うらみ
松尾がカナエと関係を持ったのは、半期に一度のキャンペーンの打ち上げが行われた夜の事だった。
同じ会社とはいえ販売促進部の松尾と総務部のカナエは、打ち上げの席でたまたま隣に座るまで互いの存在を知らなかった。
三十くらいか? 結構、イケてる女だ
それがカナエを見た時の第一印象だった。
だから打ち上げが終わり帰り支度をしている彼女に、松尾はささやいた。
「二人で飲みに行こうよ」
二軒目に行きその後は自然な流れでホテルに行った。
それで終わりのはず、だった。
だが翌日、昼休みになりコンビニに弁当を買いに行こうと会社を出たところで、彼は呼び止められた。
「松尾さん」
「え? あ? 昨日の・・」
「お弁当を作ってきたの、公園で一緒に食べましょ」
「・・」
弾む様な笑顔のカナエを見て松尾は悟ったのだ。
面倒な女に手を出してしまった・・
「悪い、俺、忙しいから」
とその場は断ったが、カナエは翌日も、そのまた翌日も手作り弁当持参で待ち構えていた。
そして五日目、ウンザリして彼は言った。
「あのさ、こういうのやめてくれる。迷惑だからさ」
「なんで私たち、付き合っているのに」
「俺はそのつもりは無いよ」
「でもホテルに行ったじゃない」
「大人だから体だけの関係もあるだろ」
「ひどい」
カナエは松尾に弁当箱を投げつけると泣きながら走り去った。
それで終わりのはず、だった。
だが三ヶ月後、カナエはまた弁当持参で立っていた。
「松尾さん、話があるの。公園でお弁当を食べながら話しましょう」
有無を言わさない、彼女の強気な態度にイヤな予感がした。
カナエは公園に着くと弁当箱をひろげながら言った。
「喜んで、赤ちゃんが出来たの」
「・・・・」
「嬉しいでしょ」
「本当か?」
「ええ、嬉しいでしょ」
「・・堕してくれ」
「え?」
「もう一度言う、堕してくれ」
「ひどい」
カナエはまた泣きだした。
シクシク、シクシク・・
松尾はまゆをひそめた。
さっきからずっとカナエは泣き続けている。
彼はため息をつくと言った。
「病院に行く時は一緒に行くから」
カナエは頭を振った。
「手術代も払うから」
カナエは再度、頭を振り
シクシク、シクシク・・泣きながら去って行った。
それが松尾の見た、カナエの最後の姿だった。
カナエは翌日、首をくくった。
そして三ヶ月後。
松尾はカナエの墓前にいた。
花を手向け手を合わせる姿はやつれて見える。
彼は祈っていた。
頼む、俺を許してくれ
もう、恨まないで成仏してくれ
これ以上、俺を苦しめないでくれ
彼はずっと墓に手を合わせていた。
すっかり日も落ちた頃に松尾は自宅マンションに着いた。
その彼を管理人が呼び止めた。
「松尾さん」
「あ、はい」
「またクレームがきてて、何とかなりませんか」
「スミマセン」
「毎晩、泣き声が聞こえてはクレームがきて当たり前です。何とかして下さい、お願いしますよ」
「スミマセン」
頭を下げながら逃げる様に部屋に入った松尾は暗い室内で耳をそばだてた。
頼む、もう泣かないでくれ
だが彼の祈りはむなしく、それは聞こえて来るのだった。
「オギャー」
赤ん坊の泣き声であった。




