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情報という武器、沈黙という罠

 この作品『震源の陰謀』は、2025年8月という「すぐそこにある現実」を舞台に、ある一人のジャーナリストが人工地震と情報封鎖の闇に挑む、社会派サスペンス・パニックフィクションです。

 現実の報道では語られない“かもしれない真実”をベースにしたフィクションでありながら、読む方の心に「これはあり得るのでは?」という震えを残すよう心がけて執筆しております。


 現代の情報統制、軍事技術、政治の曖昧な癒着――。

 そうしたテーマに興味がある方、ぜひお付き合いください。

第1章 目覚めた警鐘

第一節 不自然な揺れ

 2025年8月12日、午後2時38分。鳥取県東部で震度5強の地震が発生した。

 震源の深さは10km、マグニチュード6.2。速報を見た誰もが、「ああ、また西日本か」とつぶやいた。地震の多い日本では、もはや日常のように流される出来事だった。

 だが、凍鷺夢生の直感は、その瞬間に何かが引っかかった。

 「……おかしい。揺れ方が、あまりに短すぎる」

 彼は机の上に置いていたノートパソコンを開き、気象庁の公式データを確認した。揺れの継続時間はわずか12秒。通常、マグニチュード6級の地震ならば、20秒以上は持続するのが一般的だ。

 しかも、震源地付近では断層型地震の兆候が一切確認されていない。活断層のズレではなく、直下から突き上げるような一撃――まるで打ち込まれたかのような異質な波形。

 「これは……人工地震じゃないのか?」

 声に出した瞬間、自分でも鳥肌が立った。

 夢生は、元全国紙の社会部記者だった。政財界のスキャンダルや原発報道を担当し、数々のスクープを世に出してきたが、組織にとって都合の悪い真実を報じたことで干され、今はフリーのジャーナリストとして活動している。

 テレビにも出られず、大手メディアにも原稿を載せてもらえない。だが、SNSとネット動画を通じて、真実を伝えるという情熱だけは捨てていなかった。

 彼が次にアクセスしたのは、通称「震源波形クラブ」と呼ばれる、アマチュア地震観測者たちのオンラインフォーラムだった。ここでは、気象庁の波形データを解析し、「自然地震」か「人工波形」かを議論する投稿が盛んに行われている。

 「見てみろ、これ。完全にP波が省略されてる。」「地下から垂直に突き上げてるってことだよな?」「まさか、例のバンカーショットか……」

 いくつかのコメントに混じって、夢生の目が釘付けになった書き込みがあった。

「鳥取の地震、政治的圧力と連動してる可能性あり。9月末の某政権幹部の退任期限がカギ。詳細はDMで。」

 彼の脳裏に、ひとりの名がよぎった。

 ――神津照一こうづ・しょういち。鳥取県出身の与党実力者。長年にわたり政界の陰の実力者と噂され、旧体制との強固なパイプを持ち続けている。

 そして今、その神津の政治生命を断つために、鳥取で揺らされたというのか?

 夢生は震える指で、投稿主にメッセージを送った。

 「詳細を教えてくれ。これは真実に関わる話だ」

 スマホの画面に表示された相手の返信は、ただ一言。

「本当に命を賭ける覚悟はあるか?」

 夢生は、一瞬だけ息をのんだ。そして、ためらいなく返信を打った。

「もちろんだ。俺は、警鐘ジャーナリストだからな」

 外では、夏の空が焼けるような光を放っていた。

 だが、彼の胸の奥では、もっと灼熱の「真実」が胎動し始めていた。


第二節 沈黙する政府、動き出す闇

 「念のため、通話ではなくテキストで」

 返ってきた一文に、凍鷺夢生は息を呑んだ。

 相手のアカウント名は〈Masakari-04〉。過去に何度か、災害に関する裏情報を提供してくれた人物だった。だが今回のように、具体的な政治家の名と時期にまで踏み込んだ内容は初めてだった。

 ――なぜ、今なのか?

 ――なぜ、鳥取なのか?

