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最終警鐘、鳴らされるはずだった音

 日本列島が沈黙し、報じられない真実が波動のように広がっていく――。


 第4章以降、物語はついにメディアと政権の核心へ。そして「想定外」はもはやフィクションではなくなるかもしれません。

 陰謀論と思われるのか、それとも未来の予告となるのか。

 この物語は、今を生きる私たち一人ひとりの「受け止め方」に委ねられています。


 なお、本作は完全なフィクションであり、実在の人物・団体・地名・事件とは一切関係ありません。どうかご理解のうえお楽しみください。

第4章 沈黙の列島

第一節 画面越しの真実

 8月24日午後9時――

 凍鷺夢生は、東京都内の地下にある簡易スタジオにいた。

 天井の低いコンクリート打ちっぱなしの空間。壁には電波遮断シートが貼られ、ネット回線は3系統同時配信に切り替えている。

 彼は、ついに覚悟を決めていた。

 (この国はもう、沈黙を前提に作られている)

 ここ数日、大手新聞もテレビも、連日「地震・豪雨は気候変動とプレートの自然活動によるもの」と繰り返していた。

 NHKをはじめとする公共放送では、専門家と称する人物たちが「人工的災害など陰謀論にすぎない」と断言していた。

 だが夢生の手元には、それを覆すだけの情報があった。

 人工地震と見られる波形データ。

 焼かれたソーラーパネルの熱線痕。

 人工降雨ミサイルと見られる飛翔物の映像。

 そして、千葉・福岡・長崎を結ぶ見えない軌道。

 「もう、誰かが止めてくれるのを待ってはいられない」

 夢生はマイクの前に座り、深く息を吸った。

 パソコンの前で、3つのライブ配信ボタンが点灯していた。

 YouTube、NeoCast、そしてバックアップの匿名動画サイト。

 夢生は、静かに言葉を放ち始めた。

 「こんばんは、凍鷺夢生です。

 今日は、政府もメディアも決して語らない話をお届けします」

 映像の中で、夢生は時系列に沿って事実を語った。

 鳥取の異常地震から始まり、カムチャッカとの連動、ソーラーパネル火災、九州の人工豪雨、そして見えない兵器の存在。

 彼の語りは淡々としていたが、画面のチャット欄はすぐに騒然となった。

 〈人工地震なんてあるわけない〉

 〈でも、あの焼け跡は確かに不自然だった〉

 〈本当にそんな兵器あるの?どこから撃ってんの?〉

 〈テレビでは絶対に見れない話〉

 〈これ、消されるぞ……〉

 そして夢生が、政府と大手メディアの癒着構造に踏み込んだその時だった。

 「なぜテレビ局は、福岡の観測塔を映さないのか。なぜ新聞は、国会での質問封じを報じないのか。なぜ――」

 画面が、暗転した。

 突然、配信システムがダウンし、ネット回線が切断された。

 非常回線のモバイルルーターまでもが再起動ループに陥っていた。

 夢生は凍りついた。

 (来たか……)

 その瞬間、スタジオの外でドアが開く音。

 静かすぎる足音。制服ではない、民間服の人影が3人。

 言葉を交わさず、無言で中に入ってこようとする。

 夢生はバッグを抱えて非常口から飛び出した。

 地下通路を走り、無人の駐車場を抜けたところで、耳元にインカムの声が響く。

 「こちら〈NEX〉、予定通り、B地点でピックアップする。あと30秒」

 反政府系ネットワーク〈NEXネックス〉。

 過去にも言論封殺に抗議する地下ジャーナルを支えてきた市民による非公式支援組織だった。

 黒のワゴンが滑り込むように現れ、夢生を乗せた。

 運転席の若者は、短く「間に合ったな」とつぶやくと、後方を確認もせずに発進した。

 助手席の女性がノートパソコンを広げ、夢生に見せた。

 「配信、録画データは分散アップロード中。完全には止められてません。10分以内に別ルートで世界中に届きます」

 夢生は深く座席に沈みながら、安堵の吐息を漏らした。

 だが、その表情に勝利の色はなかった。

 (これは、まだ入口にすぎない)

