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5ー6

 ――遠い昔。


 ゼクルスが、婚約者候補としてファナと引き合わされたのは、六歳の時だった。

「僕はゼクルス・フォン・ベルンシュタインだ。お前がファナ・シェーデルか?」

「は、はい……そうです。ふ、ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いいたします」

 傍にいる父親の手を握り、ちらちら見ながらの言葉。

 はちみつ色の金髪はお下げにされ、ペリドットのような緑色のリボンが結ばれている。

 同じ色のドレスは着ているというよりかは、フリルとレースに埋もれているように見えた。


(いいな、父上と一緒で。僕は来てもらえなかったのに)


 そう思いながら、ゼクルスは後ろに控えるアイラをちらりと見て、ファナに視線を戻す。

 なぜか先ほどから、繋いでない方の手もぎゅっと握っているのが気になった。

「お前、そっちの手に何を持ってるんだ?」

「あ、あの……これは、お近づきの印、です。おおさめ、下さいませ」

 開かれた手のひらにあったのは、銀製のイヤーカフだ。

 白い地金に黒い文字が刻まれ、文字の中心にはサファイアが一つ。

「これ、輝石術だろう? どういう効果があるのか教えてくれないか」

 そう問うと。

「は、はい! よろこんで!」

 ぱっと笑顔になって、ファナは勇んで説明してくれた。

 イヤーカフを二回指で弾くと、城の通信室にあるベルが鳴って、詰めている人間に知らせてくれるのだと。

「ベルとイヤーカフに、おそろいの術式構文を刻めば、かのうなのです!」

「……ふぅん。危ないときに助けてもらえるってことだな。でも、違う部屋に知らせたい時は、どうするんだ?」

「だいじょうぶです! その時は、ここのこうぶんをこう、書き換えて……」

 ファナは、父親の差し出す石版に大きく古式文字を書き、どの言葉が何を意味しているか、詳しく説明してくれた。

 頬をピンク色に染め、赤さんごのようにつやつやと輝く瞳で、実に楽しそうに。


(輝石術って、そんなに楽しいのかな……?)


 幼い頃のゼクルスは、輝石術を特段好きという訳ではなかった。

 将来独り立ちするために学んでおきなさいと父フリッツに言われ、渋々やっていたからだ。

 仕方なくやっているものに身が入るはずもなく、教師の言葉は右から左に素通り、試作だって成功したことは一度も無かった。


(どうして姉上と僕はお家を出て行かないといけないの? なんで兄上はお家にいていいの?)


 兄のアインハルトが跡継ぎだからという理由で、何かにつけてゼクルスは後回しにされており、幾度となく抱いた疑問に、答えが得られることは無かった。

 父に故意は無かったのかもしれないが、六歳のゼクルスにとってはそうだったのだ。

 母がいれば慰めてもらえたのかもしれないが、ゼクルスを産んだ後亡くなったから、望みようも無い。

 その上兄は文武両道で、さしたる苦労もせずに大抵のことをこなしてしまう優秀っぷりなのだ。

 使用人達は口々に兄を褒め称え、ゼクルスには「坊ちゃまはまだ六歳なのですから、気にしなくても良いのですよ」と言う。


(僕が欲しいのは、そういうのじゃないんだよ……)


 ならば自分は何が欲しいのか、と考えてみても、言葉にできなくて。

 そんな日々に降って湧いた『こんやくしゃこうほ』は、兄よりも先にゼクルスが得た初めてのものだったのだが、特に父の関心が得られるということは無く。

 いつもどおりに兄を連れて領地の視察に行ってしまったのだ。


(まぁ、この子はなんにも悪くないし。僕だってもう、駄々をこねるような年でもないしな)


 受け取ったイヤーカフは、陽光の下で冴えた輝きを放っている。

「……どうもありがとう」

 アイラに渡すと、耳につけてくれた。

「なぁ、輝石術ってどんなどころが楽しいんだ?」

「えっ? ええと…… 『こんな事ができたらいいな』と思ったことを本で探して、自分で構文を組み立てて、核石もたくさん試して、ぴったりの組み合わせを見つけるのがとっても楽しいです!」

 ぶんぶん手を振り回し、得意満面に語るファナを見て、ゼクルスは思ったものだ。


(……なんかすごく楽しそうだな……僕ももうちょっと、輝石術をやってみようかな)


 イヤーカフを触りながら、えへん、と咳払い。

「なぁ、輝石術のこと、いろいろ教えてくれないか? せっかく贈り物をくれたんだから、僕も……何かお返しがしたいし。輝石術でこういうの、作ってみたいんだ」

「は、はい! よろこんで!」

 ファナが受け入れてくれたことに安堵していると、なぜかアイラが「坊ちゃま、大きくおなりになって……」と言いながら泣き出したので、訳も分からず慰めるという一幕はあったものの。 

 それ以降は、父の手配した輝石術の講義に、ファナも誘うことにした。

 シェーデル家は元来輝石術の大家であったし、主家のベルンシュタインが援助するという環境にも恵まれて。

 ファナは教師が舌を巻くほどの勢いでぐんぐん成長し、ゼクルスも負けじと勉強に励んだ。

 その甲斐あってか、基礎を習得して応用に入るまで一年と少し。

 その後は貴金属の細工職人に師事し、姉とメイド達に『女性の好む装飾品』について聞き込みと試行錯誤を繰り返した結果。

 七歳が終わる頃にはイヤーカフの返礼品として、つたないながらも手作りの首飾りを贈ることができたのだ。

「わぁ、きれい! ありがとう!」

 彼女の笑顔を見ると、何だか自分が『よいもの』になれたような気がして、嬉しくて……あたたかいと思った。


 ――だから。


 そんな気持ちにしてくれたファナには、もっと喜んで欲しいと思った。

 ずっと幸せでいて欲しいと願った。

 自分が頑張れば、一緒にいられる時間はずっと続くんだと、そう信じて疑わなかった。


 義眼をはめ込む時だって、ファナはゼクルスを安心させてくれたのだ。


「大丈夫。新しい眼も、とってもきれいよ」


 義眼が体になじみ、元通りに見えるようになるまで常にそばにいて、支えてくれた。


 ファナは、ゼクルスにきれいなものを沢山くれた。

 だから自分も、同じくらいきれいなものを返せるようになろう。

 初めて会ったとき、自分たちを照らしていた朝日のように。

 

 光を取り戻した左目でファナを見たとき――心から、そう思ったのだ。


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