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4ー4

 アインハルトが行方知れずとなってから数日。

 シュターブルクの城では、お茶を楽しむ人間が二人に減っていた。


「坊ちゃま、報告がございます」

「二人が見つかったのか!」

「いいえ」

 兄に続き、また一人失踪者が出た城で。

 ゼクルスは立ち上がりかけ――座った。

「アルニ砦の襲撃で、救援隊唯一の生き残りがいたことを覚えていらっしゃいますか? ヘルマンというのですが……彼が意識を取り戻し、どうしてもお二人に報告したい事があると」

 リウスの後ろから、メイドに支えられて姿を現したのは、包帯に覆われ、杖をついた男。

「ゆっくでいいぞ。まだ痛むだろう」

「過分なお言葉、痛み入ります」

 古めかしい言い方は、祖父の代から仕えてくれている老人に特徴的なものだ。

 包帯に半分覆われた顔にはしわが刻まれているが、なぜかその片目は喜びに輝いているように見えた。

「エレイン様、ゼクルス様に申し上げます。先ほど、ファナ様が全ての準備を終えたとの連絡がありました。アインハルト様がおられないのが残念ですが……今こそ決起の時でございます。どうぞご決断を」


(決起の時、って何のことだ? ディランが病室にいた? いつ?)


 ヘルマンの言葉に首を傾げ、隣の姉を見れば、首を横に振る。

 リウスとメイドも怪訝な顔だ。

「決起はともかく……ヘルマン、ファナと使用人のディランの行方が分からなくて捜している。君は何か知らないか?」

「申し訳ありません。夢うつつでして、行方までは……ただ、お手紙をゼクルス様にと」

 渡されたのはシェーデル家の封蝋が使われた、真っ白い封書だ。


 ――ゼクルス・フォン・ベルンシュタイン様


 あなたの兄君アインハルト様は、廃坑研究所にてお預かりしております。

 生きての再会をお望みであれば、非武装のあなた一人でお越し下さい。

 もしこちらの要求に応じて頂けない場合は、アインハルト様はドラゴンの胃袋に収まることになります。

 くれぐれも、お互いにとって利益のある道をお選び下さいますよう、お願い申し上げます。


 ――ファナ・シェーデル


「いや……まさか……そんな、筈は……」

「ゼス? どうしたの?」

 手紙を持ったまま震えるゼクルスの脇から、のぞき込んだエレインが息を呑んだ。

「リウス、私の動きやすい服を準備してちょうだい。……信じられないけど、アインハルトを攫ったのはファナよ。助けに行かないと」

「なんですと? アインハルト様が! そんな馬鹿な」

 ゼクルスが『何かの間違いだ』と言うよりも前に、ヘルマンが驚きの声を上げた。

 手紙を見せてやると瞠目し、二の句が継げないという風だ。

「ヘルマン、質問に二つ答えてくれ。一つ目は『決起というのは何に対してか』。二つ目は『ファナが終わらせた準備とは何か』だ」

 姉弟の顔を交互に見る老人の瞳からは、先ほどまでの輝きは失われていた。


 決起というのは、ベルンシュタインが王家に対して謀反を起こすこと。

 ファナの準備とは、王家打倒に十分な戦力を整えること。

 平時には会計も担っていたヘルマンの役目は、くれぐれも王家に知られぬよう、軍資金を調達することだったのだ。


「そうか。鉱石の横流しをしていたのは君だったんだな」

「あぁ……横流しという事になっていたのですね。一年ほど前、ファナ様から、ドラゴンを戦力に出来るめどが立ったと聞き……雌伏もここまでだと……やっと、ジスラン様にご恩返しが叶うと……胸を躍らせておりました」