 都内を走る黒いワゴンの窓に、ネオンの光が滲んでいた。

 その中で夢生は、政治の深層で進むもうひとつの動きを思い返していた。


第二節 揺れる政権、濁る声

 凍鷺夢生の暴露動画は、わずか12時間で30万回を超える再生数に達していた。

 表のSNSではすぐに削除されたものの、地下フォーラムやP2P形式の動画配信ネットワーク上では拡散が止まらず、さまざまな言語に翻訳されて海外にも波及し始めていた。

 「一線を越えたな……」

 反政府ネットワーク〈NEX〉の拠点となる一室で、夢生は配信の影響を静かに見守っていた。

 視聴者の中には現役の消防職員、自衛官、さらには政界関係者を名乗る者まで含まれていた。

 それでも、日本のテレビは平常運転だった。

 朝のワイドショーでは、芸能人の不倫、秋の新作ドラマ、夏フェスの盛り上がり。

 そのどれもが今この国で起きている異常から視線を逸らすかのようだった。

 その裏で――政権は、確実に再編されつつあった。

 官邸周辺では、政権の中枢を支えてきた「強硬保守派」のリーダー格・神津照一の求心力が急速に低下していた。

 人工災害との関連を取り沙汰されたことが直接の理由ではない。

 だが、「何かが起きた」と感じる者は、すでに潮目を読んでいた。

 その一方で、国民政和党の若手リーダー・玉本仁志が、水面下で与党中間派との接触を進めていた。

 彼はかつて「中庸で国民感覚に近い政治家」として持ち上げられてきたが、近年では安全保障と公共衛生を天秤にかけるような発言で注目を浴びていた。

 今回の大災害に際しても、玉本は政府の初動対応を批判しながらも、メディアでは「連携と建設的対話が必要」と語るにとどめ、決して核心には触れなかった。

 「ワクチン型リスク管理の発想が災害にも必要です」

 「災害も、情報も、広がる前に封じ込めるのが現代国家の責任です」

 そう語る彼の姿は、穏やかで理知的に映る。

 だが夢生には、そこに潜む危うさが見えていた。

 (結局、安全の名のもとに、情報統制が強まっていく)

 国民にとって心地よい言葉を並べながら、言論の自由や市民の知る権利をじわじわと締め付けていく。

 それが玉本の理想国家像なのかもしれなかった。

 その日の夜。

 夢生のもとに、国会議員の元秘書を名乗る人物から連絡が入った。

 都内の喫茶店で密かに面会した彼は、低くこう告げた。

 「近く、内閣改造が行われます。神津氏は自主辞任という形になるでしょう」

 「次に入閣するのは、玉本仁志です。すでに中枢部で話はまとまっている」

 「そして、その人事には、ある民間企業の影が絡んでいます」

 夢生は身を乗り出した。

 「民間企業……どこだ?」

 男は、言葉を選ぶように一拍おいてから言った。

 「気象データと災害予測を扱う企業です。表向きは気象庁の協力会社。だが、裏では情報操作のソリューション提供元でもあります」

 「つまり、何を報じ、何を報じないかを決める権限を、政府と企業が一体で持ち始めているんです」

 夢生の喉が渇いた。

 水を口に運びながら、問いを発した。

 「その企業の正体は?」

 男は立ち上がり、コートの襟を整えながら答えた。

 「名前は出せません。ただ、名前が報じられない企業こそが、いまこの国を動かしている。

 そして次に動かすのは、空でも地面でもない。あなたの言葉です」

 男はそれだけ言い残し、喧騒の夜に消えた。


第三節 言葉の封殺、命の交差点

 8月25日。早朝の東京。

 街は何事もなかったかのように動き始めていた。通勤客、学生、観光客。

 だが、その雑踏の中に身を置きながらも、凍鷺夢生は透明な壁に囲まれているような感覚を抱いていた。

 (俺の声は、どこまで届いている?)

