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【第5章開始!】「愛はない」と言われた契約妻ですが、子供たちを愛でるのに忙しいので旦那様は空気として扱います  作者: 月雅
第5章

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第5話 夏のピクニック



 湖の青さが、空の青と溶け合っていた。


 領地の北部に位置する「白鳥の湖」は、夏の避暑地として知られる場所だ。

 水面は鏡のように静かで、周囲を囲む森の緑を映し出している。

 そよ風が吹くたびに、水面がキラキラと光の粒を撒き散らす。


 今日は久しぶりに私の体調が良く、天気も快晴だったので、家族でピクニックに来ていた。


「わあ、お魚がいるよ!」

「ルカ様、あまり身を乗り出すと危ないですよ」


 湖畔で遊ぶ子供たちを、ソフィア先生が見守っている。

 彼女も今日はいつもの堅苦しいドレスではなく、少し動きやすい服装だ。

 眼鏡の奥の瞳が、柔らかく細められている。


 私は木陰に敷かれたシートの上で、クッションに寄りかかっていた。

 隣にはカイド様が座り、私の肩を抱いている。


「……気持ちいいですね」


「ああ。ここなら涼しいし、空気も綺麗だ」


 カイド様が満足げに頷く。

 彼は今日、執務を完全にオフにして、ただの夫として、父親として振る舞っている。

 そのリラックスした横顔を見ているだけで、私も幸せな気持ちになる。


「エレナ。お茶のお代わりはどうだ?」


 セバスチャンがポットを持って控えていた。

 彼もまた、今日は執事服ではなく、少しカジュアルなベスト姿だ。

 それでも背筋が伸びているのは職業病だろうか。


「いただきます。……セバスチャンも、座って一緒にいかが?」


「滅相もございません。私は皆様が楽しんでおられる姿を見るのが、何よりの楽しみでございますから」


 セバスチャンは目を細め、子供たちの方を見た。

 その視線は、まるで孫を見るおじいちゃんのようだ。

 彼が密かにベビー用品を作っていることを、私は知っている。

 夜な夜な自分の部屋で、小さな靴下や帽子を編んでいるらしいのだ。

 まだ本人には言っていないけれど、そのうち驚かせてあげようと思っている。


「ママ! お花摘んできたよ!」


 リナが駆け寄ってきて、シロツメクサの花冠を私の頭に乗せてくれた。


「まあ、素敵。ありがとう、リナ様」


「アカチャンにも、あげる!」


 リナは私のお腹に、もう一つの小さな花冠を乗せた。

 その優しさに、胸がキュンとする。


「リナは優しいお姉ちゃんになるわね」


「えへへ。……ルカお兄ちゃんはね、魚釣りしてるの!」


 見ると、ルカがカイド様に作ってもらった釣り竿を垂らして、真剣な顔で水面を見つめていた。

 その横顔は、カイド様にそっくりだ。

 集中すると周りが見えなくなるあたりも。


「……釣れるかな」


 私が呟くと、カイド様がニヤリと笑った。


「この湖の主は手強いぞ。俺でも苦戦したことがある」


「あら、カイド様も釣りをなさるんですか?」


「昔な。……父に連れられて、よく来たものだ」


 カイド様が遠い目をする。

 彼にも、子供時代があったのだ。

 厳しい教育の中で、父親と過ごした数少ない思い出の場所なのかもしれない。


「今度はあなたが、ルカ様に教えてあげる番ですね」


「ああ。……そうだな」


 カイド様は立ち上がり、ルカのもとへ歩いていった。

 背後から抱えるようにして、竿の持ち方を教えている。

 大きな背中と、小さな背中。

 その重なりを見ていると、時が繋がっていくのを感じる。


 愛は継承される。

 不器用でも、言葉足らずでも。

 一緒に過ごす時間の中で、確実に伝わっていくのだ。


 しばらくして、ルカの竿が大きくしなった。


「あっ! かかった!」


「慌てるな、ルカ! 竿を立てろ!」


 カイド様の声が響く。

 ルカが必死にリールを巻く。

 水面が激しく波打ち、銀色の魚影が跳ねた。


「釣れたー!」


 見事なニジマスだ。

 ルカが釣り上げた魚を掲げ、満面の笑みでこちらを振り返る。


「ママ! 見て! 釣れたよ!」


「すごいわ、ルカ様! 大物ね!」


 私が拍手すると、ルカは誇らしげに胸を張った。

 カイド様も、息子の頭をくしゃくしゃに撫でている。


 その光景は、あまりにも平和で、美しかった。

 かつての殺伐とした屋敷が嘘のようだ。

 私たちは今、確かに幸せの中にいる。


 お昼ご飯は、セバスチャンとメイドたちが用意してくれたサンドイッチだった。

 外で食べる食事は、どうしてこんなに美味しいのだろう。

 つわりの気持ち悪さも忘れて、私は久しぶりにたくさん食べた。


「美味しい?」


 リナが心配そうに聞く。


「ええ、とっても。……赤ちゃんも喜んでいるわ」


 私が言うと、リナは安心したように笑い、自分のサンドイッチにかぶりついた。


 食後の昼下がり。

 子供たちは遊び疲れて、シートの上でお昼寝を始めた。

 ソフィア先生も、木陰で本を読みながらウトウトしている。

 セバスチャンは片付けをしているが、その手つきは静かだ。


 私とカイド様は、並んで湖を眺めていた。


「……来てよかったな」


 カイド様が静かに言った。


「ええ。心からリフレッシュできました」


「君の笑顔が見られて、俺も嬉しい」


 彼が私の手を握る。

 その掌は、いつも温かい。


「カイド様」


「ん?」


「私、今が一番幸せです」


 私が告げると、彼は少し驚いたように目を見開き、そして優しく微笑んだ。


「……俺もだ。君と出会えて、本当によかった」


 私たちは言葉もなく、ただ寄り添っていた。

 風が渡る音、鳥の声、子供たちの寝息。

 すべてが愛おしい。


 この幸せを守るためなら、私は何でもできる気がした。

 これから生まれてくる新しい命も、きっとこの幸せな世界を愛してくれるはずだ。


 湖面がキラキラと輝いている。

 それはまるで、私たちの未来を祝福しているかのようだった。

 私はカイド様の肩に頭を預け、穏やかな眠気に身を委ねた。

 夢の中でもきっと、私たちは笑っているだろう。


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