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【第5章開始!】「愛はない」と言われた契約妻ですが、子供たちを愛でるのに忙しいので旦那様は空気として扱います  作者: 月雅
第4章

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第4話 銃後の守り



(焦ってはいけない。今こそ、冷静になるのよ)


 私は大きく深呼吸をして、執務机に広げられた地図と書類の山に視線を落とした。


 カイド様が出陣してから三日が経過した。

 北の砦からは、定期的に伝令が届いている。

 『前線にて魔獣の群れと接触』

 『現在、交戦中』

 短い報告書からは、戦場の緊迫感が肌を刺すように伝わってくる。


 屋敷の空気も、ピリリと張り詰めていた。

 使用人たちは不安を隠せない様子で、それでも気丈に日々の業務をこなしている。

 彼らの不安を取り除くこと。

 そして、万が一の事態に備えて領地を守り抜くこと。

 それが、領主代行である私に課せられた使命だ。


「奥様、備蓄倉庫の確認が終わりました」


 セバスチャンが入室し、報告書を差し出した。

 彼の顔には疲労の色が見えるが、その目は力強い。


「食料、水、燃料、医薬品。……現在の備蓄量で、籠城戦になった場合でも二ヶ月は持ちこたえられます」


「二ヶ月……十分ね。でも、油断はできません」


 私は報告書に目を通しながら、ペンを走らせた。


「避難民の受け入れ準備はどうなっていますか? 北部の村々から、すでに避難が始まっていると聞いています」


「はい。屋敷の別棟と、領内の教会を開放しております。炊き出しの準備も整いました」


 セバスチャンの手際の良さは流石だ。

 しかし、私はさらに指示を加えた。


「子供とお年寄りを優先して、屋敷の安全な区画へ誘導してください。それと、避難所には娯楽室を設けること」


「娯楽室、でございますか?」


「ええ。ただ安全な場所に詰め込むだけでは、不安で心が疲弊してしまいます。特に子供たちには、遊びが必要です」


 前世の知識が役に立つ。

 災害時において、心のケアは衣食住と同じくらい重要なのだ。

 不安が伝染し、パニックになるのを防ぐためにも、少しでも日常に近い環境を作らなければならない。


「積み木や絵本、折り紙を用意して。……ルカ様とリナ様にも手伝ってもらいましょう」


「なるほど……左様でございますね。かしこまりました」


 セバスチャンが感心したように頷く。


「それから、アレン。警備体制の確認を」


 私は部屋の隅に控えていた副官に声をかけた。


「はい。現在、屋敷の外周に二重の結界を展開し、騎士たちを二十四時間体制で配置しております。……ネズミ一匹通しません」


「頼もしいわ。……でも、魔獣は空からも来る可能性があるわよ」


 私が指摘すると、アレンはハッとした顔をした。


「空……ですか」


「ええ。飛行型の魔獣が防衛線を飛び越えてくるかもしれない。対空監視を強化してちょうだい。それと、屋根の上にも弓兵を配置して」


「! ……盲点でした。直ちに手配します!」


 アレンが敬礼し、部屋を飛び出していく。

 私はふぅ、と息をついた。

 カイド様がいない今、私が判断を間違えれば、多くの命が危険に晒される。

 その重圧に押し潰されそうになるけれど、弱音を吐いている暇はない。


 コン、コン。

 控えめなノックの音がして、扉が開いた。


「ママ、お仕事まだおわらないの?」


 顔を出したのはリナだ。その後ろにルカもいる。

 二人とも、少し寂しそうな顔をしていた。

 カイド様がいなくなってから、私は執務室に籠りきりで、あまり遊んであげられていない。


「ごめんなさいね。もう少しだけ待っててくれる?」


 私は椅子から立ち上がり、二人のもとへ歩み寄った。

 しゃがんで目線を合わせ、頭を撫でる。


「パパが頑張っている間、ママも頑張らないといけないの」


「うん、わかってる。……でも、つまんない」


 リナが唇を尖らせる。

 ルカは我慢しているようだが、やはり不安そうだ。

