こんなに綺麗な編み目、あなたにしかできませんわ」


 私がにっこりと笑うと、セバスチャンは観念したように肩を落とし、そして照れくさそうに頭を掻いた。


「……お恥ずかしい限りです。老後の手習いで始めたことですが、つい夢中になってしまいまして」


「恥ずかしいことなんてありません。とても素敵よ」


 私は小さな靴下を頬に当てた。

 温かい。

 羊毛の温もりだけでなく、作り手の愛情が伝わってくるようだ。


「ありがとう、セバスチャン。大切に使わせてもらうわ」


「……恐悦至極に存じます」


 セバスチャンが深く頭を下げる。

 その目尻には、嬉し涙が光っていた。

 かつては冷徹な管理主義者だった彼が、こんなにも温かい心を持っていたなんて。

 人は変われるのだと、改めて実感する。


 夜。

 カイド様が帰宅し、私たちは寝室でくつろいでいた。

 彼は私の膨らんだお腹に耳を当て、赤ちゃんの心音を聞くのが日課になっている。


「……元気だな。今日もよく動いている」


「ええ。もうすぐ会えますね」


「ああ。……待ち遠しい」


 カイド様は顔を上げ、私の手を握った。

 その表情は穏やかだが、瞳の奥には微かな緊張が見える。

 出産は命がけだ。

 彼にとって、愛する人を失うかもしれないという恐怖は、まだ完全には消えていないのだろう。


「大丈夫ですよ、カイド様」


 私は彼の手を両手で包み込んだ。


「私たちはチームですもの。カイド様と、ルカ様と、リナ様と、セバスチャンと……みんながついていますから」


「……そうだな」


 彼は私の手を強く握り返した。


「俺も、覚悟を決める。……何があっても、君と子供たちを守り抜く」


 その言葉は、彼自身に向けた誓いのようでもあった。


「そうだ、見せたいものがあるんだ」


 カイド様が立ち上がり、クローゼットから何かを取り出した。

 それは、小さな木馬だった。

 丁寧に磨き上げられ、手触りの良い滑らかな木肌をしている。


「これは……」


「俺が作った。……仕事の合間に、少しずつな」


 彼が照れくさそうに言う。

 不器用な彼が、こんなに精巧なおもちゃを作れるようになるまで、どれほどの時間をかけたのだろう。

 指先には、小さな切り傷や肉刺がいくつもできていた。


「カイド様……」


「ルカたちには内緒だぞ。あいつらに見つかったら、『パパばっかりずるい』と言われそうだからな」


 悪戯っぽく笑う彼の顔を見て、私は胸がいっぱいになった。

 この人は、本当に変わった。

 氷の辺境伯と呼ばれた男が、今では世界一の愛妻家で、子煩悩なパパだ。


「素敵です。……赤ちゃん、きっと喜びます」


 私は木馬を撫でた。

 そこには、父親としての不器用で、深い愛情が込められている。


 準備は整った。

 物質的なものだけではない。

 心の準備も、環境も、すべてが完璧だ。

 あとは、その時を待つだけ。


 窓の外では、秋の風が木々を揺らしている。

 もうすぐ冬が来る。

 けれど、この屋敷の中は春のように温かい。


 私はお腹の子に語りかけた。

 安心して出ておいで。

 ここには、あなたを愛してやまない人たちが、こんなにもたくさん待っているのだから。


 カイド様が私を抱き寄せ、私たちは静かな夜を過ごした。

 満ち足りた静寂の中で、新しい家族を迎える喜びを分かち合いながら。


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