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1ー1

「坊ちゃま、起きて下さい。もう正午過ぎですよ」

「うぁ……」

 リンツ領シュターブルクにある領主の城。

 鍛冶場兼工房に持ち込んだ長椅子の上で、ゼクルスは目覚めた。

「あれだけベッドで寝て下さいと申し上げましたのに。また工房で徹夜なさいましたね?」

 年かさのメイドが、眉間にシワを寄せている。

「えっと……ごめん」

「お召し物もつなぎのままで……お着替えをお持ちしましたよ」

 白髪交じりの髪をひっつめにしたアイラは、ゼクルスが生まれる前からいる古株で、どうにも頭が上がらない。

「でも、もう少しで出来上がるところだったんんだから……仕方ないだろう」

「また輝石術(きせきじゅつ)でございますか?」

 アイラは眉をひそめ、寝ぼけ眼をこするゼクルスに水を用意してくれる。

 飲んでいるうちに、シャツとズボンとサスペンダー、靴下に下着まで出てくるので、着替えて、用を足して戻ってきた。

 椅子に座るとすぐさま髪を整えられ、服のしわがぴしっと伸ばされる。

「ファナに渡す……指輪を作ってたんだ」

 ゼクルスは顎をしゃくって作業机の上を示す。

「まぁ、これが婚儀でお渡しになるお揃いの品ですか。きっとお喜びになりますよ」

「……だといいね。僕はいらないと思ったんだけど、王都では夫婦が揃いの指輪をするのが習わしだって、姉上がうるさいから」

 ゼクルスの姉、エレインは医者に嫁いで王都で暮らしている。

 ここリンツ領の実家に帰省しようものなら、弟二人の世話を焼きたがり、うざったいことこの上ない。

「ふふ、まぁそういう事にしておきましょう。さぁ坊ちゃま、お食事をなさって下さいまし」

 アイラは作業机の上を片付けて、朝食を出してくれた。

 ほかほかのパンに、タマネギを煮込んだスープ、酢漬けキャベツ、そしてとろっと半熟に仕上げた炒り卵の四品だ。

「この指輪……ツタ模様を文字でお作りになったのですね。これが輝石術で使う文字ですか?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれた! 若いメイド達に好みの模様を聞いて、術式構文と装飾性を両立させてある力作だぞ!」

 金製の指輪は表面を鏡のように磨き上げ、ツタとそれに連なる花を、輝石術で用いる古式文字で描いてある。

 花の中心に、それぞれの瞳と同色の核となる宝石をあしらった。ゼクルス用は青、ファナ用は赤だ。

「この術式はな、指輪をしている人間の危機がお互いに分かるようになっているんだ!」

 炒り卵を挟んだパンを咀嚼して飲み下し、スープを一口。

「いいか? ここの構文が『核石(かくいし)を三回叩いた時』で……次に『指輪の内径を2ミリ狭く』するよう指定してあってな、片方が何か危ない目にあった時、核石を叩けば連動してもう片方の指輪が締まるという寸法なのさ」

「はぁ……それでファナ様の居場所がお分かりになるので?」

「いや。指輪が小さいから、そこまでの仕込みは出来ない。連動して術式が働くようにするだけで、隙間が埋まっちゃったからな」

 文字が小さいと言うアイラに拡大鏡を渡して、ゼクルスは酢漬けキャベツに手をつける。半熟の炒り卵と一緒にパンに挟むと、卵の甘さが引き立って実にいいのだ。

「では、ファナ様の元に駆けつける事が出来たりは?」

「残念ながら無理だ。そもそも、輝石術は便利な道具を作る技術であって、生物には効果が薄い。ほら、それだって食べ物を温かく保ってくれるだろ?」

 なら何の役に立つの? と言いたげなアイラから目をそらし、朝食を持ってきたワゴンを指さす。食事を載せる部分には、輝石術が施されているのだ。

 まぁ、酢漬けキャベツだけ冷たく、という設定は出来ないので、別の籠で持ってきてくれたのだけど。

「確かに……でも、これは叩いたりしませんね」

「だろうな、術式の解放条件が違うから。そのワゴンは一度核石をはめ込んだ後は、石の中の霊素(れいそ)を使い切るまで働いてくれるやつだ」

 使い切る、という言葉でゼクルスは思い出した。

「という訳で、僕は霊地に行ってくるよ。姉上への贈り物、色々術式を試していたら、霊素が切れちゃってさ。そろそろ充填が終わる頃だろうし、取りに行かないと。ごちそうさま!」

 最後の一口を食べ終えて、席を立つゼクルスに、アイラは咎めるような眼差しを向けてくる。

「坊ちゃま、アインハルト様がお呼びですよ。相談したい事があるから、起きたら来て欲しいと」

「うっ」

 ゼクルスは、自分より上背があり眼光鋭い兄の顔を思い浮かべた。

「い、嫌だ……絶対怒られる」

「そうお考えなら、最初から怒られるような事をなさらなければよろしいのに」

「……ったく、うるさいなお前は! 大体、なんで僕は『坊ちゃま』で兄上は『アインハルト様』なんだ?」

「それはですね、アインハルト様は徹夜で寝坊などされませんし、呼び出しから逃げるような事もなさいませんから」

 苦笑いで食器を片付けるアイラを横目に、ゼクルスはコートを羽織る。

 その上から大振りのナイフと、領主の子に下賜された継承の宝剣を身につけるベルトを締め、片耳につけたイヤーカフを触って確認。

 霊素を可視化するゴーグルを首にかけて出発だ。

「兄上に言っといてくれ! 霊地で姉上への贈り物を回収したらすぐに戻りますってな。兄上だって、姉上を怒らせない方が良いって事には、同意してくれる筈だ」

 アイラの返事を待たず、ゼクルスは工房を出て、走って厩舎へと向かった。

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