 夢生は問いかけを送ると、〈Masakari-04〉は静かに情報を投下し始めた。

「神津照一は、今期の特例法によって9月末まで政権ポストを保持できる。その間に特別予算が動く。防災名目の大型事業だ。300億規模」

「その予算が通る前に、彼を政治的に無力化したい勢力が動いてる。鳥取は、その脅しの舞台」

「地震は偶然じゃない。人工的に打たれた」

 スクリーンに表示された文章は、夢生の胃を締めつけるような現実味を帯びていた。

 まるで、予告された揺れ。それは単なる自然現象などではなく、「政治的な通貨」としての地震の使い方を示していた。

 夢生はメモ帳を開き、情報を整理し始めた。

 ・8月12日、鳥取県にてM6.2の地震

 ・神津の予算案件は9月末が期限

 ・人工地震の可能性=バンカーショット、低周波打撃?

 ・次なる標的はどこか?

 そこへ、また新たなメッセージが届く。

「西日本の海溝沿いに不審な海底音響の偏差がある。震源深度に比べて浅すぎるのも異常だ」

「この手の兵器実験は、まず辺境から始まる。そして、次は人目につく都市部だ」

 次は都市部――その言葉に、夢生の背中を冷たい汗がつたった。

 このままいけば、大阪や和歌山、あるいは九州、四国が次の舞台になるということか。

 彼の脳裏に、ある映像がよみがえった。

 3年前、カムチャッカ半島で発生した謎の地震。そして、それに伴う津波の記録映像。ロシアがテストマーケティングと称して実行したその地震は、表向き自然災害とされたが、当時から「爆破型の波形に酷似している」と囁かれていた。

 〈Masakari-04〉が最後に送った一文は、短く、そして異様に重かった。

「今月中に、もう一度揺れる。今度は知らせではなく、始まりだ」

 沈黙したまま、夢生はスマホをテーブルに置いた。部屋の中は蝉の声すら聞こえない、ただ重苦しい静けさに包まれていた。

 彼は席を立ち、窓を開け放った。灼けた空気が吹き込む。だが、その熱気よりも、もっと熱く、重く、そして暗い「何か」が、じわじわと近づいてくる気がした。

 政府は沈黙し、メディアは地震速報以外何も伝えない。

 ――この国は、いま、何を隠そうとしている?

 凍鷺夢生の中で、ひとつの確信が芽生えた。

 「これは災害じゃない。戦争だ」


第三節 沈黙の街、囁く者たち

 鳥取の夜は、不気味なほど静かだった。

 普段なら蝉の鳴き声が響く真夏の夜も、今夜ばかりはどこか音が消されているようだった。

 凍鷺夢生は、カメラを背負い、県内にある被災現場の一つ――岩美町の崩落地帯へと足を運んでいた。

 がれきの中に足を踏み入れ、彼は低くうなった。まるで、破壊ではなく切断されたような地形の割れ目。地層のずれ方が不自然すぎる。

 「まるで、地中から叩き上げられたような……」

 自身のつぶやきが、夜風にさらわれていった。

 そのとき、誰かの気配が背後から近づいた。

 夢生が振り向くと、手にスキャン端末を持った中年の男がこちらを見ていた。

 「あなた、記者か?」

 「……ああ、まあ、そんなようなものだ」

 男は短くうなずくと、周囲に誰もいないことを確認し、小声で言った。

 「さっき、この地下で金属音がした。地鳴りのような、でも人工的な響きだった。地震の直後だ」

 「人工的な音……?」

 「スピーカー越しの振動みたいな、低くて耳が詰まるような音だよ。地面の中で何かが動いてた気がした」

 夢生は、男の表情から嘘の気配を感じなかった。彼は建設業者だという。地盤工事の専門で、過去にも数多くの震災現場を見てきたというが、今回の崩落には「何か違うもの」を感じたらしい。

 「まるで、地震じゃなくて装置だったってことか……」

 夢生の胸に、疑念は確信へと変わり始めていた。

 彼は取材を終えると、急ぎ市街地へ戻り、24時間営業のカフェに腰を下ろした。カメラのデータを確認し、撮影した断層の画像を何度も拡大して見直す。その中に、岩盤の間からのぞく焼けた痕跡を発見した瞬間、背筋が凍りついた。