 前夜に録画された配信の再アップロードも、すぐに検閲された。

 YouTube、NeoCast、X(旧Twitter)すら、「違反報告」が殺到し、再生数は封じ込められていた。

 バックアップ動画が閲覧できるのは、もはや地下サーバーと外国のミラーサイトだけだった。

 夢生のスマホには、嫌がらせのメッセージが増えていた。

「でたらめばかり流してると消されるぞ」

「この国を混乱させたいのか?外国の手先か?」

「正義ヅラしても、ただの目立ちたがり屋だよな」

 その中に、ひとつだけ――奇妙なメッセージが混じっていた。

「あなたの本当の居場所を知っています」

 それが、脅しなのか、警告なのかもわからなかった。

 だが夢生は、すぐに荷物をまとめ、〈NEX〉の安全エリアへ移動する準備を始めた。

 エレベーターのボタンを押した瞬間、足元に違和感。

 わずかに、鉄の焼けたような臭いが漂っていた。

 反射的に後ろへ飛びのき、警戒して周囲を見渡す。誰もいない。音もない。

 そして、次の瞬間――

 「バンッ!」

 目の前の壁が突然、内側から破裂するように剥がれ、火花が散った。

 目撃者はいなかった。監視カメラは一時的に故障中と表示されていた。

 (やられた……!)

 夢生は無我夢中で非常階段を駆け下りた。

 脳裏に、あの元議員秘書の言葉がよぎる。

 >「次に動かすのは、空でも地面でもない。あなたの言葉です」

 その言葉を奪おうとする者が、すでに動き出していた。

 NEXの拠点にたどり着いた夢生は、息を切らしながらも、録音機を握りしめていた。

 胸ポケットに入れていたその小型デバイスだけが、爆発音直前の異音、周囲の足音、そして誰かの声を記録していた。

 〈記録:8月25日午前6時27分〉

 ――対象、確認。確保は見送り。次の段階に進む――

 それは、明確な監視者の声だった。

 夢生は、自分がいま「国家ではない何か」に追われていると確信した。

 公的機関では説明できない影――民間企業と政権中枢が結託した、言葉を潰す装置。

 だが、それでも彼は決して屈しなかった。

 その夜。NEXの支援のもと、夢生は再び地下配信に立った。

 ネット上の闇の回線に接続し、世界中の独立ジャーナリストたちとリンクを繋げた。

 彼の語る声は、翻訳され、ミラー配信され、各地のネットラジオ、ポッドキャスト、オープンソースメディアへと拡散していった。

 その配信の最後、夢生はこう締めくくった。

 「今、この国には、見えない検閲が張り巡らされています。

 報道は止められ、災害は隠され、声は潰される。

 でも――言葉は、止まりません。

 なぜなら、沈黙の列島に最も必要なのは、あなたの声だからです」

 カメラがフェードアウトする中、夢生の表情は険しさの中にも、強い光を宿していた。

 沈黙を破るのは、誰かの正義ではない。

 日常に潜む小さな違和感に耳を傾け、それを言葉にする、名もなき市民の声だった。



第5章 津波の記憶

第一節 再び、海が割れた

 2025年8月28日 午前4時16分――

 北陸地方、石川県能登半島沖を震源とするM7.9の巨大地震が発生。

 深さは12km、震源域は海底直下。数分後、気象庁は緊急津波警報を発令した。

 津波第一波は、地震発生からわずか7分後に石川県輪島市へ到達。

 高さは最大3.5メートル。

 第二波は福井県敦賀市沿岸、さらに10分後には新潟県佐渡島を包み込むように波が押し寄せた。

 ――それは、12年前の「3.11」を彷彿とさせる、静かで速い黒い壁だった。

 そのとき、凍鷺夢生は東京・赤坂の民間ビルの地下拠点であるデータの解析中だった。

 数日前、反政府ネットワーク〈NEX〉を通じて入手した国家安全保障会議の非公開文書。

 そのファイル名は、シンプルにこう記されていた。

「Protocol-F112:対日影響操作戦略(海域編)」

 夢生はその名を見た瞬間、寒気を覚えた。

 (これは、偶然じゃない――)

