4ー2
エレインの誕生日祝いもそこそこに、領主の城は、上を下への大騒ぎとなっていた。
アインハルトが城内のどこにもいなかったからだ。
ゼクルスは、範囲を城下町にまで広げて捜索するよう指示。砦調査の時と同様に、壁に城下町の地図を貼り、報告を受けて捜索終了区画をチェックしていた。
「エレイン様、次はオーレル鉱山に続く橋の修繕見積もりをご覧下さい」
「はいはい! 確か岩塩よね、あそこは……ん! 修繕費ってこんなにかかるの?」
「はい。三ヶ月前に大規模な山火事がありました関係で、建設用の木材が高騰しております」
「えーっ……いくらなんでも高すぎるわ。去年別の橋作った時の三倍になってるじゃない」
「別の産地のものにしますと、到着が半年は先になると知らせがありました」
「んもぅ、じゃあいいわよ。この値段で!」
エレインはアインハルトの仕事を引き継ぎ、リウスの渡す書類に頭を悩ませている。
ファナはというと、砦で回収した雪豹の調査報告を聞きに行ってもらった。
時節柄、砦襲撃とアインハルト失踪が無関係とは思えない。少しでも情報が必要だと、手分けすることにしたのだ。
「ゼス! エル姉様、聞いてきたよ!」
「お帰り、ファナ。疲れただろう? 姉上も、少し休憩にしましょう」
「助かるわぁ」
執務室の続き部屋で、リウスに温かいお茶を用意してもらう。
お茶のお供は、林檎の甘煮を薄い生地で包み、焼き上げたケーキだ。
「うーん、りんごとシナモンの良い香りだな」
ナイフを入れると、ふわっと香りが強くなり、りんごを切る感触が伝わってきた。
一切れ口に運ぶと、生地の軽い食感とりんごの甘さがとけあって、ひととき疲れを忘れさせてくれる。
「で? 雪豹の調査って、何を頼んでたの?」
「腑分けです。ちょうど城に避難してきた医師がいたので、兄上が頼んでくれてたんですよ」
ぶっ、とお茶を吹き出すエレインに、すかさずリウスがハンカチを差し出す。
「お医者さんの話、こっちにまとめておいたよ」
「どうして二人とも平気なのよぉ! 解剖の話をしながらお茶なんて……」
姉の文句を聞き流し、ゼクルスは書面を受け取る。
双頭は生まれつきではなく、二頭の雪豹を一頭に継ぎ合わせたものであること。
そして、その際に体内に輝石術を施した媒体を仕込まれていたようだと。
(口から冷気を吐き、足下を凍らせたり、糸と氷を弾いたりは改造の成果だったってことか? ……なんとも、やりたい放題だなぁ)
目を走らせながら、ケーキを一口、二口。
「媒体はどんな物だ? 無事だったか?」
「陶器の球体だったようだけど、開いた時はバラバラだったって。はい、これ」
ファナは、腰につけたベルトポーチから小袋を差し出す。その中には人差し指大の割れた陶器がいくつも出てきた。
「お、今度のは復元できるか……あぁ、やっぱり『走狗』を原型に……少し変えたところもあるみたいだな」
ゼクルスの手の中で不完全な球状になったそれからは、確かに古式文字を読み取ることができた。
幼い頃、ファナと一緒にこっそり読んだ原書と同じ構文がある。
「あと、耳と首と足に金属輪がつけられていた痕跡があったけど、黒コゲでよく分からなかったって」
「しょうがないだろ? あの雪豹は手強くて……あぁするのが精一杯だったんだよ」
頬を膨らませたファナの文句に、フォークを持つ手に力が入ってしまう。
「あの雪豹の動き、人間に従う兵器になっているとしたら……『走狗』が実戦で使えるように仕上げてあるのかな」
「うっそ、そんなのまずいじゃない」
エレインは「あ、ケーキはおいしいわよ」とリウスに言ってから続ける。
「生き物を兵器に変える術式がドラゴンにも仕込まれてる訳でしょ? 砦で一頭身内を殺されている訳だし、彼らは黙っていてくれるかしら」
「うあー、そっちもあったか……王家のことばかり考えてました」
ケーキに刺したフォークがさくっと音をたて、口に運んだりんごは僅かに苦く感じる。
「禁術扱いとか言っても、入ろうと思えば誰でも入れるよね、『走狗』の原書がある書庫って」
「うっ……まぁ、お抱えの職人なら知り得た訳だし」
「そこら辺、我が家は甘かったわ」
ファナの言葉に銀髪の姉弟は揃って目を逸らした。
無論、部外者は絶対に入れない。だが、入城できる立場の人間であれば見ることは可能だ。
書庫の入室にはアインハルトかゼクルスの許可が必要だが、鍵は厳重に保管してある訳でもない。目を盗むことはいつでも出来たのだ。
「はぁぁ……兄上が見つかり次第、『走狗』は処分を考えた方がいいでしょう」
「そうねぇ。流出して使われちゃった訳だし」
ため息はお茶と共に飲みこむ。
「休憩が終わったら、姉上は引き続き書類仕事を頼みます。僕は兄上の寝室をあさって行方の手がかりを捜しますから。その間、捜索報告のチェックはリウス、頼むよ。ファナは……書庫の出入り記録と職人失踪の関連性を調べてくれ。もしかしたら、失踪した誰かが持ち出したのかもしれない」
「分かったわ。書類の残りはそう多くないし、終わったら私もゼスを手伝うから」
「じゃ、私は書庫に行ってくるね!」
姉とファナの返事を聞きながら、ゼクルスはケーキ最後のかけらを口に入れた。




