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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――「積読本」に罪悪感を抱いたら?

作者: 小山らいか
掲載日:2025/11/25

 私は、フリーランスの校正者をしている。

 作業場はもっぱら自宅だ。少し大きめの作業机にはデスクトップのパソコン。その横には校正必携や教材制作会社から支給された教科書などの資料が並ぶ。横に置いたアルミラックには、A3対応のプリンターと、受注票や伝票類などがびっしりと置かれている。

 作業机の横には小さめの本棚がある。そして、本棚の前には入りきらない本の山。

「積読」という言葉がある。「積ん読」とも書き、「つんどく」と読む。広辞苑(第5版)によると、「書物を読まずに積んでおくこと(「つんでおく」と読書のドクとをかけた洒落)」と説明されている。要するに、読みたいと思って買ったはずなのに、読まずにただ積まれている本の山のことだ。あなたにも、経験がありませんか?

 この場で私はたびたび自分を「プライベートで本を読まない校正者」と書いているが、いちおう興味のある本を手に入れたいという欲求はある。芥川賞や直木賞を受賞した作品や、ドラマや映画になって注目された作品など。とくに、校正に関する本などはいくつも買って持っている。じつは『舟を編む』などもそう。その時点では読む気満々なのだ。

 ところが、手に入れてしまうと安心してそのまま積んでしまう。今、ちょっと締め切りがきついんだよね。そんな言い訳を自分にしながら、この仕事が終わったらゆっくり読もうなどと考える。でも、ひとつの仕事が終わるとまた次の仕事が入って作業を始める。じゃあ、いつ読むのか。「今でしょ」と例の先生の声が聞こえてきそうだが、なかなかそうもいかない。本の山を横目で見ながら、罪悪感も一緒に積まれていく。

 この「積読」という言葉は、じつは江戸時代からあったそうだ。『書物語辞典(第3版)』(古典社、1939年)のなかに、「江戸時代すでに、朗読、黙読、積置を書の三読法と称した」との記述がある。現代のみならず、江戸の時代から、人々は本を欲求のままに買い、そして読まずに積んでいたのだろうか。そんなことを想像すると、何だか江戸の人びとに親近感を覚える。

 ちなみに、校正者は自分の校正した本に対してどんなふうに向き合っているのか。これは、人によって対応がだいぶ違う。

 校正プロダクションの事務所には、校正を依頼された出版社から献本(校正した本ができあがったもの。見本)が届く。遠方に住んでいて事務所に来ない人もいるので、この献本を欲しいかどうか、メールなどで意思確認をする。すると、「私はこれとこれの校正をしたので、送ってほしい」と連絡をしてくる人もいれば、「私は自分の校正した本はいっさい要りません」という人もいる。確かに、校正した本を全部もらっていると、家のなかはすぐに献本が積み上がってしまう。家族からは白い目で見られる。ただでさえ、辞典類や必要な資料が多いのに、献本まで積んでいたらさすがに肩身が狭いだろう。

 私はといえば、どちらかというと後者だ。愛着がない、というわけではないが、時には過去に校正した本の内容をすっかり忘れてしまっていることもある。以前、ある資格試験関連の本の校正をしているとき、「へえ、こんな本あったんだ。知らなかったなあ」などと思って読んでいたら、2年前に校正した本の改訂版だった。思わず苦笑い。人は、こんなにも簡単に忘れられるものなんだな。そういえば、「人は覚えるより忘れるほうが難しい」という言葉をどこかで見かけたことがある。これは特技か、はたまた弱点か。

 前回AIについて書いたが、AIに大量の情報を学習させる際にも「忘れる」という過程は大切なのだそうだ。あまりにも専門的なので詳しい話は省略するが、AIが学習するためのある仕組みのなかには「入力ゲート」「出力ゲート」のほかに「忘却ゲート」というのがある。「忘却ゲート」は、入力された情報をもとに、保存されているデータをどれだけ忘れるかを決定する。この過程があることで、膨大な情報のなかから、必要なものを取捨選択して残していくことができ、情報の質を高い水準で保てる。

「積読本」に対してつねに抱いているこの罪悪感も、買って読んでいないことを覚えているからであって、いっそのこと忘れてしまえばいいのかもしれない。いや、さすがにそれは違うか。

 本を書店で買ったときにつけてくれるブックカバー。三省堂のブックカバーには、こんな文言があったそうだ。

 ――積読本の量は、知的好奇心の量である。

 なんて美しい言葉だろう。一瞬にして心を射抜かれてしまった。そうか、私の横に鎮座するあの山の高さは、知的好奇心の量だったのね。三省堂のブックカバーにはほかにも「あなたを心地よく傷つける。そんな言葉が本にはある」「第一印象が悪い人ほど、あとで親友になれたりする。本だって、同じかもしれません」といった、思わず惹きつけられてしまうような言葉がごく小さな文字で書かれている。大量の言葉を扱う書店という場で、こんなかたちで素敵な言葉に出会えるなんて、幸せだなと思う。

 2022年5月8日、三省堂神保町本店は建て替えのため一時閉店した。そのさい、ビルの正面に大きな懸垂幕がかけられた。そこには、こんな文字が。

「いったん、しおりを挟みます。」

 去り際の言葉も秀逸だ。来年再オープンしたら、ぜひ新たな「積読本」を探しに行こう。  


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