6ー3
「……どういう、ことですか?」
反射的に兄を見る。
「ドラゴンには、タダで許してもらえた訳じゃないんだ。俺が王の住まいに常駐して、幼いドラゴン達に『恐ろしい人間に近づいてはならない』と教え諭すのと引き替えでな」
長生ゆえの知性と強大な力を持つドラゴンにとって、人間に囚われていいように操られたなどというのは屈辱以外の何物でもない。
その怒りを引っ込める対価としてドラゴンの王が望んだのは、もう二度と同じ過ちが起こらないようにすること。
――ドラゴンの頂点は、人間を脅威と見なしたのだ。
さりとて、王は人間が過ちを顧みて修正できる生き物だとは毛筋ほども思っていなかった。
最初に捕獲されたのがまだ若いドラゴンだったことから、虜囚の憂き目にあったのは、人間に対する好奇心を抑えきれなかったからだと断じたのだ。
よって、アインハルトをそばに置き、人間について学ばせて身を守れるようにしようと考えたのである。
「ドラゴン側の事情聴取によれば、見え透いた箱罠だったらしいぞ、最初のドラゴンが囚われたのは。『こんなのいつでも壊せる』と侮って試しに入ってみたら、予想外に手強くてな、あっという間に兵器扱いされたという訳さ。好奇心は何とかを殺す、とはよく言ったものだな」
アインハルトは肩をすくめて、ホットミルクをすする。
「ファナの事だから、目標達成まで何度でも諦めずに試したでしょうしね……つまり兄上は、ドラゴンが旧態依然のままでは、他の人間でも捕まえられる可能性がある、と?」
「然様。『走狗』だとて処分はしたが、誰も同じものにたどり着けない、という保障は無い。その上、ドラゴンの牙や角、鱗が最高級の核石になると判明してしまったしな」
――そう。
ファナが洗脳の指輪にドラゴンの角を使ったのは、伊達や酔狂ではなく、それが極めて高純度の霊素の塊だったからだ。
基本的には雑食の彼らだが、各種鉱石を食べて霊素を体内にとりこむ性質があり、その余剰分はぎゅっと濃縮されて、鱗や爪などの新陳代謝として排出される。
――それが、輝石術を扱う者にとってはどんな宝石よりも得がたい、最高級の核石になってしまうのだ。
「そんな事が人間に知れ渡ったら、捕まえて鱗をむしろうって考える人が出そうね」
「絶対出ますよ……人間には、一度出来上がった鉱石の霊素純度を高める技術なんてありませんから。身を守る術を知らない子供のドラゴンなんて、格好の餌食です」
ドラゴンの鱗と言えば、生半可な手段では傷つかない、難攻不落の代名詞である。
各種加工に耐えうる硬さと靭性を備え、温度変化で劣化することもない。
ドラゴンの長生を考えれば、人間などという短命な生物が扱う際の経年劣化など、取るに足らないものだろうとゼクルスは考えていた。
その上、高すぎる霊素純度はあらゆる術式の威力を底上げし、長期間核石交換なしでの術式行使を可能にしてしまう。
ドラゴンを一頭でも確保すれば、今までのように霊地に頼って霊素を再充填するという手間も無くなるだろう。別に値が張る石でなくとも何かしら食べさせておけば、自動的に最高級の核石が手に入るのだから。
仮に実戦に投入されれば、ドラゴンそのものを戦わせなくとも、核石があるだけで戦を終わらせてしまうだろう。
――抗いがたく魅力的な、夢の素材。それが、ドラゴンなのだ。
廃坑研究所は崩落してしまったが、ファナはシェーデル邸にもドラゴンの産物をため込んでいたので、ゼクルスが検証に困ることは無かった。
「俺とゼスがドラゴン達を解放する為に尽力し、輝石術の知識を提供したことについて、感謝はしているんだそうだ。だからこそ俺を生かして返し、この地を焼き尽くさないでくれたのさ」
ゼクルスはドラゴンと相対した時の、絶望的な恐怖を思い出す。
――あれが、大挙して押し寄せて来たら?
――矢弾の届かぬ上空から、一方的に焼かれたら?
リンツ領壊滅どころの話ではなく、この国中が焦土と化すだろう。
「ファナはドラゴンなど恐るるに足らずといった風でしたけど、僕は絶対に敵に回したくないですね」
「……だろうな。俺達だって、コルヌ達が味方をしてくれなければ、今ここにいられなかった。命を救ってくれた恩義を仇で返す訳にはいかない。俺たちは領民はもとより、ドラゴンをも守らなければ」
アイラが途中で入ってきて、湯たんぽと膝掛けを持ってきてくれた以外は、特に音も無い静かな時間が過ぎる。
「いつから、どこにいくの?」
カップを空っぽにした姉の声はかすれていた。
「大体一週間後くらいにはドラゴンの迎えが来て、リンツ北方にあるシュティル山脈に出発です。ゼスに元領主代行として引き継ぎをしたらすぐにでも」
「もう、帰って来れないの?」
「いいえ、帰って来れる……とは思いますが、人目もありますし、領主の城にドラゴンで乗り付けるのはあまり現実的ではないですね。何か別の手段を考えておきますよ」
アインハルトはホットミルクを飲み終えて、ほぅ、と一息つく。
そして、王から貰ったというドラゴンの牙を、ゼクルスとエレインに差し出した。
「ドラゴンの王は、ベルンシュタインとの相互不可侵を約束してくれました。それを身につけておけば、全てのドラゴンが攻撃しないよう通達してくれるそうです」
俯いたエレインの顔から涙がこぼれ、牙に落ちるのが見えた。
「一定の落としどころってやつですね。宝剣を失った元継嗣に居座られても困りますから、ちょうどいいでしょう」
「……お前なぁ、こういう時は嘘でも『兄上がいなくなって寂しいです』くらい言えないのか?」
牙を手のひらで転がしながら、兄の言葉にふふっ、と笑ってしまった。
「嘘の言葉なんて必要ですか?」
「……ふむ。いや、失言だった。嘘の言葉などいらん」
ゼクルスが飲もうとしていた二つめのホットミルクを奪い、アインハルトは飲み干した。
「なぁに、今の……男同士でわかり合っちゃってます、みたいな」
その様子に、エレインは涙そっちのけで頬を膨らませた。
「いいえ。別に分かり合ってません。姉上に元気になって欲しかっただけですよ」
「そういう、兄弟で声が重なるところが分かり合っちゃってるのに……いいわよ、どうせ女性は私一人だものね」
すねて頬を膨らませる姉に膝掛けを返し、ゼクルスは口を開いた。
「僕はね、ファナ・シェーデルに生涯を修道院で過ごして欲しいと思っているんです」
「……いいんじゃないかしら。悪さをした貴族のご令嬢としては定番だし」
「まぁ、俺も賛成ではあるが……その程度であのファナに堪えるか? どうせ懲りずにまた研究するに決まっている」
「ご心配なく、対策は考えてありますよ。職人たちと協力して作った指輪があるんです」
ゼクルスは金製の指輪を二つ、ポケットから取り出して、テーブルに置いた。