 「まさか、地中で何か……爆破した?」

 だがその直後、テーブル上のスマホが震えた。

 〈Masakari-04〉から、新たなメッセージが届いていた。

「君の動きを彼らが追っている。宿を変えろ。今日中に、だ」

 脳裏に嫌な記憶がよぎった。

 3年前、夢生がワクチン行政の内部矛盾を報じようとしたとき、取材相手の元官僚が謎の事故死を遂げたことがあった。報道は揉み消され、夢生も身元不明のバイクに追突された。

 あの時と同じだ。誰かが、情報の流出を止めようとしている。

 彼は荷物をまとめ、夜の街を歩き出した。駅前は閑散としていたが、どこかで車のエンジン音が追いかけてくるように響いていた。

 ふと振り返る。だが誰もいない。街灯の下に落ちる影が、異様に長く見えた。

 (これは、ただの地震じゃない。戦争と政治と、闇の装置の交差点だ)

 凍鷺夢生は、もう一度胸元のレコーダーを確かめると、小さくつぶやいた。

 「目覚めろ、この国。これは始まりなんだ」

 警鐘は、まだ誰にも聞こえていなかった。

 だが、その響きは、確かに鳴り始めていた。



第2章 黒い波動

第一節 カムチャッカの予兆

 ノートパソコンの画面に表示された衛星画像を見て、凍鷺夢生は言葉を失った。

 中央には太平洋北部――カムチャッカ半島の東沖が映し出されていた。だがその海域に、明らかに不自然な熱源が点となって浮かんでいた。

 「……水温上昇? いや、これは違う」

 熱源の位置は、過去に発生した謎の海底地震とほぼ一致していた。3年前、公式には「M7.3の自然地震」とされたが、欧州の一部研究機関は「人工的爆破により海底地形が変形している」と指摘していた。

 そして今回、同じポイントで、またも異常熱源。

 夢生はロシア語の報告書を翻訳ツールにかけながら、眉をひそめた。

「2025年7月25日、現地時間午後3時12分、カムチャッカ沖にて短時間の爆発的地殻振動を観測。付近の水位変動は通常値を超過。日本海側への波及計測中」

 ――日本海側への波及?

 それはつまり、これはテストであり、本番が日本ということなのか?

 夢生は、かつて接触した旧ソ連研究機関出身の科学者にメッセージを送った。10分後、返ってきた文面にはこう書かれていた。

「これは地震ではなく、重力波兵器の実証実験だ。地殻の摩擦圧ではなく、内圧刺激で発震させる。表面上は自然地震と見分けがつかない」

 さらに一行。

「次は日本列島の沿岸域。政府が知っていないはずがない」

 背筋が凍った。

 夢生はすぐに、この情報をブログ記事として下書きし、SNSと地下の独立ニュースサイト〈Truth Pulse Japan〉への同時投稿を試みた。

 が、その投稿は、10秒もしないうちに削除された。

 「ポリシー違反:不確かな情報に基づく災害予測」とのエラーメッセージ。

 「こんなに早く……AI検閲か?」

 SNSの凍結、ニュースサイトのアクセス不能、メール配信のブロック――。

 夢生の発信は、ネット空間から瞬時に消された。あたかも、事前に監視されていたかのように。

 だが、それ以上に夢生を打ちのめしたのは、翌朝の全国紙だった。

 一面には「鳥取の地震、自然の断層活動か」という見出し。気象庁の会見要旨が掲載され、専門家の「問題なし」とするコメントが並んでいた。

 政府の公式発表。大手メディアの全面協力。

 ――真実は、報じられない。

 しかし、現実の兆候はあまりに露骨だった。

 西日本各地で、真夏にもかかわらず山火事が多発していた。

 原因は「落雷」や「タバコの不始末」とされたが、夢生が独自に入手した消防庁の内部報告では、火元に「電子機器の発熱痕」「不自然な金属変形」「パネル下部からの異常出火」が記されていた。

 特に注目されたのは、岡山県のメガソーラー発電施設で起きた火災だった。炎上したパネルの一部が、裏側から発火していたのだ。

 「外的要因ではなく、何か内側から焼かれたような形……?」

 夢生は、その写真を拡大して眺めた。

 そこに写っていたのは、真っ黒に焼け焦げた金属表面に、小さな渦巻き状の焦点がいくつも並ぶ奇妙な焼跡だった。

 まるで、熱線が一点集中で狙撃されたような痕。

 誰が、何のために――?

