表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/29

5ー2

 ゼクルスは、坑道を降りる昇降機に乗って、地下深くの実験場に辿り着いた。


「ゼクルス様をお連れしました」

 声を張り上げるディランの視線、その先には乗馬用の服に身を包んだファナが手を振っている。

「いらっしゃい、ゼス! 武器は持ってないよね?」

「はいはい丸腰だよ。迎えのディランがチェックしたんだから、信じろ」

 ディランと共に祭壇に登り、両手を挙げて見せる。

 彼はファナに紐付きの鍵を返していた。

 彼女が指に引っかけて回すそれは、ここに出入りする唯一の手段、先ほど乗ってきた昇降機を操作する為のものだ。

 吹き抜けの上には青空が見えているが、あそこからの脱出は難しいだろう。

 それこそ、空でも飛べぬ限りは。

 だからこそ、人質をとって呼び出すにはうってつけという訳だ。


「ゼスお前……バカ正直に来る奴があるか? 愚か者」

「ひどいなぁ、兄上。助けに来たのに」

 兄は丸腰のゼクルスとは違って宝剣を身につけているが、だからといってどうなる訳でもない。

 祭壇の下には色とりどりのドラゴンが四頭も控えているのだから。

 例の、体表に古式文字が書かれた兵器のドラゴン達だ。


「ふぅん、周りを観察しちゃったりして。意外と冷静なのね、ゼス。怒ったり、泣いたりしないの?」

「すれば戻れるのか? 一緒にお茶を飲んでた頃の僕達に」


 ファナは黙って首を横に振った。

 金のお下げが揺れる様はいつもと同じなのに、その『いつも』はもう無いのだろうと、どこか他人事のように思った。


「それで? こっそり謀反の準備を進めて、兄上までさらったお前は何がしたいんだ? 目的を言ってみろよ」

「ふふっ、研究を自由にさせて欲しいの! 禁術だなんて言わないで、全部私にやらせてよ。王家にバレたら処刑だって言うなら、倒しちゃえばいいじゃない。ドラゴンとの戦争でもいいよ、そうすればまた戦闘用の術式が必要になるでしょ?」


 紐を首にかけ、そう言うファナの顔は実に得意げで。

 心配事など一つも無いという風だ。


「他の領主が味方してくれるよう算段でもつけているのか? ベルンシュタインだけじゃ勝てないぞ」

「算段はないけど……皆ハルト兄様みたいにすればいいわ。大事な人をさらっちゃえば、お願い聞いてくれるでしょ」

「いつからだ……? いつから、そんな事を考えてた? ファナ!」

 声も出ないゼクルスとは違い、アインハルトは縛られたままで叫んだ。

「そんな事って、謀反のこと? 始めたのはお父様だし、いつからって言われてもね……あ、でも、自由に研究したいっていうのは、小さい頃から思ってたよ。あれもダメこれもダメって窮屈だし」

 ファナは腰のベルトポーチから指輪を取り出して、ゼクルスの掌に乗せる。

「それでね、ハルト兄様を助けてあげる代わりに、ゼスにはこの指輪をはめて欲しいの。最終調整がまだだし、どんな気持ちになるか詳しく教えてね!」

 素材は獣の角のようなクリーム色で、幅広の面には所狭しと古式文字が刻まれている。


「これは、『走狗』の術式を応用しているな……まさか」

「そう! それはね、はめた人間が私に抵抗できなくなる指輪……いわゆる洗脳の指輪なの。ちょっと芸が無いから、名前は後で考えるけど、ドラゴンの角を削るの大変だったんだから。大事にしてね」

 ファナは頬を染めて伏し目がちに、恋人に贈り物をする乙女のように言う。


「ゼスが奴隷になってくれたら、ベルンシュタインの地位もお金も全部研究の為に使えるわ。あ、もちろん義眼の術式も改良しましょう。私だけじゃなくて、あなたにも利点があるようにしてあげるから、安心してね!」

