6ー1
廃坑での戦いから二ヶ月。
意識不明のまま城に運び込まれ、しばらく寝込んだものの。
ゼクルス・フォン・ベルンシュタインは、十七歳の誕生日を生きて迎えることができた。
「……はぁ、次の書類は何だ、リウス」
しかし、兄の代わりに家督を継ぎ、領主となる定めからは逃げられなかった。
「監禁されていた職人たちへの詫び状の作成と、補償の書類でございます」
「あぁ、つまりは口止め料だな」
そう口にすると、リウスが大きく咳払いをした。
砦の破壊、ドラゴンを操っての間接的な殺人、継嗣及び民間人の拉致と軟禁、脅迫、横領の教唆など、ファナ・シェーデルの罪状は目を覆わんばかりだ。
そんな人間と婚約し、長年手のひらの上で操られていた、などと王都で知れ渡ろうものなら立つ瀬が無い。
「だってそうだろ? 彼らは兄上にとても感謝しているし、悪い噂を言いふらしたりはしないだろう……だけど、僕らの安心のために払うお金なんだから」
抜け目ない兄は、複数ある研究所の出入り口を調べ上げ、『自分が拘束されたら、騒ぎを起こして逃げるように』と職人達と示し合わせておいたらしい。
実験場は研究所の最奥にあったから、正反対の場所で騒ぎがあっても、ファナは気づかなかったのだろう。
「いいえ。ベルンシュタインが原因の事件で命を危険に晒したことへの、せめてものお詫びでございます。本来、とうてい金銭などでは埋め合わせできない事柄ではありますが、謝意の共通認識としてですね……」
その後は、貴族の沽券が、格式が、伝統が、と続く。
「そんなことどっちでも……まぁいいか」
「坊ちゃま!」
「ただでさえ気が重い仕事なんだ。説教なんて勘弁してくれよ」
さっさと終わらせよう、とペンを走らせた。
ちらりと目にした明かり取りの窓、外側は雪景色だ。
「すっかり冬だな」
「そうですな。今日はこの辺で切り上げましょう。メイドに温かい飲み物でも用意させます」
署名を終えた書類を回収して、一礼したリウスが部屋を出てゆく。
ゼクルスは、明日するであろう詫び状作成に必要なものが揃っているか確認してから、大きく伸びをした。
戦時に作られた城は暖まりにくく、窓も小さくて、日常生活にはあまり向いていない。
それでも、辺り一面が真っ白になる冬には、反射でほんの少し明るくなるのだ。
(こんな日だったっけ、ファナと雪合戦したのは)
小さい窓いっぱいに広がる銀世界は、否応なしにゼクルスの郷愁を呼び覚ました。
ファナとゼクルス、エレインとアインハルトの二対二で戦ったこと。
エレインの誘いで渋々といった顔で参加したのに、いざファナの雪玉が当たったらむきになるアインハルトが面白くて、笑いが止まらなかったこと。
(うん、確か……いつも澄ましてる顔面にモロに当たって、白いヒゲみたいになって……)
一応は組む相手を変えて戦ったりもしたのだけれど、なぜかファナはいつも負ける側になってしまい、悔しくて泣きじゃくる彼女を慰めるのに、ディランを含めておおわらだったこと。
(いい加減なぐさめるのが面倒になって、こっそり手加減すると怒るしさ……本当にファナは負けず嫌いだったなぁ)
あの頃はまだ存命だった父に『風邪を引いたらどうするんだ! 暖炉の前から動くな!』と言われたこともあった。濡れた服と靴を引っぺがされた子供四人は、長い説教にすっかりへこたれてしまったのだが。
そこでアイラが出してくれたホットミルクは蜂蜜入りで、甘くてとても美味しくて。
喜んで飲んでいたファナは今――沙汰が決まるまでシェーデル邸に軟禁の身だ。
何をするでもなく暖炉の前に座り、じっと炎を見ていると、ノックの音がして。
「ゼス、ハルトが帰ったわよ」
執務室の続き部屋から、姉の声が聞こえる。
「あぁ、お帰りなさい、兄上。姉上もお疲れ様です」
ドレスの上に肩掛けを羽織り、アインハルトの髪から雪を払っている姉の手は細い。
「寒かったでしょう、暖かいところへどうぞ」
二人に暖炉そばの席を勧める。
アインハルトは深くため息をつき、椅子に体を沈めた。




