第6話 小さな応援団
「ママ! これ、見て!」
リナの元気な声が、沈みかけた私の心を引き上げた。
屋敷の別棟に設けられた避難所。
私は日課の見回りをしていたのだが、足取りはどうしても重い。
カイド様からの連絡が途絶えてから、領内には重苦しい空気が漂っている。
不安、焦燥、そして絶望。
大人の顔には、そんな感情がありありと浮かんでいた。
けれど、子供たちは違った。
「まあ、素敵ね。折り紙の花束?」
リナが差し出したのは、色とりどりの折り紙で作られた、少し不格好だが愛らしい花束だった。
「うん! みんなで作ったの!」
リナが指差す先には、ルカを中心とした子供たちの輪があった。
十数人の子供たちが、ラグの上に座り込み、一生懸命に手を動かしている。
その顔は真剣そのものだが、瞳には恐怖ではなく、何かに熱中する輝きがあった。
「エレナお母様」
ルカが顔を上げ、少し照れくさそうに言った。
「これ、騎士様たちに渡そうと思って」
「騎士様たちに?」
「うん。……守ってくれてありがとうって」
ルカの言葉に、私は胸が熱くなるのを感じた。
不安なのは、この子たちも同じはずだ。
父親が戦場にいて、連絡もない。
それでも、自分たちにできることを探して、動いている。
「いいアイデアね。きっと喜ぶわ」
私が頭を撫でると、ルカは嬉しそうに笑った。
「よし、みんな! もっとたくさん作ろう! パパたちが帰ってきた時、びっくりさせるんだ!」
「おー!」
子供たちが元気に声を上げる。
その声は、避難所に籠っていた大人たちの耳にも届いたようだ。
沈んでいた老人や、涙を浮かべていた母親たちが、驚いたように顔を上げる。
「……元気ねぇ、子供たちは」
「ああ。あんなに小さいのに、気丈なことだ」
大人たちの顔に、少しだけ生気が戻る。
子供の笑顔には、不安を吹き飛ばす力がある。
ルカとリナは、無意識のうちに「小さな応援団」として、避難所の空気を変えていたのだ。
その時、入り口の方でざわめきが起こった。
「お、おい! あれを見ろ!」
「騎士様だ! 巡回の騎士様だぞ!」
アレン率いる警備隊の一人が、休息のために立ち寄ったようだ。
泥と煤にまみれた鎧。
疲れ切った表情。
彼らもまた、不眠不休で屋敷の守りを固めている。
ルカが立ち上がり、完成したばかりの折り紙のメダルを持って駆け寄った。
「騎士様! お疲れ様です!」
「うおっ!? ……ル、ルカ様?」
突然のことに驚く騎士に、ルカはメダルを差し出した。
「これ、あげる! 僕たちが作った勇気のメダルだよ!」
「ゆ、勇気のメダル……?」
「うん! これを持ってると、強くなれるんだって!」
リナも続いて、折り紙の花を一輪渡した。
「どうぞ! いい匂いはしないけど、枯れないよ!」
騎士は呆気に取られていたが、やがてその汚れた顔に、くしゃりとした笑みが広がった。
彼は膝を突き、二人の目線に合わせる。
「……ありがとうございます。これは、どんな勲章よりも値打ちがありますな」
彼は愛おしそうにメダルを胸に当てた。
「俺たちが守っているのは、この笑顔なんだと……改めて思い出しました。力が湧いてきます」
その言葉を聞いて、周囲の騎士たちも顔を見合わせ、力強く頷いた。
疲労で曇っていた瞳に、再び闘志の火が灯る。
「そうだ。俺たちがへばってちゃ、かっこつかないよな」
「ああ。旦那様が戻られるまで、絶対にここを死守するぞ!」
騎士たちの士気が一気に高まった。
それを見ていた避難民の大人たちも、何かに突き動かされるように立ち上がり始めた。
「私らも、何か手伝うことはないかね?」
「炊き出しの準備ならできます!」
「薪割りくらいなら任せろ!」
誰かが声を上げると、次々に手が挙がる。
ただ守られるだけの存在から、共に戦う仲間へ。
その意識の変化を引き起こしたのは、たった二人の幼い子供たちの、純粋な「応援」だった。
私は目頭を押さえた。
この子たちは、本当にカイド様の子だ。
人々を導き、勇気を与える資質を持っている。
「エレナ」
いつの間にか、アレンが隣に立っていた。
彼もまた、ルカたちを見て目を細めている。
「……素晴らしいお子様たちですね。旦那様が命懸けで守りたくなるのも、分かります」
「ええ。……私の自慢の子供たちよ」
私は胸を張って答えた。
「アレン。戦況はどう?」
「……依然として厳しい状況です。ですが、屋敷の防衛に関しては万全です。士気も上がりましたし、あと一週間でも二週間でも持ちこたえてみせますよ」
アレンの言葉は力強かった。
カイド様からの連絡がない不安は消えない。
けれど、ここで諦めている者は誰もいない。
全員が、カイド様の帰還を信じて、それぞれの持ち場で戦っているのだ。
「ルカ様、リナ様」
私は子供たちを呼んだ。
二人は騎士たちとの交流を終え、満足げな顔で戻ってきた。
「ありがとう。あなたたちのおかげで、みんな元気になったわ」
「えへへ、ほんとう?」
リナがはにかむ。
「うん! パパにも教えてあげたいな」
ルカが北の空を見上げる。
その瞳は澄んでいて、一点の曇りもない。
「パパは絶対に負けないもん。……だって、僕たちが応援してるんだから」
根拠のない自信かもしれない。
でも、その言葉には不思議な説得力があった。
離れていても、想いは届く。
この「小さな応援団」の声援は、きっと風に乗って、戦場にいるカイド様のもとへ届いているはずだ。
「そうね。……パパに聞こえるように、もっと大きな声で応援しましょうか」
「うん!」
私たちはテラスに出た。
夕焼けに染まる空に向かって、三人で手を繋ぎ、思い切り叫んだ。
「パパー! がんばれー!」
「まってるよー!」
「あいしてるわー!」
声が風に溶けていく。
それは祈りであり、誓いであり、そして愛のメッセージだった。
その時。
一陣の風が吹き抜け、私の髪を揺らした。
その風の中に、懐かしい気配を感じたような気がした。
武骨で、不器用で、けれど誰よりも温かい、あの人の気配を。
(……聞こえたかしら)
私は胸のペンダントを握りしめた。
大丈夫。
私たちは繋がっている。
どんなに離れていても、この空の下で、同じ月を見上げているのだから。
夜が来る。
けれど、もう怖くはない。
屋敷には希望の灯りがともり、人々の心には勇気が満ちている。
私たちは待つ。
最強の騎士が、愛する家族のもとへ帰還するその時を。
「よし、ご飯にしましょうか。今日はシチューよ」
私が言うと、子供たちは「やったー!」と歓声を上げて食堂へと走っていった。
その背中を見送りながら、私はもう一度だけ北の空を見上げた。
待っています、カイド様。
あなたの帰る場所は、私たちが守っていますから。