 義眼のはずの左目に激痛が走り、思わず膝をつく。

「何でだよ、ファナ……お前にはたくさんの人を助けられる力があるのに……戦だなんて、そんな……今まで何人死んだと思ってるんだよ! お前だって見たじゃないか、砦の残骸を!」

 ディランが目を伏せる横で、ファナはにっこり微笑んだ。

「もちろん見たよ。あちこち砦を歩き回って、ドラゴンの術式がうまく機能しているのをね。安心しちゃった」


 渡された指輪は重く。

 

(僕は……一体誰と話しているんだ?)


 胸のうちで、ガラガラと。

 信じていた大切なものが崩れる音が、聞こえた気もする。


(もしかしたら、もうとっくに壊れていたのに、気づかないふりをして。直せる、戻れると思って、必死に接ぎ合わせていたのかもしれない)


「それにさ、人が死んだからって何? ゼスだって、私の可愛い雪豹を殺したじゃない! 他の獣で何回も実験して、やっと成功した大事な子だったのに!」

「雪豹って……あの双頭の? あいつ、お前が改造したのか?」

「そうよ! オドって名前だってつけてあげて、私に懐いてたんだから!」

 ファナにしては珍しく、怒気が露わになっている。よほど大事にしていたらしい。

「懐いていたなら、何でだ! 『走狗』を施術したら長生きできないって分かっていた筈だろ! 砦であいつ、僕に真っ先に向かってきたんだぞ! 僕を敵だと思って、お前を守るために戦ったんじゃないのか!」

「そんなの知らないもん! 『走狗』だって、これから改善して、生体への負担を減らそうと思ってたのに……勝手にここを逃げ出したりして、私は死んで欲しく無かったのに!」

 ファナは頬をふくらませて、ぶんぶんとかぶりを振った。

「お父様だって怒ってたわ、戦時中は尻を叩いて戦闘用術式を開発させたくせに、負けた途端に王家に尻尾を振って、研究を禁止するなんてひどい、嘘つきだって!」


 ファナの父トーランは、ことあるごとにこぼしていたそうだ。


『お前はこんな所で終わる子じゃないんだ』


『お前の才能なら、『走狗』の実用化は確実なのに』


『戦争さえ終わらなければ、負けたりしなかったら、もっと自由に研究させてやれたのになぁ』


『ごめんよ、ファナ。無力な父を許しておくれ』


 ――ファナが輝石術の才に恵まれず、努力もしなかったなら。

 ゼクルスが失明せず、義眼を作る必要に迫られなければ。

 称賛され、婚約が確定することもなく――トーランの想いが強まることも無かっただろう。


「さぁ! この指輪をはめて、私の奴隷になってよ! そうすれば取り戻せるの! お父様が言ってた、自由に研究できてた時代を!」

 ディランがアインハルトを引っ立てて、若葉色のドラゴンの方へ追いやった。

「ドラゴンちゃん。私が合図したら、その人間を食べちゃいなさい」

 ファナに指示され、ドラゴンはアインハルトをくわえて、ぐっと体を伸ばした。

「兄上!」

「何をしてる、さっさと逃げろ! ファナの望み通りになったら、もっと人が死ぬんだぞ!」

「あ……ぁ……」

「さぁ、ゼス!」

 耳を貫くようなファナの言葉。


 ――指輪さえ、すれば。

 ――もしかしたら、術式にあらがう事ができるかもしれない。

 ――目の前で、人が死ぬよりはよほどいい。


 そう、諦めて。

 指輪を二本の指でつまむまでの時間が長すぎたようだ。

「もぅ、遅い!」

 怒ったファナが手を叩き、ドラゴンは無造作にアインハルトを投げ上げた。


 ――上がった後は当然下がるもので。

 落下地点は、大きく開いたドラゴンの口。


「やめろ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