 子供たちにとっても、この非日常はストレスになっている。


「そうだわ。二人にお願いがあるの」


 私は切り出した。


「これから、屋敷にたくさんのお友達が来るのよ。北の村から避難してくる子供たち」


「おともだち?」


「ええ。でもみんな、怖くて泣いているかもしれないわ。だから、あなたたちに元気づけてあげてほしいの」


 ルカの目が輝いた。

 自分に役割が与えられたことが嬉しいのだ。


「僕、やる! 折り紙、教えてあげる!」


「リナも! お菓子わけてあげる!」


「ありがとう。……頼りにしているわ、小さな騎士様たち」


 二人は元気よく敬礼し、部屋を出て行った。

 その背中を見送りながら、私は胸の奥で祈った。

 どうか、この子たちの笑顔が曇ることのないように。

 カイド様、無事でいてください。


 夜になり、屋敷は静まり返った。

 私は自室の窓から、北の空を見上げた。

 遠くで稲光のような閃光が見える。

 雷ではない。魔法の光だ。

 あそこで、今も戦いが続いているのだ。


 眠れそうにない。

 カイド様が隣にいないベッドは、あまりにも広くて冷たかった。

 彼の体温、匂い、寝息。

 当たり前だったものが失われると、こんなにも寂しいなんて。


(会いたい……)


 弱気な本音が漏れそうになるのを、ぐっと飲み込む。

 私が弱気になってどうする。

 彼は命懸けで戦っているのに。


 私は机に向かい、ペンを取った。

 彼に手紙を書こう。

 届くかどうかわからないけれど、私の想いを文字にして、心の支えにするために。


『カイド様へ。

 屋敷は無事です。子供たちも元気です。

 今日はルカ様が、避難してきた子供たちに折り紙を教えてあげていました。

 リナ様は、自分のおやつを分け与えていました。

 二人とも、あなたの自慢の子供たちです』


 筆を走らせるうちに、少しだけ心が落ち着いてくる。


『私も頑張っています。あなたが安心して帰ってこられる場所を守るために。

 ……寂しいけれど、泣いたりしません。

 だって、私はあなたの妻ですから』


 書き終えて封をする。

 これをいつ渡せるだろうか。

 明日かもしれないし、一ヶ月後かもしれない。

 それでも、必ず渡せると信じている。


 その時。

 ドォォォォン……!

 地響きのような音が、遠くから聞こえた。

 窓ガラスがビリビリと震える。


「……!」


 私は立ち上がり、窓の外を凝視した。

 北の空が、赤く燃えている。

 魔獣の群れが放つ火炎か、それとも騎士団の魔法か。

 どちらにせよ、激戦が繰り広げられている証拠だ。


「カイド様……」


 祈るように名前を呼ぶ。

 どうか、無事で。

 傷ついてもいい、生きて帰ってきてくれれば。


 私は胸元のペンダントを握りしめた。

 王都で買った、ヴォルグ・ブルーのサファイア。

 その冷たい感触が、私に冷静さを取り戻させる。


 私は部屋を出た。

 寝ている場合ではない。

 使用人たちや避難民が動揺しているかもしれない。

 領主代行として、私が皆を安心させなければ。


 廊下に出ると、不安そうな顔をしたメイドたちとすれ違った。


「奥様……今の音は……」


「大丈夫よ。カイド様が戦っている音だわ。……私たちが信じなくてどうするの?」


 私は毅然と言い放った。

 その言葉に、メイドたちの表情が少しだけ和らぐ。


「さあ、温かい飲み物を用意して。避難所の方々も怖がっているでしょうから」


「は、はい!」


 皆が動き出す。

 立ち止まってはいられない。

 恐怖に飲み込まれる前に、動くこと。

 それが、銃後を守る唯一の方法だ。


 私は屋敷中を歩き回り、指示を出し、励ましの声をかけた。

 その姿は、かつての「か弱い令嬢」ではない。

 辺境伯家を支える、一人の女主人の姿だった。


 夜明けはまだ遠い。

 けれど、必ず朝は来る。

 その時、勝利の凱歌と共に彼が帰還することを信じて、私は戦い続ける。

 この場所で、私のやり方で。


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