 解析されたログには、以下のような一文が含まれていた。

「複合戦略対象区域:北陸沿岸4県(石川・福井・新潟・富山)

対象人口:約550万人

想定最大効果:物理的被害+経済機能麻痺+メディア飽和による沈黙」

「2025年8月下旬、東アジア諸国の軍事演習に合わせた環境介入型技術の使用予定あり」

 文書の出所は不明。だがその注記には、「発信元:中国某研究機関・露通信経由」と記されていた。

 (中国とロシアが……手を組んでいる?)

 夢生は、震源データと人工地震特有の波形を照合した。

 明らかなズレが存在した。自然発生のプレート型地震ではなく、地殻の内部から突き上げるような波形。

 しかも、震源周辺では、震度の割に前震も余震も異常に少ない。

 「爆破型……それも、抑制された発震の形か?」

 彼の背筋を、かつてない悪寒が走った。

 そのとき、NEXスタッフの一人がモニターに駆け寄り、叫んだ。

 「富山湾、異常波高観測! 3メートル超えてます!漁船が流されてる!」

 映し出されたライブ映像では、岸壁に打ちつけられるように突進する濁流と、逆流していく車の列。

 住民がまだ逃げ切れていない中、放送局の中継車はなぜかすでに避難済みだった。

 (事前に知っていた?)

 夢生は、胸の中に湧き上がる疑問を押し殺し、再びモニターに向かった。

 そして、見落としていたログの末尾に、一行の付記があるのを見つけた。

「広報用要請:災害発生後、各種報道機関に対して地震は自然災害との論調を要請済。担当機関:広報管理局A班」

 それは、最初から説明の仕方まで用意されたシナリオだった。

 誰が、どこで、なぜ起こしたのか――その真実を一切語らせないまま、災害という名の攻撃が、日本列島を沈黙させていた。

 夢生は、机の上に広げた地図を睨んだ。

 北陸地方が狙われた理由。それは、そこが「地方の経済中枢」であり、東京や大阪とは違い、注目されにくく、だが痛手は深いからだ。

 「これは第2の3.11だ……でも、今度は誰かの意志が加えられてる」

 彼は録音機の録音ボタンを押した。

 そして、重い口調でつぶやいた。

 「この波は、ただの自然じゃない。意志ある津波だ――」


第二節 影を描いた設計者たち

 津波の速報が駆け巡る中、テレビは相変わらず「地震・津波は予測できない自然現象」として報じ続けていた。

 だが、凍鷺夢生の頭の中では、別の構造が組み上がりつつあった。

 (これは災害ではなく、計画された演出だ)

 夢生は国家安全保障会議の極秘文書「Protocol-F112」を再読していた。

 前節で目にした作戦概要の裏に、より詳細な担当者名とされる記載が存在していた。

「指揮系統:FS-CN-JP連携ユニット(匿名連絡網コード:SORA-LINK)」

「技術供与:民間合同研究体PACIFIC-GRID」

「調整責任:日本側戦略安全顧問MK-U」

 MK-U――そのイニシャルは、夢生にとって初めて見るものだった。

 政府関係者のどの名簿にも、報道資料にも該当する人物はいない。

 だが、その存在は、全体の設計図に深く食い込んでいた。

 (このMK-Uが、災害計画の中核……?)

