5ー4
眼鏡の下、赤さんご色の目を睨みつけ、ゼクルスは叫ぶ。
「どっちもお断りだね!」
「なら、死になさい!」
ファナもそう言い返し、手を叩く。
「ドラゴンちゃん、私達を背中に乗せなさい! あの二人を殺すのよ!」
ファナとディランがドラゴンの背に乗ろうとすると、そのうち一頭、牙の折れた若葉色のドラゴンが拒み、鞍を振り落とした。
ファナの望むままに動いたのは、三頭だけ。
若葉色のドラゴンは、その三頭と対峙する位置に移動した。
まるでこちらに味方するかのように。
「余はコルヌ! ドラゴンの誇りを汚すものは許さんぞ!」
「人間の言葉……? ハルト兄様、また何か仕込んだのね? ……もぅいいわ! ディラン、やっちゃって!」
「仰せのままに」
ディランは応え、ドラゴンの背に跨がって一蹴り。
するとドラゴン達がこちらを向き、がばりと口を開ける。喉に炎が灯るのが見えた。
「うわっまず」
ゼクルスは兄を引っ張って祭壇を駆け下りると、間一髪で頭上を劫火が薙いでゆく。
その後はもう――轟音、咆哮、ドラゴンの肉弾戦だ。
「……兄上、あの、若葉色のドラゴンは味方なんですか?」
「そうだ。捕まっているうちに、全てのドラゴンの牙にヒビを入れておいた。折れば『走狗』から解放できる。王の子だというから、恩を売っておけば後々利益があるだろう」
「……そうですか。で、どうやって?」
「武器は持っていなくても、輝石術を使う用意くらいはあるだろう? 『門』の術式で戦槌でも出してくれ」
そう言う間にも地面は揺れ、シャンデリアの飾り石が降ってくる。
「無いですよ、そんなの。非武装で来いって手紙だったんだから」
「……はぁ? バカ、本当に丸腰で来るやつがあるか! そこは隠し持つくらいしろよ、死にたいのか?」
「あら、そこまで言ったら可哀想よ、ハルト兄様。ゼスは私のお願い通りにしてくれただけなんだから」
祭壇の下にいる兄弟の元へ、ドラゴンに跨がったファナが迫る。
王の子とはいえ、ドラゴン一頭で三頭を足止めするのはさすがに無理だったようだ。
「ふふ、相手取るドラゴンが一頭減ったからって何なのかしら。人間がドラゴンに勝てる訳ないじゃない!」
ファナの号令で、青いドラゴンはゼクルス達に前足を振るう。
「ぼーっとするな、死にたいのか!」
同じ台詞を言い返し、アインハルトの襟元を掴んで地面に引きおろし、鉤爪を避けた。
勢い余った爪はぶぅん、と唸りをあげ、風どころか祭壇の岩まで切り裂く。
兄の肩をしたたかに地面にぶつけてしまったのは、挽肉になる運命を避けるために、仕方ないことなのだ、とゼクルスは独り言つ。
(別に、決して、苛ついたからわざとやったわけじゃないぞ)
「もう、いいかげんに諦めなさいよ」
「うわぁ、あくどい台詞が言えるようになったな、お前も。いつもの無邪気なお嬢様はどこ行ったんだよ」
ゼクルスは辺りの瓦礫を足で避けて、まっさらな地面を出す。
「もぅ……仕方ないなぁ。今からでも私に従えば、命は助けてあげる。どうせ筆記具も核石も無しじゃ輝石術は使えないし、機会くらいはあげるわ」
「いや。核石ならある」
それを聞いて、三人が首を傾げた。
恐らくはこう思っているのだろう――ゼクルスは苦し紛れの冗談を言うような人間ではないのに、と。
「兄上。若葉色のドラゴンと一緒に、必死で時間稼ぎをしてください。五分」
今しか無い。
構文を書き終えてからでは、気づかれて妨害されるだろう。
「ファナ、お前がくれた核石を使って、お前を止めるよ」
「……まさか!」
こちらの意図を見抜いたアインハルトの手が届く前に。
指を左目に突っ込んで、琥珀製の義眼をえぐり出した。
――ぶつっ。
奇跡的に再生していた視神経がちぎれ、視野の左側がごっそり欠ける。
幼い頃、光を失った時とはまた違う激痛に、歯を食いしばった。
(……これくらい何だ。意地を張れ、ゼクルス)
義理堅く約束を守っていた老兵たちは死んだ。
彼らが慈しんだ子供たちは生きられなかった。
砦を救援に行った兵士も、雪豹と戦った兵士も――自分以外の誰かを助けようとした者は、物言わぬ骸と成り果てた。
生き残った者たちだとて、癒えぬ傷を抱えて毎日を過ごすことになるだろう。
「彼らの苦しみを無かったことになんてできない。戦なんて、絶対にさせない!」
瓦礫で手を切り、流れる血で古式文字を綴る。
舌打ちが聞こえ、兄が走り出すのが分かった。
「ゼスのバカ! せっかく、せっかく作ってあげたのに! もう絶対に、見えるようになんてしてあげないから!」
ファナの言葉も、地を揺らす衝撃も、何かがぶつかり合う轟音も意識から追い出して。
ただひたすら文字を書く。
血が途切れないうちに。
書いた文字を踏まないようにして。
体に染みついた反射的な動作で、暗記ずみの構文を、最後まで書き終えて。
円環を描く構文の中心に、義眼を置いて、踏み砕く。
「おい、聞こえるか! 武器をあるだけ、全部送れ!」
砦調査の時と違い、今回の繋ぎ先は城の武器庫。
「かしこまりました」
向こうにはリウスが詰めていてくれたようだ。
まばゆく輝く古式文字の円環から、生え伸びる武器たち。
槍に長剣、戦斧、鉈、大鎌、戦槌に弓矢にクロスボウ――そして大小様々なナイフ。
棚でもひっくり返したのかじゃらじゃらと、けたたましい音をたてて、泉でも湧くように武器があふれてくるのだ。
その中に、鞘つきのベルトと大振りのナイフを見つけて腰に巻く。
他にも手当たり次第にナイフを身につけた。
「兄上! お望みのものです!」
「遅ぇよ!」
汗だくでドラゴンから逃げ回っていたアインハルトに、戦闘用金槌を投げた後、すかさず前に走り込んで、跳躍に合わせて足場になり、手で投げ上げてやった。
なのに、顎までは届かずドラゴンの手をぶっ叩く羽目になったことには少しイラつく。
「あぁ、くそッ!」
「それはこっちの台詞ですけど? なんで届かないんですか兄上!」
しかし、衝撃によって術式が解放され、戦槌からわき出した『茨』がドラゴンの体をギチギチに締め上げる。すぐにちぎられてしまったが、逃げる時間は稼げたので良しとしよう。
「お前こそ! 接近戦用の武器に『茨』なんて仕込むか普通? 俺が戦槌を放したから良かったが、持ったままだと潰されてたぞ!」
「逃げられたんだからいいでしょう! 『茨』は『糸』と違って、解放された霊素が独自に動いて標的を拘束するから、持ってる人は安全です! ドラゴンが力ずくで切ったのは、僕のせいじゃありません!」
雄叫びと熱線、動く鈍器をかいくぐって、走る、走る。
「あぁ、申し訳ありません父上……あなたが八方手を尽くして入手した琥珀を、ゼスはさらっと、何のためらいも無く捨てました!」
「え、ためらいくらいあったのに……父上ー、あなたの長男は次男が助けにきても、身を切って武器を調達してもお礼も言いませーん」
「後で覚えてろよ!」




