5ー3
叫んで。
伸ばした手の先で。
いつの間にか拘束を脱したアインハルトが、宝剣を抜いてドラゴンの牙に叩き付けた。
ばきっ、と音を立てて吹っ飛び、ゼクルスの背後に落ちる牙。
「グゥエッ、ゲウッ」
ドラゴンはというと、驚いてアインハルトを吐き出し、むせて咳き込んでいる。
「兄上! 怪我は?」
「大丈夫だ! それよりも指輪をよこせ!」
危なげなく着地した兄に指輪を投げると、宝剣の柄を叩き付けて破壊。
「な……何するのよ! それを作るのがどれだけ大変だったと思って……っ!」
「悪いな。また同じ物を作るにはさぞや時間がかかることだろう」
眉をつり上げたファナをあしらうと、ドラゴンの唾液まみれの体を気持ち悪そうに震わせた。
「……はぁ、無事で何より……宝剣は仕方ないですね。継嗣の資格なしと難癖つけられた時の、言い訳を考えなくては」
儀礼用の短剣は、ドラゴンの牙を折るような衝撃には耐えられなかったようで、激しくゆがんでいる。
これではもう、ベルンシュタインの家督を継ぐことは認められないだろう。
「いや、何も問題はない。領主にはお前がなればいいんだ。そうすれば、ファナは俺達に手出し出来なくなるからな」
「本気ですか、兄上?」
ぐっ、と黙るファナを横目に、アインハルトは言葉を続けた。
「俺は宝剣を失い、目下のところゼスが唯一の継嗣となった。ベルカルニエでは女性は家督を継げないし、姉上には娘しかいないからな。無論夫はいるが……さすがに遠すぎて、ゼスのようにほいほい望み通りには動くまい」
アインハルトは祭壇に転がった牙を拾い上げ、刻まれた古式文字をなぞった。
「唯一の跡継ぎが心身に異常あり、などと王家に知られてみろ。所領は王家預かりとする、と喜んで言ってくるぞ。……婚約者でしかないお前には、さして金も権力も残らないな。我が弟は腹芸が下手なのだが、愛する婚約者の為に自然な受け答えができるといいな」
口角を釣り上げたアインハルトは、指輪の残骸へ顎をしゃくる。
「そういえば、指輪の最終調整はまだなんだったか? ……いや、もう詮無いことだな。ああもバラバラになってしまっては」
明確な嘲笑に、みるみるうちにファナの顔が紅潮した。口元が震えているのは、怒りの余り言葉も出ないのだろうか。
(……なるほど。ファナはどうがんばっても何も取り戻せなくなったわけか)
三姉弟のうち誰を殺しても、指輪をまた作って洗脳しても、結局所領は王家預かりになってしまって、ファナの思い通りには決してならない。
むしろベルンシュタインという庇護者がいなくなって、研究どころか生活に困る事になるかもしれないのだ。
「実の所、お前は本気で俺を殺すつもりは無かったんだろう? 俺たち兄弟に対して、互いを人質として行動を縛る心算だった。宝剣を取り上げなかったのは、仮に俺が死んだ時、人物を特定する手がかりにするためか?」
「ご高説どうも。でも、人質はまだいるのよ?」
ドラゴンの唸り声を背景に、三つ編みの根元につけていた髪飾りを外して掲げる。
「これを壊せば、エル姉様の髪飾りから毒針が出るようになってるんだから」
「……やっぱりか」
余裕を取り戻したらしいファナの言葉に、ゼクルスは何も思うことができなかった。
「なるほど、俺を攫ってからそんな事をしていたのか。やっぱり、と言うならば、姉上は無事なんだろう?」
しかし、弟が想定通りに動くと疑っていない兄の言葉に、突如としてイライラがわき上がってくる。
「……まぁ、とっくに壊しましたけど。兄上のその……『自分は全部分かってました』ってツラ、僕大嫌いなんです」
「……いや……それ、今言う必要あるか?」
ドラゴンの咆哮が、兄弟の睨み合いを終わらせる。
ファナが髪飾りを投げ捨てると、ディランが素早くお下げをお団子状にまとめた。
「今すぐ決めて! 私に従うか、ドラゴンに殺されるか!」