 夢生は、かつて外務省に在籍していた知人に連絡を取った。

 「MK-U」という人物、またはそのコードネームに関連する記録がないかを尋ねた。

 30分後、返信が届いた。

 そこには、ごく短く、だが意味深な一文が記されていた。

「MK-U=幕僚級顧問(Military-Knowledge Unit)。正規名簿には載らない影の官僚。国際連携計画の和訳者」

 夢生はその言葉の意味を噛み締めた。

 つまりMK-Uとは、アメリカや中国、ロシアが設計した国際災害戦略を、日本国内向けに調整・実行に移す内部通訳者=実務エンジニアなのだ。

 しかもそれは一個人ではなく、「チーム」の総称。

 文書の中にはMK-U/3、MK-U/5といった番号表記もあった。

 彼らは、国の表舞台には現れない。

 だが確実に、情報を流し、判断を導き、災害の見せ方を整えていた。

 夢生は、Protocol-F112の最終ページにたどり着いた。

 そこには、次に狙われる地域として、こう記されていた。

「追加干渉予定:東海~南関東エリア/9月上旬予備計画」

「実験形式:多段階降雨+大気圧操作 → 土砂災害誘発シミュレーション」

「備考:首都圏インフラ遮断による広報遅延の検証を想定」

 夢生は息を呑んだ。

 まだ終わっていない。いや――これは始まりに過ぎなかった。

 震源の操作。津波の誘導。報道の抑制。政治の黙認。

 それらを一枚の設計図に描き起こした誰かが存在する。

 その誰か――国家を超えた戦略設計者たちが、この列島をひとつの実験場と見なしている。

 そのとき、NEXの通信オペレーターが夢生に紙を手渡した。

 それは暗号化された通信ログの解読結果だった。

「SORA-LINK通信:8月23日 21:14

JP-NO.3:北陸テスト完了。波形想定内。映像拡散コントロール有効。

CN-NO.1:了解。次フェーズ準備。MK-U/5指示待ち」

 夢生は、紙を握りしめたままつぶやいた。

 「……テスト完了だと?」

 災害は、テスト。

 津波は、演習。

 命は、数値化された検証対象。

 この国は、いま、見えない戦争の演算対象にされている。

 誰がいつ沈むのか、誰がいつ黙るのか――すべては計算済みだとでも言うように。

 夢生の手は、自然に録音機へと伸びていた。

 言葉にする必要があった。

 伝えなければならない。

 この国の未来が、すでに「描かれた未来」であるならば――

 その設計図を暴く者が、必要だった。


第三節 鍵は中枢にあり

 深夜1時過ぎ。

 凍鷺夢生は、都内のとある地下空間にいた。

 それは、かつて防衛省の旧拠点として使われていた施設の一角を改装した、反政府ネットワーク〈NEX〉の最深部だった。

 ノイズ対策が施された壁。

 複数の発電機が稼働する独立電源システム。

 そして中央には、外部とは完全に切り離された「特注の解析端末」が鎮座していた。

 そこに接続されているのは、国家安全保障会議(NSC)内部の通信サーバーから複製された仮想メモリ。

 NEXの内部協力者が複数の経路を経て持ち出した、決して世に出ることのない国家の深層そのものだった。

 夢生は、祈るような気持ちでログインキーを入力し、静かに画面を開いた。

 (ここにある……ここにすべての本音があるはずだ)

 画面が開いた瞬間、彼の目に飛び込んできたのは、数百行にわたる通信記録と、内部コード化されたファイル群だった。

 その多くは暗号化されていたが、夢生が手にしていた解読キー――SORA-LINKコード辞書を照合することで、次々に可読化されていった。

 中でも、彼が最も注目したのは、以下の通信ログだった。


ファイル名:TSU-OP_3RD_EXEC.vtx

日時:2025年8月16日 21:00 JST

参加端末:CN-NAV-03 / RU-STRAT-02 / JP-MKU-05

【通信内容(抄訳)】

「3rd Operation(北陸沿岸)計画、8月28日 04:00実行とする」

「目的は区域機能麻痺と広報負荷の検証。津波影響は都市部抑制に配慮」

「報道制御は従来通りJP-Media協議機構経由で要請。準備完了」

【指示発信元】:JP-MKU-05(日本国内対応設計担当)