 そのとき、再びスマホが震えた。

 〈Masakari-04〉から、たった一言だけ届いていた。

「君はもう見えない兵器の射線上に立っている」


第二節 遮断された声

 東京都内。午前3時27分。

 人気のない裏通りに面した、簡素なビジネスホテルの一室。

 凍鷺夢生は、小型の電磁波遮断ポーチにスマホを入れ、窓にアルミブランケットを貼っていた。ホテルにチェックインしてから、部屋に異常音が混じっていることに気づいたからだ。

 微かに、空気の中をすり抜けるような「低周波」がある。

 無音のようでいて、耳の奥が詰まるような圧迫感。

 (これは……以前、反原発活動家の自宅で聞いたあの音だ)

 夢生は身をかがめ、バッグの中から古いガイガーカウンターと磁界測定器を取り出した。

 両者とも正常値。しかし、皮膚がチリチリと焼けるような感覚は消えない。まるで、見えない光線に狙われているかのようだった。

 その瞬間、室内の天井スピーカーからノイズが走った。

 「……ノ……サキ……ムウ……」

 誰かが、夢生の名を呼んだように聞こえた。

 思わずベッドから飛びのいた彼は、声の出所を探し、洗面所へ駆け込んだ。

 備え付けの照明が一瞬だけ点滅し、鏡に映る自分の姿が、妙に歪んでいた。――いや、これは光の揺らぎではない。まるで、鏡越しに誰かが覗いているかのような、ぞわりとした感覚。

 (まずい。この部屋は見られてる)

 夢生はスマホを取り出し、唯一信用できる配信アカウントにログインしようとした。

 しかし、認証画面の直前でエラー表示。VPNを切り替えてもすべてブロックされた。

 「……完全に、遮断されてる」

 彼はバッグからサブ端末を取り出し、モバイルWi-Fiを経由してなんとか接続に成功。

 YouTubeではなく、匿名ストリーミングプラットフォーム「NeoCast」へ移動。そこに、今夜の取材記録と警告文を載せた。

 〈動画タイトル〉:「ソーラーパネル火災の正体 〜熱線攻撃の可能性〜」

 〈ハッシュタグ〉:#人工災害 #熱兵器 #カムチャッカ連動説 #見えない戦争

 配信ボタンを押した瞬間、何かが壊れた。

 バチンッ――

 照明が落ち、部屋が暗転。Wi-Fiルーターのランプが消え、すべての電源が一斉に停止した。

 夢生の身体に、鋭い痛みが走った。

 それは雷に打たれたような衝撃ではなく、身体の芯を細かく振動させる内部破壊のような痛みだった。

 膝をつき、うずくまりながら、彼は呟いた。

 「やっぱり……あったんだ。日本国内にも、それが」

 それ――情報を遮断し、真実を拡散させないための見えない攻撃。

 もはや陰謀論ではなかった。目に見えない力が、彼の発信すらも破壊しにきていた。

 暗闇の中、唯一光を放っていたのは、夢生の胸ポケットに入っていた古い録音機だった。

 小さな赤いLEDが点滅している。

 あの夜、がれきの中で拾った音。鳥取の断層下から響いた、人工的な振動音が録音されたデータ。

 それだけが、いま夢生の手に残された唯一の証拠だった。

 「……消されてたまるか」

 彼は立ち上がり、窓を開け放った。

 東京の夜景が広がる中、その空に向かって、心の中で叫んだ。

 「俺は、まだ声を持っている」


第三節 焦げた空と囁く火種

 翌朝。

 凍鷺夢生は、新宿駅から離れた古い喫茶店でコーヒーをすすっていた。

 顔色は悪く、目の下には濃いクマができている。昨夜のあの現象――電波の遮断と身体を襲った内部の痛みが、まだ消えていなかった。

 だが、ただの体調不良では説明できない違和感があった。

 皮膚の一部がじんわりと赤くただれ、シャツの内側には細かく焦げたような跡が残っていた。鏡で見た自分の背中には、まるで小さな円形の焼印のような赤黒い痕。

 それが示していたのは――何かに照射されたという事実だった。

 (熱を当てられたような痕……熱線か? 本当に、そんな兵器が?)

