4ー3
廃坑の研究所に拉致されてから数日。
アインハルトにも、『あの方』に近しい職人とそうでない職人の区別がつくようになってきた頃。
「アインハルト様、最近職人たちが忙しげになって、ドラゴンの檻の警備が手薄になりました」
「分かった。行こう」
マルバスの声に、席を立つ。
攫われてきた職人たちとの接触は、禁じられているどころか、従僕としてアインハルトの世話をするよう命じられたくらいだ。
おかげで、研究所を潰す計画を話し合うのに全く不自由はない。
(もちろん監禁や拷問など御免こうむりたいが……釈然としないな)
管理が甘いのは人間だけでなく、情報に対してもだった。
保管されていた研究記録を簡単に見ることができ、アインハルトはこの研究所が数年前から稼働している事を知った。
足音を忍ばせて、獣たちが飼育されている部屋へ向かう。
ダンスホールのように広いそこには、鹿に兎、狼、狐など野生動物と馬や豚などの家畜に加え、明らかに規模と頑丈さの違う檻が設けられていた。
――ドラゴンの檻だ。
天井にある輝石術の灯りに浮かび上がるのは、四つの檻に一頭ずつ。炎の赤に瑠璃の青、若葉色に、赤銅色。
翼持つ蜥蜴を大きくしたような体躯は鎖につながれて、ぴくりとも動かない。
その中でも赤銅色の個体は特に弱っているらしい。呼吸音が聞こえてくるから、生きているのが分かる程度だ。
体のあちこちに古式文字が書かれ、鱗の剥がされた跡が痛々しい。
元々四本あったらしい角は折られ、一本しか残っていなかった。
「……彼らには、どう詫びたものかな」
「そんな、アインハルト様は」
マルバスの言葉に首を横に振る。
アインハルトは、一連の事件にベルンシュタイン家が無関係とは考えていなかった。
『走狗』は祖父の代で作られたものなのだ。管理不行き届きの責任はあろう。
入り口で見張っている職人に合図をして、檻の中に入る。
輝石術というものの無効化自体はたやすい。単に文字を消してしまえばいいのだから。
(だが……ここまで弱っていると保つかどうか)
しかし、生物相手の場合は肉体を削らなければならないのだ。
(そのショックで同胞を亡くしでもしたら……俺たちは殺されるだろうな)
そんな事態になれば、身を守る術は無い。
どうか死なないでくれ、と祈りながらドラゴンの頭に近づいた時。
――目蓋が開いた。
「詫びるという言は誠か」
「っ!」
反射的に飛び退く。
「答えよ、人間。詫びるという言は誠か」
金色の瞳がじっとアインハルトを見ている。
「……あぁ、本当だ」
残り三頭のドラゴンからは唸り声が、職人達からは悲鳴が聞こえる。
「俺はアインハルト・フォン・ベルンシュタイン。何でもというわけにはいかないが、出来る限りのことをしよう」
震える腕を、もう片方の腕で押さえながら言うと、生暖かい鼻息が吹き荒れた。
「良かろう。我は言質を忘れぬぞ」
赤銅色のドラゴンは、フフンと鼻をならして、体を起こす。
「我はグラナート。お前には同胞を救って貰いたい。特にあの、春に芽吹く若葉色の子を。褒美は死した後、我の体を自由に使うことを許そう。もう長くないのでな」
グラナートが金色の目を向ける先には、彼より幾分小さな――若葉色のドラゴンが暴れている。
「子? あなたの子か?」
子といっても、優にアインハルトの二倍の背丈がある。
「いいや。我らが王の子だ。同胞を救おうと勇み、囚われの身となった」
ドラゴンにも王がいるのか、と驚くアインハルトの横で、若葉のドラゴンはギャアギャアわめいて激しく暴れたのだが。
もちろん鎖がガチャガチャ音を立てるだけで、拘束から脱することはできない。
「あなたは人間と会話できるようだが、彼はできないのか?」
「教えはしたが……今は人間と話したく無いのだろうな。乱暴に扱われていたのだから」
他の二頭は話せないこと、自分は暇つぶしのつもりで人語を覚えたのだと教えてくれた。
「……あなたには、人間を憎む気持ちは無いのか?」
「無い筈がなかろう。だが、お前は『詫びる』と口にしたし、いささか他の人間とは毛色が違うようだ。我は合理的なのでな、降って湧いた幸運を使うことにした。アインハルトとやら、すり切れるまで働くが良い」
グラナートの口角が上がり、また生暖かい鼻息が吹き荒れる。
(今の顔……笑ったのか?)
どうやら、笑みというのは人間でもドラゴンでも変わらないらしい。
アインハルトは姿勢を正し、頭を下げた。
「愚問だった、謝罪する。檻に入っても暴れないよう、王子を説得してもらえないか? あなた達を助けるには、体表の術式を確かめなければならない」
心得た、と言い、グラナートは王子を含めた三頭のドラゴンと、彼らの言葉で話してくれた。
「これは……よく考えてあるな。『あの方』というのは随分と切れ者のようだ」
檻に入ってよく見ると、ドラゴン達の鱗が剥がされていたのは、構文を人為的に途切れさせるためだったことが分かる。
不要な時は術式を無効にし、ドラゴンを長持ちさせるようにということらしい。
彼らが自身の意志を保ち、グラナートがアインハルトと会話できるのもそのおかげのようだ。
「マルバス、君たちは実験させられていたんだったな。最終調整まで担当したのか?」
職人達に問うと、彼らは頭を横に振った。
「いえ。『あの方』直属の職人達が行っていました」
「……なるほど。では鱗がどこにあるかは知らない……か?」
グラナートも知らなかったので、職人たちと一緒に探したが、飼育部屋で見つけることはできなかった。
(文字入りの鱗は実戦投入の要、必ずどこかに在るはずだ……それを確保できなければ、彼らはまた操られる可能性がある)
そう考えながら、ちらりと他の檻に目をやると。
ドラゴンが大きく口を開けて職人に食いつこうとしている所だった。
「ちょっと、待て!」
すぐさま走り、職人を檻から引きずり出す。
「あ、ありがとうございます、アインハルト様!」
泣いてすがりつく職人を尻目に、目的を果たせなかったドラゴンは、名残惜しそうにガチガチと顎を開閉した。
ずらりと並んだ鋭い歯のうち、一際目立つ大きな牙に、古式文字が刻まれている。
(鱗と違って牙は生え替わった形跡が無いな……新陳代謝の期間が違うのか……もしそうなら、牙の文字を削れば、操られるのを防げる……か?)
例え鱗を剥がして術式を無効化しても、予備の鱗を貼り付ければ簡単に元通りだ。
その点牙なら、折るなり文字を削るなりすれば、そう簡単には復活できないだろう。
現状のアインハルトでも何とか実現可能であり、いい案のように思えた。
――ドラゴンの苦痛に目をつぶりさえすれば。
なんとドラゴン達に言い出したものか、と考えた時。
「人が来ます!」
見張りの合図はあまりにも急だった。
身を隠す間もなく、アインハルトは、飼育部屋を訪れた人物と対面する羽目になり。
「……信じたくは無かったが、やはりそうか」
目を閉じて、深いため息をついた。