【備考】:影響分析モデルは人道配慮済みの表記あり


 夢生の手が、震えた。

 津波の予告が、事前に計画として存在していた。

 しかも、そこには「都市部への影響を抑える」という文言があった。

 つまり、これは「無差別攻撃」ではなく、選択的な災害だった。

 被災する地域が選ばれ、報道される情報が選ばれ、国民の関心までもコントロールされるよう設計されていた。

 彼は胸の中で何度も繰り返した。

 (これは、戦争だ。しかも、見えない戦争だ)

 夢生は、通信ログを慎重にスクロールし続けた。

 その中に、ひときわ目を引くキーワードがあった。

【項目】「第4フェーズ:首都圏浸透戦術」

 内容は、ごく簡素なものでしかなかったが、そこに記されていた一文がすべてを物語っていた。

「電力供給・通信遮断による情報空白作成後、段階的に言論機関の統合再編を進行」

「最終目標:分断の調整可能化」

 それは、社会の空白を意図的に作り出し、統制された情報だけを流す新たな国づくりの設計図だった。

 災害は、そのためのツール。

 そして、津波はその起点にすぎなかったのだ。

 夢生は、椅子から立ち上がり、モニターを見下ろした。

 かつて見たどのスキャンダルよりも、どの事件よりも、これは圧倒的な無言の悪意を孕んでいた。

 誰も叫ばない。

 誰も撃たない。

 誰も責任を問われない。

 だが、確実に、誰かが選んでいた。

 そのとき、NEXのスタッフが駆け込んできた。

 「凍鷺さん、NHKが速報を流しました。北陸地震はプレート境界型であり、自然災害であると確定と」

 夢生は、モニターの端に置かれた録音機に目を落とした。

 それは、いまだ沈黙を続けていた。

 だが、次の瞬間、彼は再び再生ボタンを押した。

 そして、自らの声で語り始めた。

 「……これは、記録です。誰が何をしたか、誰が見ていたか、誰が見ていないふりをしていたか――

 すべてを、ここに残す。

 そして、この国の沈黙に、最初の亀裂を刻むために」

 かつて第1の津波が過去を奪ったのなら、

 今度の第2の津波は、未来すらも奪おうとしている。

 夢生は、記録を止めなかった。

 なぜなら――

 沈黙に抗うには、ただ、言葉を残すしかないのだから。



第6章 最終警鐘

第一節 その夜を選んだ者

 2025年8月30日 午前0時16分――

 凍鷺夢生は、東京都内の廃ビルの一室で静かに録音機の電源を入れた。

 窓の外では、まだ眠らない巨大都市の灯りが、まるで無知の安堵のように静かに瞬いていた。

 その日、彼はようやく手にした。

 国家安全保障会議の第4フェーズ計画書。

 そこには、こう明記されていた。

「F4-JP-0830:大都市直下型誘発試験」

「計画対象:東京都心部」

「実行予定時刻:2025年8月30日 21時42分」

「目的:情報遮断時の自治機能耐性および市民パニック発生モデルの取得」

 そして、最下部には赤字で強調された一文。

「備考:報道方針震源不明・自然型、1時間以内の事後情報統制を徹底」

 夢生は、書類のコピーを手に取り、口元を引き結んだ。

 (揺らされるのは、地面じゃない。思考だ)