 夢生はノートパソコンを開き、前夜に辛うじてアップロードされた動画のログを確認した。

 視聴数は1000回にも届かず、コメント欄には「フェイクニュースだ」「陰謀論に逃げたか」などの嘲笑が並んでいた。

 だが、その中にひとつだけ、意味深なメッセージがあった。

「高松市のソーラー施設でも同じ焼け跡が出た。裏から燃えた。調べてくれ」

 夢生はすぐに連絡を取り、高松市の現地にいるフォロワーの協力を得て、焼損パネルの写真を送ってもらった。そこには、昨日見た岡山のものと全く同じ渦状の焦点があった。

 しかも――焦点の並び方が不自然だった。

 真っ直ぐな一直線に、等間隔で3点。

 「これは……偶然じゃない。何かが照準を合わせて発火させた」

 夢生はぞくりと背筋を震わせた。

 太陽光パネルは広い面積を持つため、風や熱が自然に一点に集中することはほとんどない。

 だが、これが外から狙われていたとすれば?

 ――上空か。ドローンか。あるいは衛星か。

 そのとき、彼の目に、ある報道が飛び込んできた。

 地方紙がひっそりと報じた短い記事。

「香川県内の小学校校庭で、謎の焼き痕多数確認。焦げ跡は直径3cm、地面に深く焦がされた跡。同時刻、上空に無人機の通過記録あり。県警は日照による自然現象との見解」

 夢生は立ち上がった。

 「これは、もう自然のレベルじゃない」

 誰かが、何かをテストしている。

 それは、地震でも洪水でもなく、今度は――火。

 目に見えない熱、音もなく対象を焼く新たな災害兵器のようなもの。

 もしそれが本格的に使用されれば、住宅地も、病院も、学校も、知らないうちに内部から焼かれる。

 ふと、隣の席に座っていた老夫婦が会話しているのが耳に入った。

 「最近の火事、なんだか不気味じゃ。どこも一瞬で燃え広がるんだって」

 「昔は、煙が先だったのにねぇ……今は、音もなく燃えてるらしいよ」

 夢生は、手元の録音機をそっとポケットにしまい直した。

 (誰かが、気づき始めてる……。それでも報道されない)

 彼は席を立ち、静かに喫茶店を出た。

 真夏の空は、不自然なほど澄んでいた。

 まるで何かが、地上からあらゆる曇りを吹き飛ばしてしまったかのように。

 だがその青空の下、焦げたソーラーパネルが、学校の焼け跡が、

 静かに、確実に――次の警鐘を鳴らしていた。



第3章 雨の標的

第一節 止まない雨

 2025年8月19日、午前5時42分。

 九州北部、福岡県の山間部では、夜明け前から激しい雨が降り続いていた。

 テレビは「線状降水帯の発生による記録的豪雨」と繰り返し報じていたが、凍鷺夢生の胸には、拭えない疑念が渦巻いていた。

 「このタイミング、この集中度……偶然とは思えない」

 気象庁の雨雲レーダーを見れば一目瞭然だった。

 雨雲はまるでひものように細く、同じ場所に延々ととどまり、動かない。しかもその直線の端には、まるで発生源のようにぽっかりと雲のない穴が空いていた。

 (まるで誰かが……そこから雨を引っ張っているみたいだ)

 夢生は、気象制御に関する国際研究の記録を調べ始めた。

 そこにたびたび登場するのが、「人工降雨技術(Weather Modification)」というキーワードだった。

 特に注目されたのは、2008年の北京五輪直前に使われた「人工雨ミサイル」の存在だった。

 大会開会式当日、北京市内の空は晴天だったが、その前日までは厚い雲が空を覆っていた。

 中国当局は、その雲を周辺地域へ意図的に移動させ、雨を先に降らせたとされている。

 その原理は、人工的にヨウ化銀の粒子を空中に打ち上げて雨雲に変化させ、指定エリアに雨を降らせるというもの。

 気象をコントロールできれば、気象そのものが兵器になるという話だ。

 夢生は、その技術が今、日本の空で使われているというある仮説にたどり着いた。

 中国と関係の深い、某大手通信設備企業の子会社が、福岡県内に多数の観測塔を設置している。表向きは環境データの測定用だが、その塔には、風向きに合わせて角度を変える「可動式アンテナ」がついていた。

