表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/29

日常は喪われた、けれど

「ちょっと暖かくなってきたね、お祖母ちゃん」

「そうね、やっとお日様が高くなってくれたものね」

 シュターブルク城の正門前で、レティとエイラは、ゼクルスが手配してくれた乗り合い馬車が来るのを待っていた。

 エイラに教えてもらって結ったお下げが揺れる感触は、なんだかこそばゆい。

 隣では、一緒の馬車で故郷に帰るという若い兵士が大きな欠伸をしている。

 確かアベルという名前で、顔を半分隠す包帯からは赤毛がはみ出していた。


「おーい、レティ、エイラ!」

「あ、ゼクルスさま! 来てくれたの?」

 そこへ、手を振りながら銀髪の少年が歩いてきた。

「勿論だ。約束したじゃないか」

 真っ黒いブーツの足が止まる。

 今日は砦に来ていた頃とは違って、お葬式から帰ってきたかのような暗い色合いのコートだ。裾や袖口に小さな雪の模様があって、彼の髪と同じ銀色に輝いている。

 その銀髪は黒い革紐で縦断されており、同じ黒が左目にふたをしていた。

「移住先が決まったんだな」

「はい。弟に事情を話したら、是非来てくれと。レティと同じ年頃の子もいるとかで、あの子はお手紙も交換しているんです」

 エイラとの世間話が終わると、以前約束した通り、アルニ砦襲撃の顛末について話してくれた。


 ドラゴン達は悪い人間に捕まって、砦を襲うように輝石術で無理強いされていたこと。

『悪い人間』の親玉が、ゼクルスの婚約者のファナだったこと。

 ファナからは輝石術を取りあげて、遠くの修道院に送ったこと。


「だからね、怖いことはもう起こらないよ。安心してくれ」

 ゼクルスは優しく頭をなでてくれたが、その顔色は晴れない。

「ゼクルス様、今日はどうして左の目にふたをしているの? 痛いから悲しいお顔なの?」

「あぁ、これ? こっちの目に怪我をしちゃってね。見えなくなったからふたすることに決めたんだ。今はもう痛くないよ、大丈夫」

 痛くないのなら、なぜもう片方の目をそらしたりするのだろう、とレティは首を傾げた。

「……もしかして、ファナって人にフラれちゃったの?」

「ぐぁ」

 そう口にすると。

 ゼクルスが、料理人に首を掴まれたガチョウのような声をあげた。

「ちょ、ちょっと君! いくらなんでも今のは良くないんじゃないかなぁ!」

「なんで?」

 突然、アベルが間に入ってきて、拳を固めて言う。

「フラれた男は傷ついてるんだから、もっと……こう、労って欲しいんだよ」

「おいこら。僕はフラれてなどいない」

「ゼクルス様、大変申し訳ありません! レティには私からよく言って聞かせますので、どうかお慈悲を!」

 レティの傍らで、真っ青な顔のエイラが地に額をこすりつけて詫びている。

「だから、フラれてないのに……」

 両手はポケットに、背を丸め、ぼやいた口はへの字になっている。


(あぁ……あの顔、ハイケに告白してフラれた時のマックスの顔とおんなじ……慰めてあげなくちゃ!)


 どうすれば元気になってもらえるだろうかと考えたレティは、ゼクルスに貰った琥珀を思い出した。


「あ、あのねゼクルス様! 教わった手品、出来るようになったんだよ、見て見て!」

「あー、はいはい」

 彼の明らかに気のない返事にもめげず、三人の観客をしゃがませて手品を披露した。


「まず、こちらの琥珀をよーくご覧下さい」


 この手品の種は実に明快、琥珀が二つあることだ。

 一つの琥珀を見せてから拳を握り、注意を引いてから、二つ目の琥珀をすかさず観客のポケットに。

 拳を開く時は、一つ目を袖口にすべらせて隠すことで、琥珀が移動したと思わせるのだ。


「すげぇ! 今、どうやってやったんだ?」

「やぁね、手品の種は明かさないものなのよ」

 ポケットから出した琥珀をレティに返しながら、驚くアベル。

 気持ちいいくらいに目を丸くしてくれた彼に、レティはいい気分になって、ふふんと鼻で息をした。


(なかなかいい反応じゃないの……もしかしたら、私には手品の才能があるのかもしれないわ! もっと練習して一人前の手品師になったら、お金がいっぱい稼げるだろうから、お祖母ちゃんに美味しいものを食べさせてあげようっと)


 今までに食べた美味しいものを思い浮かべながら、ゼクルスにお辞儀をする。

「ゼクルス様、琥珀をどうもありがとう。ゼクルス様の左目と同じで、とってもきれいだね」


 そう、言った時。

 彼の右目が大きく開いて、涙があふれた。


「え」

「あ、いや……目にほこりが入ったみたいだ」

 頬を伝うそれを拭い、ゼクルスはアベルに声をかけた。

「アベル・フィロス。怪我の具合はどうだ? 君にはエイラとレティの護衛を命じたが、支障がない程度には回復したか?」

「はっ。この通り、問題ありません! お二人の行き先まで、護衛を全うします!」

「砦の調査で、ファナと僕を守るために戦ってくれてありがとう。同僚の墓は作ったから、いつでも墓参に来るといい。領主ゼクルスが許可する」

「お気遣い、痛み入ります」

 直立不動で敬礼した後、アベルはこっそりとゼクルスに言った。

「あの、ゼクルス様」

「……なんだ」

「俺も城のメイドにフラれました。献身的に看病してくれた子に求婚したら、『ごめんなさい、もう結婚を約束した人がいるから』って」

「……そ、そうか。先約があったとは、残念だったな」

「なので、ゼクルス様一人ではないので、そう気を落とさずに……」

「しつこいな君は! フラれてないって言ってるだろう!」

 その後、三人とも怒ったゼクルスに叱られてしまった。


(なんで私まで叱られないといけないのかしら)


 下を向いたレティが頬を膨らませていると、馬蹄と車輪の音が近づいてきた。

 丁度いいとばかりに、さっさと馬車に乗り込む。

「お祖母ちゃん、はやく!」

「……ちょっと、待っておくれよ」

 馬車に乗り込むのに苦労しているエイラの手をアベルが取り、エスコートして、自分も乗り込む。

 荷物はゼクルスが御者に渡した。

「じゃあな、みんな。元気で!」

 馬車が走り出し、手を振るゼクルスが小さくなる。

「ゼクルス様、ありがとうございました! 琥珀、大事にするね!」


 レティは、彼が見えなくなるまで振った手を下ろして、服のポケットに入れる。

 そこにある琥珀の感触を確かめるように、そっと握った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