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5ー1

「ゼス、ちゃんとお手紙読んでくれてるといいな」

 そう呟き、しっとりとしたクッキーをかじる。

 ファナは、廃坑研究所の最奥部で、ゼクルスを迎えに行ったディランの帰りを待っていた。

 彼が手紙を託した時、ヘルマンの意識がはっきりしていなかったと聞いて、少し不安なのだ。

 廃坑研究所は、岩塩鉱山に縦横に走る坑道を利用して作られた、いわゆる軍事施設である。

 水に食料、各種消耗品の備蓄倉庫や、自爆装置などのいかにもそれっぽい施設はもちろん、開発した術式を試す実験場となる、大きく掘り広げられたホールも存在する。

 そこは神に祈る祭壇のような小高い丘があり、上部は吹き抜けになっている。そして軍事施設には不似合いなシャンデリアが輝いていた。

 ディランが用意してくれたクッキーは、手のひら大で平べったく、ふた付きの容器にぎっしりつまっている。

 ときおり輝石術を用いた保温瓶の蓋をあけ、ただよう香りを楽しんでから、温かいお茶でのどを潤したりもして。

 クッキーに入れられた干しぶどうを楽しむのだ。

 いつだったか、ゼクルスと二人で城下町に出かけ、輝石術に使う資材や資料を買いあさった時のように、心がうきうきする。


(確かあの時もディランが『おやつにどうぞ』って、このクッキーを持たせてくれたっけ。ゼスもうまいうまい、って食べてたなぁ)


 何せ、祭壇の下にはすっかり『走狗』の馴染んだドラゴンが四頭も出番を待っている。

 彼らは血走った目で唸り、じっとホールの出入り口を睨み付けていた。

 長く険しい道のりを、何年も努力を重ねて、やっとの思いでたどり着いたのだ。

 

(ゼスがこの指輪をはめてくれたら、もっと自由に研究ができるわ、楽しみ!)


 腰のベルトポーチから取り出した指輪をシャンデリアの下にかざし、じっと見つめる。

「ねぇ、ハルト兄様、覚えてる? ゼスの義眼を作った頃のこと」

「無論、覚えているとも」

 ファナの隣、縛られたまま椅子に収まっているアインハルトは、しれっと答える。

「義眼を作るには型どりが必要なのに、あの頃のゼスは泣いちゃってなかなか取らせてくれなくて……大変だったなぁ」

「ある日突然失明したんだから、泣くのも仕方無かろう。八歳の子供に言ってやるなよ」


 ファナは、ゼクルスが失明した日のことを思い返す。

 あの日は、いつもアインハルトにかかり切りの先代侯爵フリッツが、珍しくゼクルスに鍛造を教えていた。

 鍛冶場の土間にしゃがんで、熱心に見入るゼクルスの眼に、たまたま飛び散った火花が直撃し、見えなくなってしまったのだ。

 その時まだ婚約者候補であったファナにとっても、失明したゼクルスが落ち込んでいるのは痛手であった。

 彼と輝石術の話をするのはとても楽しい時間だったのに、それを失ってしまったのだから。


(輝石術には細かい作業がたくさん必要だし……このままずっと片目が見えないのはかわいそう。なんとかしてあげなくっちゃ)


 そう考えたファナは、父を通じて侯爵に相談し、生体作用術式を応用して義眼を作ることにした。

 いったん失った視覚を取り戻すのは不可能だと言う職人もいたが、そんな事はやってみなければ分からない。

 

 ――まず取りかかったのは、核石となる素材探しである。

 快適な装用感のため、核石にするのは眼窩にそって柔らかく曲線を描く素材でなくてはならない。

 長いこと眼窩に入れても変性せず、割れたり欠けたりするなど以ての外、古式文字の彫り込みに耐える硬さと粘りを併せもち、なおかつ入手が容易な素材。

 当然、そんな都合のいいものがすぐに見つかるはずもなく、試行と構文構築は数ヶ月続いた。

 初期の試作品では義眼の素材に水晶を使い、表面に古式文字をびっしり彫り込んでみたが、それでは望む機能に対して絶対的に書く場所が足りなくて。

 義眼の素材を熱でたやすく加工できる琥珀に変更し、薄く切断した琥珀をいくつも積層構造にすることで、記載場所を拡張。

 合わせて、義眼の最外層には乳白色の琥珀を用いると決めた。生来の眼球にあるような充血も表現できるからだ。


「外見をゼスの残っている目とそっくりにするために、虹彩の青を琥珀で再現したかったんだけど……入手出来なかったから、黄色の琥珀で虹彩を作るしか無かったのが……本当に残念」