 それが、この豪雨の中心地点と完全に一致している――。

 (これは、ただの観測装置じゃない……何かを狙ってる)

 その頃、九州地方では、すでに川の氾濫や山崩れが発生していた。

 救助が追いつかず、自衛隊が出動。だが、政府の緊急対応はどこか遅れていた。

 テレビのワイドショーは、「備え不足」「想定外だった雨量」との言葉ばかりを繰り返していたが、夢生の目には別の景色が見えていた。

 ――なぜ、気象庁の数値が更新されていない?

 ――なぜ、地方自治体は避難命令を数時間も出し遅れた?

 その答えを探すため、夢生は国会資料に潜った。

 過去3年間、国会で「気象兵器」について取り上げた議員はゼロ。だが、その裏で、防衛省が「気象制御技術の研究調査」をアメリカ企業と共同で進めているという予算報告書を発見した。

 にもかかわらず、国会は沈黙を続けている。

 維新、立憲、国民民主――どの政党も表立った追及は行っていない。

 とある議員秘書が匿名で送ってきたメールには、こう書かれていた。

「今、雨の話をすると、陰謀論者のレッテルを貼られる。議員生命が危ういんです」

「誰も触れたがらない。維新も立憲も票にならない話には関わらない。それが現実です」

 夢生は天を見上げた。

 雲は重く、空の色は鉛のように沈んでいた。

 雨は、まるで止めたくても止められないかのように、地面を叩き続けている。

 だが、この雨は、誰かが降らせている。

 それが夢生の確信だった。

 そして彼は、覚悟を決める。

 この戦いは、自然との闘いではない。情報を封じ、真実を押し流す者たちとの闘いなのだと。


第二節 消された技術、繋がる点と点

 凍鷺夢生は、東京へ戻る新幹線の中で、古びたノートPCの画面を睨みつけていた。

 画面に映っていたのは、2008年の北京五輪で中国当局が使用したとされる「気象制御部隊」の報道記録だった。

 「人工降雨部隊は、開会式当日、北京市外の山間部から1,100発以上の雨ミサイルを発射し、雲を分散・移動させた」

 当時、現地取材を行っていた海外記者によれば、その技術はすでに軍事応用を視野に入れていたという。

 夢生は、そのときのミサイル写真と、今回九州豪雨直前に撮影された未確認飛翔物の画像を並べた。

 シルエット、長さ、尾部の構造。まったく一致しているわけではない。だが、根本の形が酷似していた。

 (あのミサイルが、いま日本に……?)