 すでに彼の身辺には、何度も不審な影が迫っていた。

 この日も、早朝に未登録ナンバーの車両が自宅近辺を2時間にわたって停車。

 匿名ネットワークへの接続も数度にわたり切断された。

 しかし、夢生は退かなかった。

 この夜を迎えるまでに、できる限りの準備をした。

 YouTubeは使えない。テレビも沈黙している。

 彼が選んだのは、ラジオだった。

 AMと短波、そしてネットストリームを通じた同時多重音声配信。

 言葉だけの、最も古く、そして見えない媒体。

 「見えない力には、見えない声で対抗するしかない」

 彼はマイクの前に座り、声を整えた。

 時刻は20時48分。

 首都直下計画の実行予定時刻まで、あと54分。

 スイッチを入れた瞬間、わずかなハウリングが走り、マイクのランプが赤く点灯する。

 夢生は、ゆっくりと言葉を放った。

 「こんばんは。ジャーナリストの凍鷺夢生です。

 これが、もしかすると――最後の放送になるかもしれません」

 静寂の中で、その声だけが空気を震わせた。

 「これから、私が語る内容は、国が決して放送させない情報です。

 2025年8月30日、今夜21時42分――東京都心にて、人工的な地震が発生する計画が進行中です。

 これは、自然の地震ではありません。国家の一部機関と、外国連携組織、そして特定の企業が関与した、操作された揺れなのです」

 夢生は、書類の一節を読み上げた。

 「目的は、都民の行動予測データと、報道制御の実地検証――つまり、どれだけ黙らせられるかを測るための実験です」

 彼の声は、震えていなかった。

 決して煽る口調ではなく、淡々とした語り。

 しかしその背後には、確かな怒りと、諦めなかった者の静かな決意が滲んでいた。

 「今日、テレビは何も語っていません。ネットは検閲されています。

 ですが、どうか、この放送を聞いてくださっている方――あなたは、自分の直感を信じてください。

 今日一日、異様なほどに静かすぎる東京の空。

 異常なレベルで規制された電波。

 予定されていた演習の中止。

 これらは、偶然ではありません」

 夢生は一拍置き、声のトーンを落とした。

 「これは、災害ではありません。作戦です」

 彼は、放送の最後に、備蓄・避難・家族との連絡方法など、現実的かつ冷静な対策を伝えた。

 そして、時計の針が21時40分に近づいたとき、彼はマイクの前で、短くつぶやいた。

 「この声が、誰かの気づきの火種になりますように――」

 それが、彼の最終警鐘だった。

 あとは、誰かが受け取る番だ。


第二節 目を開けた人々

 8月30日 午後9時43分。

 東京都心、目黒区の一角にあるマンションのベランダで、主婦の高野美帆たかの・みほは、不意に携帯ラジオの電源を入れていた。

 (なんとなく……ざわざわする。今夜は静かすぎる)

 テレビはいつも通り、バラエティ番組を流していた。

 SNSでは、トレンドに「金曜夜のラーメン特集」などが上がっている。

 けれど、美帆の胸の奥には、拭えないざわつきがあった。

 さっき、近所の小学生が「今日の空、音がしないね」と言っていた。

 確かに、飛行機もヘリも通らない。蝉の声もない。

 そして、ラジオから流れた、たった一言の録音が彼女を釘付けにした。

「これは、災害ではありません。作戦です」

 声の主が誰かは知らなかった。

 けれど、その口調に、奇妙なほどの信頼感があった。

 美帆は冷蔵庫を開け、念のための水と食料を整理し、携帯の充電を満タンにした。

 夫にもLINEで「今夜、地震があるかもしれない。帰るなら早めにして」と送った。

 中学生の娘には、「靴と懐中電灯は枕元に置いて」とだけ伝えた。

 そんな美帆と同じように、何かを感じ取っていた人々がいた。

 福岡の小さなアパートでは、年配の独居女性が、災害用バッグを玄関に移した。

 新潟のコンビニでは、アルバイトの大学生が、非常用電池をレジ脇に移していた。

 札幌のデータセンターでは、匿名の職員が、ネット中継で夢生の放送を録音し、非公式フォーラムに転載していた。

 誰かが大声で叫んだわけではない。

 誰かが街に飛び出したわけでもない。

 けれど――静かに備える者たちが、確かに生まれていた。

 


 

 そして、その夜。

 21時42分を過ぎても、東京には地震は来なかった。

 だが、23時19分。千葉県北西部で震度3の地震が観測された。

 震源は浅く、震源域は不明。マグニチュードは表示されなかった。

 気象庁は「微細なプレート活動によるもの」と発表。

 大手メディアは翌朝、わずか5行の記事でそれを報じた。

 だが、夢生の放送を聞いていた人々は、その5行の薄さに、何かが隠されたことを感じ取っていた。

 