 不純物の少なさと透明度の高さを優先となると、そもそもの選択肢は限られてくる。

「悪かったな。青い琥珀はとても希少価値が高くて、見つけられなかったんだ」

 言葉とは裏腹に、アインハルトは悪びれた風もない。

「んー、でもやっぱり、一番すごい発見は、あの線虫だったなぁ……あれだけは、私に出来ないことをしてくれたから、何だか悔しいわ」

「へぇ。お前でも誰かを褒めたりするのか。意外だな」

「何よ、私だって褒めることくらいあるもん……ハルト兄様のいじわる!」

 最後のクッキーを口に入れると、甘さがささくれた心を癒やしてくれる。


 数多の試行錯誤の末、試作品は膨大な量になり、毎日湯水のように琥珀を消費していたものだ。

 ベルンシュタイン家は裕福で、息子の視覚を取り戻すのに乗り気ではあったが、資金には限りがある。

 よって再利用が可能なものは複数の泉で霊素を回復させていたのだが、その中で一つだけ異常に回復が遅い泉があった。

 不審に思って調べると、そこには『霊素を喰う』線虫が生息しており、彼らに喰われていたのでなかなか回復しなかったのだと判明した。

 彼らは何と、琥珀の内外を移動して霊素を食い荒らしていた。

 結果として琥珀は、拡大鏡でなければ見えない程の小さな傷だらけになっていたのだが――ファナはそこで思いついた。

 

(この傷が文字だったらいいのに……こんなに小さければ、狭い場所にもたくさん文字が書けるんだから)


 線虫の発見以降、観察し、仮説を立てて実験を繰り返す毎日を過ごして。

 やっとのことで、こちらが望む文字の形に線虫を誘導することに成功。

 それまでよりも格段に小さな文字で、精緻な細工が可能となったのだ。

 瞳孔からの光が透過する場所だけ、空白に保っておくのは実に苦労したが、網膜が光を感受する仕組みをほぼ再現。

 その線虫が、義眼内部とゼクルスの眼窩に住みつき、義眼と人間生来の霊素を繋ぐ役目――つまりは視神経の欠損部分を補ってしまったのは、すばらしい僥倖だった。

 視神経そのものではないけれど、これはもう再生したと言ってよいだろう。

 その後、数えきれぬ動物実験を経て、やっと『見える義眼』は完成したのである。


(まさか線虫が私みたいに『ゼスの眼を見えるようにしてあげよう』って思っていた訳はないだろうし……霊素を食べられる環境を整えたつもりなのかなぁ)


 義眼をはめ込む前は不安そうな顔をしていたゼクルスが、全てうまくいって目が見えるようになった時、泣いて喜んだ顔はよく覚えている。


 こうして、全ての人に感謝と称賛を受ける逸品を作り上げはしたのだが――ファナ自身はあまり満足していなかった。

 もっと良い物を作りたいという、新たな望みが生まれていたからだ。


(光覚と色覚は取り戻せたけど……光量で変化する瞳孔の仕組みは再現できてないし、残ってるゼスの組織にどんな影響があるか分からないから長期的に調べたいなぁ。今だと定期的に体ごと霊地の泉に浸からないといけないから、管理の手間も減らしたいし……それに、義眼の耐用年数が過ぎたら交換しなくちゃならないけど、その時また見えるようになるのかな? 琥珀は自然のものだから、完全に同じものを見つけることは難しいから……新素材の開発をした方がいいかな、それとも線虫の研究を進める?)


 生物に作用する術式は、一体どこまで出来るのか?

 どのような仕組みで作用し、何を変えているのか?

 生物に効果薄という原則を無視できるのはなぜか?


 ――もっともっと、知りたい。

 ――分からないことを解き明かしたい。

 ――色々なことを試したい。

 

 幼いファナは探究心を抑えきれずに、研究に取りかかったのだが。

 おおっぴらな研究は、父に止められてしまった。

 曰く『新しい義眼を試すということは、今ある義眼を失うということだよ。その結果、ゼクルス様がまた失明するようなことがあったら、お前は婚約者の立場を失ってしまう。もしもの時に備える研究は、こっそりやりなさい』と。

 婚約者でなくなれば、潤沢な素材と資金、資料を入手できなくなることは子供心にも理解できたので、仕方なく我慢した。

 その代わりに、と父が用意してくれたのがこの研究所だったのである。

 元々ベルンシュタインに管理を任されていたらしく、人員や器材の手配は楽な仕事だった。

 今はその父も亡くなってしまったけれど、もう充分に研究は進められる。


(動物実験はうまくいったし、ドラゴンでさえ『走狗』には逆らえなかった……きっとゼスだって、私のお願いを聞いてくれるようになるわ)



 楽しい未来を想像しながら、指輪をベルトポーチにしまった時、ディランの声がした。 

「ただ今戻りました!」

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