 さらに、夢生のもとには、匿名の自衛隊関係者を名乗る人物から、不可解な情報が届いていた。

「九州豪雨の直前、長崎県沖にて中国艦艇と見られる船が、上空に向けて何かを複数発射していた。通常のミサイルやレーダーとは異なる、散布型兵器だった可能性がある」

「気象レーダーには映っていない。だが、気象庁内部でおかしな偏差を記録している人間はいる」

 気象レーダーには映らない。

 それは、つまり――誰にも気づかれずに空をいじることができるということだった。

 夢生は、かつて交友のあった大学の気象学教授に連絡を取り、今の気象予測がなぜ当たらなくなっているのかを尋ねた。

 教授は、少し沈黙したのち、低い声でこう言った。

 「……最近はね、予測モデルに入らない雲があるんだよ。存在してるのに、なぜか計算に合わない雲が、どこからか突然現れる」

 「異常気象という言葉で片付けているけど、本当は――人間の手が入ってるとしか思えない変化が起きてるんだ」

 夢生の脳裏で、点と点がつながった。

 北京五輪の人工雨ミサイル。

 長崎沖での何かの発射。

 気象モデルに収まらない謎の雲。

 そして、あの集中豪雨。

 これは偶然ではない。すべて計画された雨だ。

 だが、その事実を世間に出そうとすればするほど、壁が立ちはだかった。

 テレビ局は取り合わず、ニュースサイトも掲載を拒否。

 「根拠が不十分」「風評被害につながる」「安全保障上の配慮を」といった名目で、すべてが却下された。

 政治家にも接触を試みたが、ある野党の若手議員は、顔をしかめながらこう言った。

 「それ、本当に証拠あります? うちは今、教育予算のことで動いてるんで……」

 「仮に事実だったとしても、国際問題になるでしょ。日本政府も困るんですよ。だからうちは追及しません」

 ――それが、現実だった。

 立憲も、維新も、国民民主も。いずれも問題が起きてから動くという姿勢を崩さない。

 どの党も、自分たちの選挙に響かない話には蓋をする。

 それが今の野党の限界だった。

 夢生は机に突っ伏し、しばらく目を閉じた。

 その背中に、またスマホの振動が走る。

 〈Masakari-04〉からだった。

「雲は上空にある。だが、撒く者は地上にいる」

「九州だけではない。雨の標的は、拡大する」


第三節 撒かれた雨、仕組まれた沈黙

 8月21日。

 日本列島は異常な湿度に覆われていた。

 関東、近畿、東海の各地で連日の局地的大雨。都心では、午後2時の時点で真夏日にもかかわらず気温が下がらず、雨が降っても気温が落ちないという逆転現象が発生していた。

 「これはもう、自然のリズムじゃない……」

 凍鷺夢生は、かつてない疲労を感じながら、データモニターに目を凝らしていた。

 気象衛星の映像を元に、独自の解析AIに異常値のある雲を抽出させた結果、驚くべきパターンが浮かび上がっていた。

 それは、日本列島を中心に放射状に伸びる降雨ライン。

 その中心点は、福岡、愛知、そして千葉。いずれも、外国系の気象観測施設が集中的に設置されている都市だった。

 (まるで、ここを軸にして撒かれている……)

 夢生は、その中の一つ――千葉県郊外にある気象開発研究センターに目をつけた。

 公式には「天候の研究と災害予測シミュレーション」が目的とされていたが、内部資料を精査したところ、外国語で書かれた降雨試験記録がPDFのメタデータから見つかった。

 そこに記されていた日付のひとつは、8月17日。九州北部に集中豪雨が発生した、まさにその日だった。

 (やはり、繋がってる……)

 夢生はその記録の一部を、信頼できるジャーナルメディアの知人に渡し、検証を依頼した。

 だが、帰ってきた返答は意外にも素っ気ないものだった。

 「載せられない。これは国家間問題に発展しかねない。編集部全体がストップをかけてる」

 たったそれだけだった。

 証拠があっても、誰も動けない。

 真実が、政治と外交と見えない契約によって、押し流されていく――。

 夢生は夜の東京駅の片隅で、独りつぶやいた。

 「俺たちは、空から攻撃されている。でも、そのことに気づいた瞬間、声を失わされる。これが……新しい戦争なのかもしれない」

 そのとき、スマホに動画が届いた。送り主は不明。

 映像には、九州南部の山中に設置された観測塔の近くで、作業服姿の男たちが何かを組み立てている様子が映っていた。

 男の背中に記されたロゴは、日本語ではなかった。

 夢生は、フレームの一角に映った文字を停止して拡大した。

 そこにあったのは――「Weather Strategic Unit - CN」の文字。

 「……やっぱり、中国だ」

 夢生は録音機を手に取り、小さく呟いた。

 「この空の下に、どれだけの意図が仕掛けられてる?」

 そして、空を見上げた。

 都心の高層ビル群のはるか上に、厚く垂れ込めた灰色の雲。

 雨は、静かに降り続いていた。

 だが、それはもう自然ではなかった。

 撒かれたのは水ではない。意志だった。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 第3章までで、舞台は「人工地震」から「気象兵器」、そして「政権とメディアの癒着」へと急速に深まっていきました。


 私たちが普段当たり前のように受け取っているニュースが、もしかしたら誰かの都合で編集されているとしたら――

 そんな不安と現実の狭間を、物語という形で描くことができればと願っています。


 今後も、夢生の闘いと、その背後にある構造を丁寧に描いていきます。ぜひ感想や応援、お気軽にお寄せください。

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