「お祖父様に?」

 ヘルマンの片目から滂沱と涙があふれ、膝をつく。

 エレインが椅子に座らせて背中をさすると、顔をくしゃくしゃにして話してくれた。


 ヘルマンもまた他の老兵たちと同じく、ジスランに敗戦後の衣食住を世話してもらい、感謝していること。

 恩人の孫であるゼクルス達が、何かと王家に睨まれていることに憤りと――負い目を感じていたこと。

 だからこそ、謀反は三姉弟の総意だと思っていたこと。


「負い目だなんて……君がそんなものを感じる必要はない」

「いいえ、いいえ、ゼクルス様。私どもが勝ち戦さえできていたなら……罪もない幼子に、生涯の烙印が押されることなど、無かったのです。宝剣などと宣って、敗戦領主の目印を常に帯びねばならぬ屈辱いかばかりか……雪ぐためなら、老骨の命など」

 ヘルマンの言葉に、反射的に腰の短剣に触る。

 三姉弟そろって、初めて国王に拝謁した幼い頃。

 輝く短剣を受け取って、常に身につけておくよう言われた時は、自分が特別な人間になった気がしたものだ。

 子供が無くしたり壊したりした時、圧力をかけるための口実の一つ――信用できない人間の烙印だと知るまでの、僅かな間だったけれど。

「ヘルマン殿、あなたは間違いましたな」

 唐突に、リウスの声がした。

 視線を動かすと、常に穏やかな執事が冷ややかな眼差しをヘルマンに向けている。

 ゼクルスが初めて見る顔だ。

「な、何を……っ!」

「我々の主は、罪もない幼子を犠牲にしてまで雪辱を望む方々ではありません。無論、あなたも御存知と思っておりましたが、どうやらわたくしの買いかぶりだったようです」

 罪もない幼子、というのがゼクルス達ではなく、アルニ砦の子供達を指すのだ、と。

 気づいたヘルマンの顔が、さっと白くなった。

「ゼスが、お父様から砦の慰問を引き継いだのはいつだったかしら。ずいぶん長いこと通っていたわね」

「……そうです。あそこは僕の大切な人たちがいた場所でした。皆、死んだ日の朝も、昨日と同じ一日が始まると信じて疑わなかったでしょう」


 朝目覚め、身支度に朝食、その後はそれぞれの日課に勤しむ。

 それは、炎の中に消えてしまって二度と戻らない日常。


 ――ゼクルスが守れなかったのは、そんな一日なのだ。


 ヘルマンのすすり泣きと謝罪の中。

 普段なら振り払っただろう姉の手を、今は黙って頭を撫でるままにしておく。

 黙って茶器を片付けるリウスの後ろ姿も、なぜだか頼もしく見えるのが不思議だ。

「姉上、ファナから贈られた髪飾りはまだつけていますか? こうなった以上、危ないので外して下さい」

「そうね、分かったわ」

 脅迫状まで来ているのだから、髪飾りに仕込みが無いとは思えない。

 念のためメイドに工具を持って来させ、怪しい術式が無いか確認する。

 細心の注意を払って外し、バラバラに分解。

 後は、鍛冶場で溶かして処分すれば良い。

「姉上、特に外すことを妨害するような仕掛けはありませんでしたよ」

「もぅ、ゼスは心配性なんだから」

 笑った姉が振り向く前に、急所を一撃。

 気絶した彼女を支え、そっと長椅子に寝かす。

 髪飾りに毒針が出る仕掛けがあったことなど、特に伝える必要はないだろう。

「リウス、姉上を頼んだよ」

「坊ちゃま……アインハルト様を助けに行かれるので?」

「もちろん。僕たちに何かあった時のため、姉上には無事で居てもらわないと。絶対に行くって譲らないだろうからね」

 手紙をテーブルに置き、ゼクルスはナイフを固定するベルトに手をかけた。

「あ、それから。念のため、武器庫に一人か二人、詰めておいてくれ」

 部屋を出る時にふと、砦の子供たちを思い出した。


 ――貯蔵庫の水瓶に幼い子をかくまい、暑くても我慢して、仲間を守ろうとした彼らのことを。


(僕も、がんばるよ。君たちと同じで、怖いけど……守りたいものがあるから)

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