 

 

 9月1日。

 東京都内のカフェで、大学生の青年がひとり、メモ帳を開いていた。

 表紙には、こう記されていた。

 「8.30を忘れない」

 彼は夢生の言葉を聞いていた。

 そしてこう思った。

 (真実は、たぶん簡単にはわからない。でも、何か変だって思う力だけは、手放したくない)

 その思いは、どこかでまた別の誰かと繋がっていく。

 声にならない警鐘。

 しかし、それは確かに届いていた。



エピローグ ―振動の残響―

 9月3日、午前6時17分。

 新聞は静かにポストに投函され、通勤電車はいつものように走っていた。

 誰もがいつも通りの朝を迎えている――かのように見えた。

 しかし、夢生とうさぎ・むうの告発放送から数日後、日本の地下では、かすかな振動が続いていた。

 観測機器のグラフには表れない微細なノイズ。

 だが、確かに何かが「蠢いている」気配はあった。

 

 

 

 夢生の身柄は、いまだ不明だった。

 各メディアは「電波ジャックによる悪質な偽情報」と報じ、SNSでは懐疑と中傷が飛び交っていた。

 けれど、放送を聞いた人々の一部は、心に何かを残していた。

 

 「あの人の声、震えてた。でも、嘘をついてる声じゃなかった」

 「本当に何か知ってた。あれを伝える覚悟って……本物だった」

 「世界は変わらなくても、私は自分で調べるようになった」

 

 変わったのは、国ではなかった。

 人々の、心の深層にある感覚だった。

 見過ごすこと、無関心でいること、真実を任せることの危うさ。

 それに気づいた一握りの市民が、わずかながら自分の生き方を変えていった。

 匿名で始まった署名活動。

 独立系ジャーナルによる再検証記事。

 大学の研究室で始まった「異常地震観測」の自主ネットワーク。

 

 

 

 一方、国家は動かなかった。

 いや、動いていないように見せる技術だけが、日に日に洗練されていった。

 災害対策会議は非公開のまま、議事録は黒塗りで提出され、気象庁の観測データは「機器更新により表示方法を変更」と発表された。

 ――すべてが「正常」の皮をかぶっていた。

 

 

 

 だが、その「正常」の下で、誰かが動いていた。

 電波に痕跡を残さぬように、ネットの深層で動く匿名の集合体。

 名もなき研究者、元自衛官、元報道関係者、元政府職員……。

 彼らの目的はただひとつ。

 あの日、警鐘を鳴らした男の真意を探ること。

 

 

 

 そして、その集合体の一人が、夢生の本名と経歴を突き止める。

凍鷺夢生とうさぎ・むう――元週刊誌のフリー記者。

東日本大震災の遺構取材班に所属し、その後失踪。

……失踪直前、ある国立研究所で気象兵器の痕跡を追っていたという記録が残っている」

 

 静かに、そして確実に、火はくすぶり続けていた。

 

 

 

 いつか本当の大震災が来たとき、

 その震源に、人為の影があると知ったとき、

 私たちは、もう一度自問しなければならない。

 

あのとき、聞こうとしたか。信じようとしたか。動こうとしたか。

 

 世界は、今日も何も変わらず回っている。

 けれど、見えない震源は、今も地の奥で脈打っている。

 それは、夢生という男が残した――最後の余震だった。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 第4章~第6章では、仕組まれた災害というセンシティブなテーマに踏み込みつつ、

 それに抗う一人のジャーナリストの姿、そして「情報を受け取る側」の覚悟を描きました。


 フィクションであるからこそ語れる真実がある。

 そして物語だからこそ、「行動する市民の可能性」を描くことができる。


 この作品が少しでも皆さんの思考のきっかけとなれば幸いです。

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